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古賀コン「プレイボール」

 


 プレイボールと高らかに宣言があったものの、十八人全員野球のルールを知らないので、誰も動こうとしない。守備のAチーム、一応マウンドに立っている男がそわそわと周囲を見る。ボールを渡されている、ということはこれをどこかに投げるのだろうか……。一方バッターボックスに立っているBチームの男は、持たされたバットを何度かスイングさせる。よくわからないけど、五回スイングしたら走れるみたいなことかな……。とりあえず自分が動き出さないことにはどうにもならない気がした。五回スイングしたのち、少し考えて一塁に向かって走り始める。Aチームに動揺が走る。走ったぞあいつ……。とくに投手の男は困惑した。そんなのありかよ。握り締めたボールをどこかに投げたほうがいい気がした。もしかしてこれを、あの走っているBチームの男に当てるのか。投手は投げる。ボールは大きく山なりに飛び、一塁を軽く超えていく。一方で打者はボールなど気にせず、一塁から二塁へと走っていく。二塁を抜けたところで、Aチームの三塁手が危機感を抱く。よくわからないが、このままここを通していいのだろうか。いけない気がする。三塁手は両手を広げ、走ってくるBチームの打者を抱き留め、そのまま地面へと投げる。それを見たレフトが、そうかそういうゲームなのか、と納得し、猛スピードで走ってくる。投げ飛ばされたBチームの打者の腕を掴み、四の字固めをして引っ張る。タップする打者。そこにネクストバッターズサークルに控えていたBチームの次の打者が、耐えられないと思い二、三塁間に走ってくる。レフトにタックルをする。レフト吹っ飛ぶ。その隙に四の字固めをされていたBチームの打者が三塁手を突き飛ばし、センターに向かって走っていく。ホームと迷ったが、ホームは先ほど立っていた場所なので、それでは戻ってきてしまう。だとしたらたぶんゼロ点だろう。もっと遠くへ行く必要があると思い、直走る。きっとこのゲームは、それぞれの守備位置にそれぞれ点数が分配されていて、より遠くに行ったほうが高得点なんだ。一方、Bチームのベンチメンバーはうずうずしている。俺たちにできることはないのか。俺たちもあのセンターとかいう方向へ一緒に走ったほうがいいのか。そのぶん多く点が入るのか。ベンチの一人が立ち上がる。残り六人も立つ。一人がセンターへ走り出し、残り六人も続く。打者はセンターに向かって走っている。だがなにも起こらない。どこまで走ってもなにも起こらない。なんか、ぴこーん、みたいな音とかなるのかと思ってた。振り返ると味方メンバーが背中を追いかけている。合ってるのか、これは合ってるのか。野球はなにかをすると点が入ると聞いたことがある。あのフェンスまで走ったら、なんらかのかたちで点が入るのだろうか。わからない。自信がなくなり、立ち止まる。背中を追ってきたBチームの仲間も合流する。一方Aチームは呆然とBチームの行方を目で追っていた。ボールは一塁手の男が持っている。その男は、少し考えたのち、グラウンドの外に投げる。フェンスを超えて、車道に出た。こんなものがあるから、争いが生まれるのだと思った。たぶん野球とかいう競技はそんなことを望んでいない。もっと平和に、仲良くやったほうがいい。だが男は投げた手前、どうしたらいいか分からない。仲間のメンバーにじっと見つめられ、ともすると説明を求められているような雰囲気さえある。男は、とりあえず、大丈夫だ! と言ってみた。なにが大丈夫なのかは分からないが、こんなボールは必要ない、それでも競技は続けられる、と言いたかった。チームメンバーに見られている。男はなにかしなければいけないような気がした。よくわからくなった末に、いったんボックスステップを踏みはじめる。踏んでみたものの、説明はつかない。だが後戻りはできないような気がし、ステップを続ける。顎で指示をするように、ほら、と言ってみた。それでもほとんどのメンバーは冷静な目で見ていたが、数人がちらほらとボックスステップを始めた。すると冷静な目で見ていたほかのメンバーも、一人二人とステップをはじめる。もしかしてそういう競技なのか、みたいな雰囲気が若干ではあるが漂い始めている。隣が隣を見て、脚の動きを真似る。最後は全員でボックスステップを踏むかたちになる。Bチームは音を待っていた。ぴこーん、という点が入る音。だがどれだけ待っても鳴らない。グラウンドは静かだった。そうこうしているうちにAチームが不穏な動きを始めている。脚を交差したり後ろに送ったりしている。いまはそれを見つめるしか出来ることはなかった。うち一人のメンバーが、なるほどそういうことだったのか、と言い始める。言った本人も、なにがそういうことなのか分からなかったが、真剣な表情を維持していたため、わずかずつ雰囲気が伝播していった。Bチームもボックスステップをはじめた。はいはい、ボックスステップ対決なのか、と各チームの何人かが思い始めた。ボックスステップ対決、の意味はわからなかった。ステップをし合ったところでなにを競っているのか。回数か。地面を踏む回数か。それともフォームか。だが全員、真剣だった。車道に転がっていったボールはそのとき、車道をグラウンドに向かって自走していた。わずかずつ浮かびながら、フェンスを超えるほどの高さになりやがてマウンドまで到達すると、真上に浮かぶ陽光を浴びて、鋭く光った。その様子を見た、たまたまグラウンド脇を通りかかったきぬた歯科のきぬた泰和院長は、ミラーボールみたいだな、と思った。

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