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コロナ禍とホームレス

「色々と困っています。助けてください」

新宿駅でこう書かれたダンボールを持ち、座りながら俯いている男性をが目に映る。

浪人時代の予備校に通っていたときも、コロナ前に大学に通学していたときも新宿駅を利用していたけれど、コロナ禍になってからホームレスの人が増えたように思う。

元々ホームレスだったのか、それともコロナで職を失ったのか、彼の状況は何一つ分からないけれど、「100円でもあげた方がいいかな。でもそれは根本的な解決にならないな」と、良心的な考えと言い訳が頭をめぐる。


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先日、「人と仕事」という映画を観た。コロナ禍で変化した様々な職種の人たちを取材した映画で、保育士、看護学生、シングルマザー、ホスト、風俗嬢、ホームレス、バスケ選手、フリーター…などなど、様々な立場からコロナで変化した社会を見れて、それぞれの置かれた境遇に心が痛んだ。

息子の学費が必要なシングルマザーが、コロナで介護職の仕事を失い、風俗嬢として体を売りお金を稼ぐ。

コロナで夢敗れフリーターとなった女性は、妊娠が発覚したものの、この状況で子供を産み育てることはできないと判断し中絶した。遺影として部屋に飾られているエコー写真で赤ちゃんが悲しんでいるように見える。

中でも、ホスト経営者の方が発した「ステイホームで星野源の曲で歌って踊ろうなんてできるのはほんの一握り」という言葉が心に刺さった。

有名人が「うちで踊ろう♪」と謡う動画をSNSで上げているとき、生活もままならない人々は何をしてどんな気持ちでいたのだろう。そもそも新宿駅で会ったホームレスの人たちは、その歌の存在すらも知らないかもしれない。



世の中いろいろな人がいる。その全ての人が幸せに暮らせたらいいのに、と幼稚で無責任なことを考えているけれど、「自己責任」で片付けようとする社会の波に飲まれてる。本当に自己責任?もし彼らと同じ家庭に生まれて同じ境遇を生きたとしてもホームレスにならなかったと言えるの?自分が段ボールを持つ側だったのでは?いろいろな考えが頭をめぐるけれど、どうするのが正解なのか答えが出てこない。


結局、彼を横目に素通りして少しばかりの罪悪感を抱きながら、今日も中央線に揺られて帰路につく。

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