泣きながら友達を殴った話


僕は父親譲りの筋肉質。
骨太で肉付きが良く、がっしりして見える。
その実、筋肉量は大して多くはないが細い目と相まってガラが悪く見えるようで『怖い』『強そう』『ヤンキー』と良く言われる。
声を大にして伝えたいが、僕は喧嘩なんて一度もした事がないし、簡単に誰かを怒鳴りつけたりしないし、万引きさえただの1度もした事がない(万引きが軽い犯罪だと言っている訳ではないが)
なんなら勉強はそこそこ頑張ってきたし、部活も真面目に取り組んでいたし、先生からの評判も悪くなかった(服装の指導は何度かあったが)

一時期はこのいわゆる『イカつさ』に悩んだ事もあるが、振り返れば経験上バカがあまり寄ってこないという点でラクだった事は少なくない。

そんな僕が人生で一度だけ、人をグーで殴った事がある。


中学1年生。
思春期まっさかり多感極まりないあの頃の僕には片想いの女子がいた。
お互い早い時期に携帯を与えてもらっていたから、1日中メールのやり取りをしていた。
中学1年生で付き合うもクソもないが、ただなんとなく「特別」だと思える心地よさがあの頃の僕にはたまらなく愛おしかった。
誰かがその子と話していれば何を話していたか気になったし、姿を見かければ目で追い、絵に描いたような純粋だった。

中学1年生というのは1年前までランドセルを背負っていたクソガキで、僕は放課後に友達と未だに公園で遊んでいた。
たむろしてタバコをふかすためではない。
公園の遊具で遊ぶためだ。
何してんだ。

今では公園の遊具は激減し『安全』だの『騒音』だのと僕たちの青春はどんどん姿を消している。

回旋塔(※かいせんとう)という遊具をご存知だろうか。


正しい遊び方を誰も知らず、とりあえずぶら下がってブン回すアレだ。
調子に乗った奴が反対から押し上げると、まあまあな高さになってしまい、そのまま手を離され中央の柱に激突する確かにめちゃくちゃに危ない公園遊具。
僕らの間では「コンパス」と呼ばれていた。
コンパスに5〜6人でぶら下がり、1人がコンパスを猛ダッシュでブン回す。
耐え切れずに落ちていった奴が負けだ。
これは本当に忍耐力の勝負で、一筋縄では優勝出来ない遊びというか、闇のゲームなのだ。

僕は友達数人とコンパスにぶら下がる。
余談だがこのバカどもの1人は(※競売にかけられた自宅に侵入する話)に出てきた共犯者だ。
知能レベルが同じで助かった。

そして例の如く、1人が死ぬ気でブン回す。
僕たちは悲鳴を上げる。
『ウオワァァァァァーーーー』
『しっ、死ぬーーーーーー』
慣れてくると
『早く離しちまえよ…』
『やるじゃねえか…』
と心理戦まで始まる始末。
これがたまらなく楽しい。



しかし、ふと見ると死ぬ気でブン回していた奴が見当たらない。
僕はブン回されながら友達を探した。

あろう事か友達は座って携帯をいじっている。



あの携帯は——






俺のだ。


僕はブン回されながら声を上げる。

「おい、何見てんだ!!!」ヒュンヒュン
「そこに置け!触んな!!」ヒュンヒュン

コンパスは止まらない。
世の中の不条理がコンパスには詰まっている。
自分1人の力ではどうにも出来ない事もあるのだ。しかも負けたくない。

「ちょっ…まじで見るな!!!」ヒュンヒュン

友達に僕の声は届かない。
いや、届いてはいるが意に介さない。

友達は言う
「おまえ◯◯ちゃんとメールしてんじゃーん!」



堪忍袋の緒が音を立ててブチ切れた。

思春期の少年の純情を踏み躙るのは大罪だ。
恥ずかしくて悲しくて僕は叫んだ。
「本当にやめろ!!!!!!」ヒュンヒュン
友達の手とニヤつきは止まらない。
ついには受信メールを音読する始末。

——もういい


僕はコンパスから飛び降り友達に近付いた。
「返せ、今なら許す」
友達は本気モードの僕に言う
「へへーん!ここまでおいでー!」
キャンチョメだ。あいつはキャンチョメ。

友達は笑顔で楽しそうに逃げ回っている。
それを鬼の形相で追いかける筋肉質の思春期。


ついにその時は来た。
不意をついて僕はキャンチョメに跳び蹴りをかました。
衝撃でキャンチョメが携帯を落とし、僕は左頬にグーパンチのコンボを決めた。

「痛ったっ…」


友達が頬をおさえてうずくまり、場が凍りついた。さっきまでの加害者が、この1秒で被害者になった。

今の僕なら「然るべき処置、言って分からない奴が悪い」と言うだろう。

だがその時の僕は絵に描いたような純粋小僧だったため、凍りついた空気と「人を殴ってしまった」という罪悪感、痛がる友達への申し訳なさ、たかが携帯ごときで暴力を振るう自分の小ささ…etc
その他諸々の感情が一気に波のように押し寄せ、泣いてしまった。

周りは唖然としている。
殴られた方が泣くのは分かるが、何故お前が泣いている?という空気感。
この涙のふるさとは僕だけが知っている(会いに来たよ…会いに来たよ…)

僕は泣きじゃくりながらキャンチョメに告げる。
「俺を殴ってくれ…」
友達はもちろん断る。
さっきまでの痛みをすぐに他人に与えられるような友達は僕には居ない。分かりきっていた事だった。
それでも涙と申し訳無さは止まらず、友達の拳を自分の頬に当てながら
「頼む…頼むから…」
と泣いていた。キモすぎ。被害者ぶるなよ。


結局、その日は解散し僕とキャンチョメは後日しっかりと仲直りをした。

あの日から僕は誰かをグーで殴った事はない。
言わずもがな暴力は良くない事だし、何より殴った自分がまた泣いてしまうのではないかと思うと恥ずかしくてたまらないからだ。



様々な大人の事情でどんどん消えていく公園遊具には、こんなドラマが溢れていると思う。
僕は
「コンパスさえ無ければこんな事にはならなかったのに…」
と、お門違い極まりないやり切れない怒りをコンパスにぶつけながら大人になったのだ。

あれから今この瞬間までずっと申し訳ない。
キャンチョメあの時はごめんな。

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