河童にピザを届ける話


20代前半、初めての1人暮らしで神奈川の知らない街に住んだ。家賃が「もうタダでよくね?」と思うほど安かったから。

仕事はピザの配達にした。
知らない街を知るには配達が1番だと思ったし、バイクも好きだし、ピザとか食べられたらいいなーと思ったし。

というのも僕はピザが届く地域で暮らした事がなく、デリバリーピザに強い憧れを抱いていた。
母の友人の家で食べたデリバリーピザは信じられないほどの輝きを放ち、この世のものとは思えないくらい美味だった。
僕がトリコならフルコースは全てデリバリーピザになるところだった。捕獲レベル0だ。

デリバリーピザは特別

そう叩き込まれたから、そのピザを届けるのはなんて素晴らしい仕事だろうと思った。
ワクワクしながら働き始めたが、そのピザ屋は地元のヤンキーがこぞって働く地獄のピザ屋だった。
初日に付け合わせのバジルを忘れただけで怒鳴られた。怒鳴らなくてもいいのに。初日なのに。

それは置いておいて
どんな人がピザを頼むんだろう?
僕はそんな好奇心でいっぱいだった。
なんとなく一軒家で、なんとなく4人家族で、子どもが喜んで飛び出してきて受け取ってくれるようなイメージだった。
しかし現実はアパートで(別にいいだろ)1人暮らしの(別にいいだろ)オッさんばかりだった(別にいいだろ)
または外国人かエロいお店。
中には想像通りの一軒家もあったが、ほとんどがアパートだったような気がする。
想像と違った現実になんだか僕の特別がちっぼけに感じた。僕の特別は誰かの日常だ。

色んなお客さんがいた。
具なしのピザを毎回頼む人、ピザが届くのをベランダから見つめて待っている人(怖すぎた)、お店から徒歩30秒の距離で毎日お昼にナポリタンを頼む人。
エロいお店に届けたら「いらっしゃいませ!!」と迎えられてしまった事もある。
誰がピザ持参でエロいお店に行くんだ。

そんな中でもひときわ輝いていた珍客がいた。


当時のピザ屋は電話注文のデリバリーか店頭でのテイクアウトのみだった。
だが、ある日店頭でデリバリーを頼む老婆が現れた。
「テイクアウトでよろしいでしょうか?」
の問いにサッとメモを差し出し
「ここへ届けて欲しいんです」と。
怪しすぎる。怖すぎる。
ギフト的な可能性もあるけれど、それにしたって怪しい。
だが店頭でデリバリーを頼む事自体は不可能ではない。僕たちは受けるしかなかった。

ヤンキー達に促され、配達は僕になってしまった。嫌だ。
現地に到着するとそこは普通のアパートの3階で、駅前の好立地な場所。
「なんだ大した事ないじゃん」
と思いながらインターホンを押すが出ない。
何度かインターホンを押すと扉が5cmほど開いた。
中から声がする。
「そこに置いて、1分後にまた来てください」

はい終わった

なんで戻ってこなくちゃいけないんだ。
届けるまでが仕事なのに。
僕は扉の前で待つ訳にもいかず、階段を少し降りた踊り場で1分間待機した。
そろそろいいか、と思い恐る恐る3階の廊下を覗いてみるとさっき置いたピザの箱が置いてある。
「え?取ってないのか?」
と思いピザの箱を持ち上げてみると、なんと中身だけが回収されて空き箱になっていた。
「持ち帰ってください」とメモが貼ってある。

なんて自分勝手なんだ!!!!

僕はこういうのが1番嫌いだ!
自分で捨てればいいのに!
とプンプンしていると、違和感に気付く。

空き箱が濡れている…

気持ち悪!!!!
なんの液体かも分からない。
恐る恐る匂いを嗅いでみるが無臭。
変な人もいるもんだ、と僕はそれ以上考えるのをやめて店に戻った。
ヤンキー達が笑っていた。

それからたまに同じ老婆が店頭に現れては同じようにデリバリーを注文していった。
たまに調子に乗って「この洗剤も一緒に持って行って欲しい」などとぬかす。
余裕でお断りだ。

察するに、配達先の人は引きこもりだ。
アパートを借りてもらって面倒を見てもらっている新しいタイプの引きこもりだ。
電話でさえ人と接する事ができず、歳をとった母親に連絡して、頼み方の分からない母親に店頭でデリバリーピザを頼ませているのだ。
最低だ。
僕の中で配達先の引きこもりは敵となった。

店では名物客と化していた。
「次誰がいく?」「お前いけよ」
と押し付け合う始末。
ほとんどの配達員がその現地に赴いては同じような経験をして帰ってくる。
そんな中、店でピザを作る側のヤンキーのお姉さまが言った。

「次はアタイがいくよ」
(私が行ってみようかな)

本当に危険かもしれないが、置いて回収するだけの簡単なお仕事だしまあいいだろう、とヤンキーお姉さまに配達に向かわせた。

ほどなくしてお姉さまが青い顔をして帰ってきた。
(ふふん、どうだ怖かっただろう…)
と内心ほくそ笑んでいるとお姉さまが言った。

「お客さんの姿が見えた」

これは大事件だ!
未だかつて誰も姿を見た事のない引きこもりの姿をお姉さまは見てしまったのだ。
呪われるんじゃないか?
「まだ1分間経ってなかったのかも…」
お姉さまは続ける

「全裸だった」

仰天とはこの事。
僕は膝から崩れ落ちた。
ピザを受け取るのに全裸な奴がいるか?
全裸でピザを受け取り?
全裸で空き箱を廊下へ??
バグか?
お姉さまは続ける。

「びしょ濡れだった」

お姉さま曰く、全身びしょ濡れだったらしい。
髪の毛も何もかも。
たまたま風呂上がりだったのかと思うかもしれないが思い出して欲しい。



空 き 箱 が い つ も 濡 れ て い た 事 を


確定だ。いつも全裸の引きこもりだ。
しかも性別は女性らしい。
全裸の女性の引きこもりだ。終わった。
お姉さまは更に続けた。



「私、あれ河童だと思う」

そんなワケあるかよ。

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