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自分を大切にできるようになるためのエッセイ 


 「キャノンcanonという言葉を改めて、大事だなあと思うんですね」
 大学の英文学の講義で教授が言った言葉です。canonは「(外伝、外典に対しての)正典、真作品、王道」という意味の単語です。

 「奇をてらったもの、目新しさをねらったものにも面白さがありますが、やはり正典があってこその外伝です。正典を読むと、時を超えて読み継がれてきた理由がそこにある。正典は、やはりいいものです。皆さんも、変わったもの、珍しいものばかりではなく、まずは正典に触れなさい」

 教授の言葉は謎かけみたいでした。私は、教授が本当に伝えたかったことを知りたくて、それから毎日、名作と言われる作品を読みました。本だけではなく、美術館で画集にのっている作品を見たり、中学校の音楽室の壁に貼られていた作曲家たちの曲を、テレビやCDで聞いたりしました。
「長く継がれてきたもの」とじっくり向き合い、「数年後には忘れられていそうなもの」は、他の人とコミュニケーションを取るときに相手に失礼のないよう知識としてもっておく。研究室が、分別する判断力を養うトレーニングセンターのようでした。私は気持ちが楽になりました。半年すれば時代遅れになってしまう流行品や化粧品を買うお金がなかったからです。その分、自分が「かっこいい」「素敵だ」「きれい」と思うものって何だろうとたくさん考え、探しました。

 さて、美術では、美術館に通ううちに、どの画家も最初は「ものをよく見る」「見たものを写実する」をたくさん練習していたことがわかるようになりました。「ピカソの絵はごちゃごちゃして奇妙だ」と思っていましたが、若い頃のきれいで整った練習作品をたくさん眺めるうちに、その後の作品が深い意味があるように思えてきました。「この人、実はすごい実力者?!」という感じです。

 音楽は、何もない世界に「音階」を見つけて、「音符」として残すことで、誰でも理解できるようにした人たちがいることに気づき、驚きました。曲が世代を超えて、繰り返し演奏されているのは「楽譜(のようなもの)」があるからです。昔は録音媒体もなかったことを考えると、クラシック音楽は宝物に思えました。「モーツアルト」という、実際にモーツアルトの曲が流れるカフェがありました。そこに行くと穏やかな気持ちになるので、「モーツアルトという人は、よくこの音の組み合わせを見つけてつなぎ合わせたなあ。もしモーツアルトがいなければ、この音楽は存在しなかったんだ!モーツアルト、すごい!」と感動するようになりました。

 文学作品で心に残ったものは挙げるときりがありません。文字を追ううちに作品の世界が色鮮やかに動き出し、自分がその世界を体験するような感覚が得られると、「ああいい作品と出会えたなあ」とうれしく思いました。ディズニーの映画は「世界各地で語り継がれてきた物語」がもとになっているものも多く、道徳性に優れています。「美女と野獣」「ライオンキング」「ラプンツェル」「アラジン」「アナと雪の女王」「モアナ」「リトル・マーメイド」…どれも長く語り継がれる童話や神話が原作です。ディズニーが、古く忘れられてしまいそうなものに鮮やかな色や音楽、時代に合った解釈を添えて、残してくれました。

 大学では論文の作成を通じて、「一見関係なさそうに見えるものから、つながりを見つけ、新しいものを作る」というトレーニングもたくさんしました。手探りの間は苦しいけれど、ある時閃いて道筋が見つかる体験です。それは、ドキドキしてとても楽しい時間です。見つけた道筋の価値を理解してくれる人々がいたこともあり、この「宝探し」に夢中になりました。

 今私は小さな町で両親と暮らし、中学校で英語を教えています。ある生徒が私の大学時代の話を「過去の栄光」と言いました。「なるほど、他の人から見れば、そうなのか」と納得しました。私は、過去に経験したことが今の自分であることを知っています。過去の自分に「あんなにがんばってくれてありがとう。おかげで毎日が色鮮やかだよ」と伝え、ハグしたい気持ちです。
 
 でも周りの人が、肩書や稼ぐお金、持ち物、外見、ふるまい等から「この人は大したことないな」「この人はすごいな」と判断すること(偏見)は、制御できません。
 
 私は1行目からの内容を考えられる自分、言葉にして表現できる自分を誇りに思っています。素敵なことを知っています。これからも、「知りたい」と思うことを調べ、それについて思考をめぐらし理解するために言語化する。これが私の夢、目標。お金がかからず、他者と競争することもなく、自然環境に影響を及ぼすこともない、平和でよい夢・目標だと思いませんか。

 冬の夜空の星々に感動した母に共感してあげたくて、玄関を出て、顔を上げ、きらめく星々を眺めること。理解できないことに悩み、夜友達に電話で打ち明け、励まされること。朝を迎え、鳥のさえずりに耳を傾けること。お鍋に出汁を取り、湯気の中白菜を煮ること。指が動き、キーボードを打ち、思考を追うように文字を打つこと。「おはよう」と言葉を交わすこと。今日乗るはずの電車時刻を思い浮かべ、身支度を始めること。会う人の最初の言葉を想像すること。まずは笑顔で、と心を決めること。偉業を成し遂げた遥か遠くの人の言葉や人生を、自分の暮らしに落とし込むこと。それらが、私が時間をかけて積み重ねてきた日々です。きれいで、とても素敵だと自信をもっています。他の人には、自分の知らない努力や夢、価値観があることを想像し、そっと傷つけずに、そう尊重することが大切です。知性はそうやって使うもの。

 これは、足元を掬われて、揺らぎそうな自分を支えるためのエッセイ。読んでくれてありがとう。

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