ワイン屋さんの次は食品広告会社さんへ転職。その理由は、
石橋を叩いてたら、壊れて急いで渡る。
遠回りに不安や懸念を一つ一つ消していきながらも、自分のやりたいことに紐づけられるような、安全策を好む人生選択をしてきます。
考えすぎて、もう、、、これ以上、不安を解消(リスクを軽減)させれる案はない。。。
と、行動する前の決断段階で、すでにやり切ったというか、燃え尽きている状態になりかける自分ではいます。
結論、パン屋を開くと決意するまでの勇気もなかったのは事実ですね。。。
そんなこんなでワイン屋さんから転職をします。スーツ生活再開です。
パン屋を開く!という決心までにはまだ至りませんでした。
なぜ、食品広告会社さんへの転職に至ったのかをこちらでは書きます。
食品広告会社さんを見つけたのは、
日本仕事百貨というサイトでした。
こちらのサイトでは働く人の姿や、メッセージ性の強い会社紹介をされているので、どんな方々が働いているのかをある程度、理解できるので読んでいるだけでも楽しくて、ブログを読む感覚で定期的に訪れておりました。
求人されている会社のファンになっちゃうくらい、良いインタビューをされているのでオススメです。(決してまわし者ではありませんw)
話を戻して、自分がワイン屋さんから食品広告会社さんへの転職を決めたかというのは、
サワードウブレッドを焼ける環境が整わなかった。
これが最大要因でした。
仕事として、パンが焼けないのならば、自宅にオーブンを用意して、週末焼くしかない。と判断しました。
自分が週末パンを焼くには、
オーブンを買わなければいけない。
オーブンを置くスペースを作らなければいけない。
作業するスペースも必要
家を大きくしなければいけない=家賃が上がる。
収入を上げなければ、材料が買えず、家賃も払っていけない。
売るための広告能力はどうやって高めていけば良いのか
懸念がざっと頭でリストアップされました。
ワイン屋さんではやりたいことやアイデアを否定されることなく自分の意見が通りやすい環境で仕事はやりやすかったけれど、
ワインとパンを用意して、立ち飲み兼ワイン販売店にする。
という話がなくなってしまった。
つまり仕事として、パンを焼くことができない。と確定した会社で僕が働く理由とモチベーションが無くなってしまいました。
加えて、ワンルームに住むのがやっとなお給料であり、生活も厳しかったあので、働き続けながらパンを焼くイメージが湧きませんでした。
せっかくのサワードウブレッドの技術が衰えるし、恩返しすることが一生できない。
ならば転職だ。
となりました。
ここでも、もちろん、じゃあ自分の限界と予想を超えるような気持ちで、自らお金を借りて開業だ!!!!とはいきません。
なぜなら、帰国してからの自分は、世間体をある程度(ある程度だから中途半端なんだよ!といつも自分で自分を叱ります。。。)、安定することを前提として、人の目を気にして行動選択をする性格が復活しているからです。
そうして自分は、
・収入を上げて、パンの焼ける環境を整える仕事
・いつか開業する日のために役立つ仕事
に絞って仕事を探します。
そんな時に、日本仕事百貨を通して、勤めることになる会社に出会いました。
生産者と作り手の想いをありのままに伝える仕事。それが自分たちの目指す広告のお仕事です。
そんなメッセージが載っていたと思います。
大手菓子メーカーで原料調達をしていたことで生産者に近い立場で仕事をしていた経験。
自らがパン職人をして作り手の仕事をしていた経験。
自分の今までの経験が生かして仕事ができるかもしれないと思いました。
広告を仕事すれば、自分がパン屋を開いた時にどうゆう広告戦略がすべきか考えられるようになるのではないか。
サワードウブレッドについて、わかりやすく食べてもらえる人へ伝える力もつくのではないか。
(何より給与も上がる。パンが焼けるようになるな。ニヤリ)
と、トントントントンと、ワクワクして応募したのを覚えています。
そして久しぶりにスーツを着て、面接に挑み、日本仕事百貨を通して、見たことのある勝手に顔馴染みの社長と面談して、採用いただき、新たなサラリーマン生活を開始します。
転職して引っ越しだ!と、物件を探していると、それもまた縁でオーブン付きの物件に出会いました。しかも住んでいた住まいから徒歩1分の物件。
リフォーム前のバブル時期に建てられた古い物件であったことで、ガスオーブンがついたままになっていたそう。
偶然も必然というか怖い時もありますね。
即決です。
ここから、久しぶりのスーツを着たサラリーマン生活とサワードウブレッドを焼く生活が始まります。