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第3章#04_サクラの木を切るか、切らないか問題。
スープタウンには建物に寄り添うように、1本のサクラがあります。このサクラはもう50~60歳だろうという話ですが、以前、この土地にあった家のことや、ご近所さんことを記憶している「唯一の」存在。スープタウンの設計段階では、老木なのでもう切ったほうがいいんじゃないか?という話もあったとか。
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撤去されてから2年後の春(2021年)、
スープタウンの敷地内で行われた花見の様子。
ビスク溝口=あのサクラは、スープタウンの敷地に1本だけ残された木なので、正直それを生かさないという選択肢は僕にはありませんでした。かなりの老木ですし、今後どれくらい生きるのかという問題も出ていましたが、自分のおじいちゃんやおばあちゃんを年をとったからって追いやるのかといわれると、そんなに簡単なことじゃないでしょう。ましてや、スープタウンは高齢者や子どもたちに開かれた施設です。命を大切にすることを大事に考えなきゃいけない場所なのに・・・とフクザツな思いでしたね。とはいえ、建築を計画するときに、やむを得ないこと、仕方ないことはいっぱいあると思うんです。ただ今回の場合は、「もしかしたらギリギリ残せるかもしれない・・・」という可能性も残っていました。
POT内海=建物配置とアクセスの都合上、スープタウンの道路側のサクラの木のそばに駐車場を設けたかったんですね。サクラの木を残したいという思いは強くあったのですが、話し合いの中で、老木のために枝が落ちてきて怪我をする人がいたら・・・という話題も出てきていました。また、工事の効率性や、今後のメンテナンスのことも考えると切った方がいいのでは、という意見もあり…。そこで、「泣く泣くサヨナラするしかない・・・」という判断にもなったんです。それで、スープ会議にかけて「サクラの木を活用する方法」をみんなで考えました。サクラの枝でスプーンを作ろう、スープカップをつくろう、などなど。でもきっとみんな本当は「残したいな・・・」と思っていたと思います。
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ビスク溝口=だけど、春になって、大逆転劇が起こるんですよ(笑)
POT内海=そうです、そうです。2023年の「お花見イベント」を開始する前は、切る方向でみんな同意していたんです。仕方ない、と。そして、「さよなら、サクラ。またきてスープ」というキャッチフレーズのもと、お花見イベントが開かれました。施設のおばあちゃんたちや家族、地域の人たちやスマイリングの職員みんながスープタウンの敷地に集まり、みんなでサクラの木の下、話したり、食べたり、飲んだり、太鼓を叩く人がいたり、フラを踊っていたり。そんな光景がとっても素敵でした。そしてその光景をつくっていたのは、間違いなくしっかりと咲いていたサクラの木だったんです。それで、ビスク溝口さんと、建築家のチャウダー竹村くんと連れ立って、敷地にあるプレハブの屋根にのぼって敷地全体を見渡したんです。サクラの木、まだ残せるんじゃないか?って。あの位置がちょうど建物じゃない?とか言いながら、最後のあがきを始めたんですよね。建築担当のチャウダー竹村くんにipadで図面を出してもらって、もしかして、サクラの木は建物にかからないんじゃないか?って線を引きながら、その場で検討し直したんです。
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サクラの木と、その下で楽しむ人たちの楽しむ様子が
ひとつの美しい風景をつくっているように感じた。
ビスク溝口=建物ギリギリだったけど、これなら残せるんじゃね・・・?ってなりましたよね(笑)。いきなり光が差したような・・・!
POT内海=「おおきな木」という絵本をご存じですか。少年とリンゴの木のおはなしで、リンゴの木は大好きな少年のために果実や枝を分け与えて、最後は切り株になってしまうという本です。英語タイトルは「The Giving Tree」というんですが、僕は、それと似たような思いがサクラの側にもあるんじゃないかと思っていて。だからこそ、たとえ切り株になってでもいいから、サクラがあった場所は、残したいと思ったんです。あの場所の上に何かを建てたくない。昔、1本のサクラがここにあったということを目に見えるカタチで残したい。その方策をビスク溝口さんに、もう一度、練ってもらうタイミングが、まさにあの「お花見」の日でした。
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急遽、「残すことになりました!」宣言に変わった。
ビスク溝口=忘れられない日になりましたよね。本当は、僕、集まったみなさんの前で、このサクラを切ることになった理由を造園家の目線から話すことになっていたんですが、急遽、「残すことになりました!」となって(笑)。
POT内海=そこからはビスク溝口さんも、晴れ晴れとした笑顔に変わって、フラのスカートをはいて、楽しそうに踊っていましたよね(笑)
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色鮮やかなレイとパウスカートがお似合い!?
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右は、建築家のチャウダー竹村くん。
ビスク溝口=とはいえ、結果的にサクラの木全体の1/4ぐらいは枝を落とすことになったんですが、以前、サクラの木の剪定作業に行った時に、僕がゴンドラに登って、チェーンソーで枝打ちをしていたんです。そしたら、介護施設のおばあちゃんたちはサクラを倒されると思ったみたいで。「サクラ、切るんか?」と聞かれたんですよね。「いいえ、剪定ですよ」とお伝えしたら、ホッとされてたんですよ。もちろん、あのサクラの寿命はそんなに長いわけじゃない。いつかは枯れていくかもしれないけど、そこにあの木を残そうとしたっていう。その、みんなでそういう答えが出せたのは良かったなって思っています。
このサクラの木のエピソードだけで、スープタウンに関わるみなさんが何を大事にしながらここまでやってきたのか、が伺えます。こんな愛情のなかで生まれていくスープタウン、いい場所になりますね。
ビスク溝口=ただ、ステキな庭をつくっても、人が積極的に参加してないと、場は良くなりません。子どもたちが遊ぶスペースがあるとか、いろんなイベントができるとか、ここからはそういう余白も考えていかないと。
POT内海=庭の使われ方としては、なにも派手なイベントでなくていいと思っています。マルシェやります、バーベキューやります、というのもいいですが、スープタウンの日々のなかで、高齢の方や障がいを持っている子たち、スープタウンのスタッフが、毎日楽しくお庭に水を撒いているような・・・そんな姿が見られるといいですよね。たとえば、ご近所さんがそれを目にして、「水やりしてくれてありがとね」「今日は暑くなりそうだね」と声を掛けてくれて、そしてこちらからも「おはようございます」と声を掛ける。そんな、穏やかな人と人の関係性を育むことができる場になるといいなと思っています。
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ビスク溝口=その通りですね。庭に出て、光を感じる、水をやる。植物の成長を楽しむとかもそうだし、落ち葉を掃く。それをコンポストに入れる。循環を感じる。そういう日々の暮らしの中で活用されていく場になったらいいな。子どもたちが庭を走り回るから、地面が剥げちゃうとか、それも風景としてオーケーというか。そんな庭の様子から、その場を楽しんでくれていることが伝わってくる。そしてそれが景色になっている。木々の剪定なども、スープタウンの住人たちがやっていくのもいいですね。庭は家主がいなくなるととたん枯れちゃいますから、愛がない形だけは避けたいんですが、積極的に庭を使ってもらって、結果、お庭が変なカタチになっちゃったとしてもご愛嬌、ぐらいに考えています。
POT内海=スープタウンにこういった考えのお庭があることで、みんながちょっとだけ長い視点で土地が重ねてきた時間、重ねていく時間のことを考えるきっかけになると嬉しいなと思います。強く社会に何かを伝えようとはしていないし、特別なオーガニック感も出していないけど、大事なものが継承されているよねっていう。そのやさしさの残し方の度合いが肝で、30年先にも親しまれていくお庭が育まれていくような気がしています。
先日、スープタウンの工事現場に打合せでいったら、建物に寄り添うようにサクラの木が立っていて。冬なので花はありませんけど、春の満開を楽しみにさせてくれる大きな存在だなと改めて思い、嬉しくなりました。
人間よりもずっと長いスパンで生きているものを知ること。同時に、人間よりもずっと短いスパンで生きているものを知ること。木の命、花の命、虫や動物たちの命、それらが循環してまためぐりくること。人も自然も支え合いながら、スープタウンのお庭はここからはじまる住人たちの物語を楽しみにしていることでしょう。
つづく。