救急外来, ここだけの話
2021年6月, やっと出版することができました. 『集中治療, ここだけの話(医学書院)』という名著を読んで, これはぜひ救急外来版も作りたいと思い竜馬先生にメールをしたのを今でも覚えています. 原稿を一つ一つ確認する作業は非常に大変でしたが, その作業を通じ非常に学ぶことも多く, 手元に本書が届き, 毎日のようにページをめくっています. 執筆いただいた先生, 出版社の皆様, ありがとうございました.
私は何冊か本を書いてはいますが, 毎度時間がかかるのは序文であったりします. みなさんも序文楽しみではないですか?伝えたいことをどのように描くべきなのか, 読者を引きつける文章を書きたいけれども, それって難しいですよね...
今回は出版社のご許可をいただき, 『救急外来, ここだけの話』の序文をご紹介します. 興味がわいたらぜひ本書を手に取ってみて下さい.
序文
「グーみたいな奴がいて, チョキみたいな奴もいて, パーみたいな奴もいる. 誰が一番強いか答えを知っている奴 いるか?」(#39 グーとチョキとパー, 『宇宙兄弟』5巻, 講談社刊, 主人公の一人の南波六太のセリフ)
この原稿を書いている2021年5月現在, オリンピックを初めて延期に追い込んだCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)は今もなお猛威を振るい, 緊急事態宣言, まん延防止等重点措置が繰り返し出され, 人流に規制がかけられています. どのような患者に対してCOVID-19を疑うべきなのか, 誰に検査をするべきなのか, どのような検査の手順が望ましいのか, 患者背景や症状, 流行地域か否か, 病院の資源の問題などから, 施設毎にupdateしながら診療体制を確立していることと思います.
私が救急医となったのはいまから約10年前の2010年のことです. 都内の大学病院で救急・集中治療医として主に救急車で来院する患者の対応を担っていました. その後僻地の病院などで勤務し, 現在は1,000床規模の地域の中核病院の救急外来で初期研修医とともに診療に当たっています. 診療の場によって実施可能な検査や頼れる専門科は限られ, 入院の閾値も異なります. ある場所では当たり前のように実施できることが, できないこともあります. 専門科であれば必要のない検査でも非専門科や研修医など初療を担う医師にとっては必要な検査もあるでしょう. 現在置かれている状況で最善の策をその都度考え対応する必要があるのです.
同じ症候や疾患であってもアプローチが同一かというとそうではありません. 高齢者救急とあえて言わずとも, わが国の救急外来患者の多くは高齢者です. 複数の疾患を抱え, 多数の薬を内服しています. 認知症や後遺症などでコミュニケーションが容易ではない患者も珍しくなく, 検査を優先させたり, 時間を味方につけて対応しなければ判断が難しいことも少なくありません. また, 重症度が低いからといって帰宅が可能かというとそうとは限りません. 複数の視点から考え, 対応しなければならないのが今の救急医療です.
救急患者をある程度診ていると, 誰もがそれなりの対応はできるようになるでしょう. 気管挿管など手技にも自信がつき, カテコラミンなどの薬剤の使用にも慣れ, 複数の患者を同時に診ることも可能となります. しかし, その対応は本当に正しいのか, 自分よがりの意見ではないか, もっと良い対応はできないものか自問自答することも大切です. 疑問を見いだし1つひとつ解決していく過程を踏まなければ一歩先へは進めないでしょう.
本書は救急の現場でみなさんが日頃頭を悩ませている事柄をcontroversyとして取り上げ, 臨床現場で奮闘している先生方に最新の知識だけでなくさまざまな状況を踏まえ記載していただきました. 本書を読み, 疑問を解決するだけでなく, 新たな疑問点を見つけ, 好奇心を持って明日からの救急診療に活かしていただけると嬉しいです.
冒頭の六太の言葉の通り, 答えが1つに決まることはなかなかないものです. あるときはグー, あるときはチョキ, そしてあるときはパーを選択するのです. 相手(患者や家族など)や状況(診療の場など)に応じて適切な対応ができるように, 常に考えながら歩んでいきましょう!
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