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【テクノの人紹介】砂原良徳

1990年代、電気グルーヴのメンバーとして一世を風靡した砂原良徳。まりんとも呼ばれています(本記事では「砂原良徳」に統一)。現在はリミックスを手掛けたり、TESTSETのメンバーとして活動しています。そんな彼を紹介します。


経歴

幼少期~高校卒業(1969~1984)

1969年9月13日、北海道札幌市で砂原良徳は生まれました(正確な出生地は不明)。

3~4歳の頃には、蒸気機関車の音が入ったレコードを聴いていたとインタビューで語っています。

(前略)3〜4歳の時によく聴いていた蒸気機関車の音が入ったレコード……そういうものをよく分からないままに音楽として聴いていましたね。で、蒸気機関車の音がなんで面白かったかというと、設計した人や運転している人が意図して出した音ではなく、不都合なものとして出たノイズがなんらかの秩序を生んで、自然と音楽になっているところに僕は興奮させられていたんですよ。

Mastered「ついにフルアルバム『liminal』を完成させた"電子音楽のマエストロ"砂原良徳みずからが語る、『LOVEBEAT』からの10年とは?!」より


砂原良徳の音楽のルーツは、小学4年の時に近所で開催されたロボット博でしょう。ロボット博で耳にしたYMO「中国女」やロボットに強く衝撃を受けたそうです。
後に彼はツイッターでこのように言及しています。

インターネット上には、砂原良徳の小学校の卒業文集が載っています。

「班の人が水たまりにおちたりしてたすけ合いながら中学校へ入っていきたいと思います。」という文章が彼のユーモア性を示しています。

砂原良徳は中学校からシンセサイザーをはじめ、YMOやクラフトワークなどの電子音楽、ニューウェーブに強く影響されたそうです。

彼は札幌市豊平区にある北海高等学校に進学。軽音楽部に所属し、そこではドラムを担当しています。しかし、音楽活動は学校外で行っていたそうです。

彼が初めて触れたシンセサイザーはCASIOのCZ-5000です。高校2年の時に、CASIOのRZ-1とカセットMTR(カセットテープを用いたマルチトラックレコーダー)を購入して楽曲制作を始めました。


KORG公式YouTubeチャンネル「砂原良徳「minilogue」インタビュー」では次のように語っています。

・初めて使ったKORG製品はドラムマシンのDOM-110、DOM-220
・ボコーダー「VC-10」も使っていた

詳しくはこちらの動画で紹介されています。

彼は無事に高校を卒業し、札幌のナムコに就職します。

サラリーマン時代~電気グルーヴ加入(1984-1991)

砂原良徳は札幌のナムコに就職しましたが後に上京しました。
AUTISMとして活動していた彼はRe-Reというバンドで活動していた末岡二郎と松沢重信を加え、O-TISMを結成。電気グルーヴの前身「人生」に出会い、後にO-TISMとして電気グルーヴと対バンをしたそうです。

この頃から、石野卓球やピエール瀧との交流が始まります。

上京後はCSK総合研究所の関連会社であったハイパーメディアでサラリーマンを続けつつ、新たな活動にもチャレンジします。

音楽アーティストの平沢進のコンサートツアー「ヴァーチュアル・ラビット・ツアー」でサポートメンバーとして出演。平沢進は電気グルーヴに入っていなければ、P-MODELに参加してほしかったそうです。

1991年春、かねてから交流のあった石野卓球に渡したデモテープがきっかけとなり、CMJK脱退後の電気グルーヴのメンバーとして同年夏に加入します。

電気グルーヴ『VITAMIN』ブレイク(1991-1994)

初めて砂原良徳が携わる電気グルーヴのシングルは、『MUD EBIS / COSMIC SURFIN'』です。この頃から雑誌、テレビ、MVに出演を始めています。

特に1993年に放送された「カルトQ/YMOカルトの巻」ではYMOにおけるぼう大な知識を発揮して見事優勝します。このことも、後のYMOメンバーとの繋がりのきっかけとなっているでしょう。

電気グルーヴ公式YouTubeチャンネルに掲載されているMVからは、彼の若さが垣間見えます。公式YouTubeチャンネルでは、次のMVに出演しています。

  • MUD EBIS

  • Cafe de 鬼(もっとおもしろい顔MIX)

  • N.O.

  • 誰だ!(瀧EDIT)

  • Shangri-la

  • 顔変わっちゃてる。(Donky Town Mix / Acid Morphing Movie)

1991年から1999年の8年間に、砂原良徳は電気グルーヴのメンバーとして、9枚のシングル、7枚のアルバムを出すことになります。

砂原良徳は1991年に『UFO』、1992年に『KARATEKA』をプログラミング担当として作曲に携わりました。この2枚は「テクノポップ路線」をとっており、卓球と瀧が出演している「オールナイトニッポン」とともに、電気グルーヴは日本のサブカルチャーをけん引しています。

やはり、彼が今後の活動に大きく影響を与えたのは、1993年にリリースされた4thアルバム『VITAMIN』でしょう。

このアルバムは従来とは異なり、純粋なテクノへと路線を切り替えています。石野卓球が、ロンドンに渡り経験したことにより、アシッド・リヴァイヴァルの影響が表れているアルバムでもあります。

その中で砂原良徳は「ハイキング」「Stingray」の作曲を担当しています。
特に「Stingray」は飛行機、航空産業をテーマにしており、後の『CROSSOVER』『TAKE OFF AND LANDING』へとつながります。

『VITAMIN』はチャート最高順位5位を記録し、電気グルーヴの名を世間に知らしめました。このことが、後の「Shangri-La」大ヒットへとつながっているでしょう。

この頃から彼はキーボーディストとしてライブで活動し、卓球、瀧、まりんという3人のスタイルが確立しました。

下記の動画がそのスタイルの一例です。石野卓球がマイクの前で歌い、ピエール瀧が独特なパフォーマンスを披露し、まりんがシンセサイザーを演奏する。電気グルーヴといえばこれだと思う人も多いのではないでしょうか。

1994年に『DRAGON』をリリース。「ポポ」「虹」といったヒット曲を世に出します。

一方、ソロ活動にも顔を出してくるようになります。1993年にリリースされた『Dance2Noise005』では「東京クラフトワーク」としてクラフトワークの楽曲「The telephone call」のリミックスをリリース。クラフトワークのサウンドをリスペクトし、彼らしさも含有している楽曲となりました。

ソロデビュー、「Shangri-La」の大ヒット(1995-1998)

電気グルーヴが脚光を浴びる中、砂原良徳はソロ活動にも力を注ぎます。

1995年にリリースされたistアルバム『CROSSOVER』ではテクノの才能を開花させ、「YMOチルドレン」の名に恥じない音楽性を披露しました。

1996年に電気グルーヴとして6thアルバム『ORANGE』をリリース。「ママケーキ」では砂原良徳の数少ない歌声が披露されています。「誰だ!」のコーラスにも参加しています。

電気グルーヴの代表曲といえば、やはり1997年にリリースされた「Shangri-La」でしょう。
砂原良徳がスタジオで再生した「Spring Rain」に、石野卓球が「これ使えそうだね!」と言い、「Shangri-La」の制作が始まったそうです。

「Shangri-La」のシングルは50万枚を売り上げ、電気グルーヴ最大のヒットシングルとなりました。

「Shangri-La」が収録されている7thアルバム『A』はチャート最高順位3位を記録、電気グルーヴ人気をさらに加速させました。

電気グルーヴの2006年時点のアー写
2006年のフジロックには砂原良徳も出演する予定だったが、脱退している。

この頃から電気グルーヴはヨーロッパに活動の幅を広げ、砂原良徳、石野卓球がターンテーブルに立ち、ピエール瀧がオーディエンスを盛り上げるスタイルでした。

1998年、砂原良徳は2ndソロアルバム『TAKE OFF AND LANDING』をリリース。架空の空港「Tokyo Underground Airport(TUA)」を中心に、全面的に飛行機、航空産業のテーマを押し出しています。テクノ、ハウス、ラウンジといったジャンルを駆使し、情報過多ともいえる20世紀の「砂原ミュージック」の究極系ともいえるでしょう。

電気グルーヴ脱退、独自路線へ(1999-2008)

1999年、音楽性のズレや病気療養を理由に電気グルーヴを脱退。フランスで開催された音楽ビジネスの国際見本市「MIDEM」でのライヴを最後に8年間の活動に終止符を打ちました。電気グルーヴ8thアルバム『VOXXX』からは、ピエール瀧、石野卓球の2人がメインとなります。

1999年にリリースされた『Pan Am: The Sounds of the 70's』は『CROSSOVER』『TAKE OFF AND LANDING』と続く飛行機シリーズの最終作です。ちなみに、このアルバムに収録されている「LOVE BEAT」は2001年にリリースされる『LOVEBEAT』とは別の曲です。どちらのLOVEBEATもYouTubeに投稿されています。

2001年にリリースされた『LOVEBEAT』は、従来の情報過多ともいえる楽曲とは異なり、洗練されたサウンドになっています。このアルバムとともに挙げられるのは、Cornelius『POINT』やレイハラカミの『red curb』で、この3枚を筆頭に、〈タイムレス〉が流行しました。

この頃から、砂原良徳はアーティストのプロデュースに取り組み始めます。
ACOの楽曲「悦びに咲く花」は砂原良徳によるプロデュースです。ACOのアルバム『absolute ego』の13曲中5曲は、砂原良徳の編曲です。

2001年、ロックバンドのSUPERCARの楽曲「YUMEGIWA LAST BOY」にはプロデューサーとして砂原良徳が制作に携わります。

プロデューサーとしての砂原良徳、『liminai』リリース(2009-2014)

2009年、砂原良徳は映画『ノーボーイズ、ノークライ』の音楽を担当。サウンドトラックでは、彼がプロデュースしたiLLによる主題歌「Deadly Lovely」を収録されました。

この時期から砂原良徳は野外ロックフェスにも顔を出し始めます。2009年8月には『WORLD HAPPINESS 2009』『RISING SUN ROCK FESTIVAL 2009 in EZO』に出演しました。


2010年5月、SUPERCARの元メンバーのいしわたり淳治、相対性理論のメンバーのやくしまるえつことともに制作した「神さまのいうとおり」がリリース。アニメ「四畳半神話大系」のエンディングテーマにも起用されました。

2010年7月、EP『Subliminal』をリリース。LOVEBEATで培われたノイジーな、洗練されたサウンドをさらに進化させ、21世紀の「砂原サウンド」が垣間見れます。砂原良徳YouTube公式チャンネルでは「The FIrst Step」「subliminal」「Capacity」のMVが公開されています。いずれの作品も社会的なメッセージを帯びたものになっています。

2010年9月にはagraph砂原良徳のリマスタリングが施された『equal』が発売されます。
2010年11月、砂原良徳がリマスタリングに携ったコーネリアスの名盤『FANTASMA』が再発。現在のサブスクリプションでは、こちらのバージョンのみ配信されています。この頃から、砂原良徳はリマスタリングの仕事をこなすようになります。

2011年4月、5thソロアルバム『liminal』がリリース。“目に見えないものを音にする”という試みを続けたマエストロがたどり着いた、至高の音世界を築き、問題提起を聴衆に投げかけている作品です。

2011年6月にはサカナクションのシングル「『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』」の3トラック目「ライトダンス(YSST Remix 2011)」を担当。この楽曲は2015年にリリースされたサカナクションリミックスアルバム『月の変容 ~Remix works~』で「ライトダンス YSST Remix 2015」としてリアレンジされています。

2013年2月、電気グルーヴは13thアルバム『人間と動物』をリリース。アルバムジャケットのアイコンは砂原良徳がデザインしたものとなっています。

「METAFIVE」加入(2014-2021)

2014年、YMO、サディスティック・ミカ・バンドのドラマーを務めた高橋幸宏が「高橋幸宏&METAFIVE」を、小山田圭吾、砂原良徳、TOWA TEI、ゴンドウトモヒコ、LEO今井と共に結成。7月23日にライブ・アルバム『TECHNO RECITAL』をリリースしました。

2015年には「METAFIVE」に改称し、本格的な活動をスタートさせます。

2016年当時のMETAFIVEのアー写

2016年1月、アルバム収録曲「Luv U Tokio -Video Edit-」のMVを公開。
この曲は砂原良徳とテイトウワが作曲に携わり、曲中のボコーダーによる「Tokio」は砂原良徳によるものです。

2016年1月にMETAFIVEとして初のオリジナル・アルバムとなる『META』をリリース。11月には日本テレビ「スッキリ!!」にて地上波に生出演し、「Musical Chairs」を披露しました。この楽曲も砂原良徳が全面的に作曲に携わり、彼の電子的なサウンドをポップなものへと昇華させています。

2020年7月、METAFIVEは再始動し「環境と心理」をリリース。ここでも、砂原良徳のシンセサイザーの音色が存分に披露されています。

2021年8月、相対性理論のギタリストの永井聖一と、GREAT3のドラマーにして高橋とLEO今井とも縁が深い白根賢一をサポートメンバーに迎え、『METAFIVE(砂原、LEO今井)』でフジロックフェスティバル'21に出演。この編成が後のTESTSETへとつながります。

2022年9月には1度発表中止していた『METAATEM』をリリース。砂原良徳は「Full Metallisch」や「Snappy」を作曲しています。

ソロ活動では、2018年に、やくしまるえつことともに坂本龍一のアルバム『未来派野郎』の収録曲「Ballet Mécanique」をカバーしています。

2021年6月、砂原良徳自身がミックスを施した『LOVEBEAT 2021 Optimized Re-Master』をリリース。360 Reality Audioで制作され、新感覚の作品となっています。
2022年12月に当アルバムは第28回日本プロ音楽録音賞ベストパフォーマー賞を受賞しています。

「TESTSET」結成(2022-現在)

2022年4月、METAFIVEのメンバーであるLEO今井と砂原良徳は、白根賢一と永井聖一とともに「TESTSET」を結成。同年8月には「EP1 TSTST」をリリース。ボーナストラックとしてZAZEN BOYSの向井秀徳とLEO今井によるユニット・KIMONOS「No Modern Animal」カバーのライブ音源を収録しています。

2022年、砂原良徳は高橋幸宏のアルバムのリマスタリングに携わります。
リマスタリングしたアルバムは下記の通りです。

  • 音楽殺人

  • ニウロマンティック~ロマン神経症~

  • 薔薇色の明日

  • WHAT, ME WORRY?

  • WILD & MOODY

  • 四月の魚 サウンドトラック

砂原良徳のファッション

砂原良徳はファッションのセンスがあることでも知られています。
最近は、黒を基調としたシックな装いをしています。


リンク

YSST(@y_sunahara)

砂原良徳(@_sunahara_)

YouTube公式チャンネル

ホームページ


最後に

私は砂原良徳の活動をきっかけにMETAFIVE、YMOなどのアーティストを知りました。YMOチルドレンとしても、極めて優れたアーティストです。

皆さんも、砂原良徳の楽曲に触れることで、テクノの素晴らしさを体感してみてください。

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