まるで本当のような 夢
空をまるで泳ぐように飛んでいる夢を、見たことがあります。
小学生くらいの年代でしたが、なんども見たことがあるようです。
一般的な夢判断としては
自己の向上願望:
空を飛ぶ夢は、自己の向上や成長の願望を表すことがあります。高く飛ぶことで、自己の限界を超えたいという願望が反映されることがあります。
ということらしく、なにかの本で読んで「あーいい夢なんだな」とおもったことがあります。
ところが、その夢をまったく見なくなり向上心が無くなったのかと落胆しました。
しかし、奇跡講座で考えてみると眠ってみる夢とこの世はまったく同じものでした。
ただ、肉体が目覚めているかどうかの違いだけ。
日々の暮らしは、まるで本当の体験のように感じます。
眠ってみる夢も、その瞬間はまるで本当のように感じます。
それは脳が作り出した、バーチャル世界。
この世も心が作り出したバーチャル世界です。
眠って見る夢も、起きてから思い出すことが出来て『空を飛んでいる感覚』もなんとなく覚えています。
思い出す時には、その夢はなにも実態がないのに、目の前に在るかのように体験することが出来るのです。
この世も、すでに終わっているのに、今まさに体験しているように体験して感情も動きます。
臨場感あふれる3D、4D映画をみているように主人公になっています。
職場での顧客とのやり取りや、同僚とのやり取り、そのひとつ一つに感情が動き、身体も動きます。
その感情は怒りや悲しみや辛さが大部分で、ほんの少しの喜び、楽しみ、笑いがあります。
そこから目覚めるには、この世での経験していることを足がかりにするしかありません。
眠っているときの夢から覚めたくないときもあります。
楽しい夢ならなおさら、そのまま眠っていたいと思います。
この世の経験も、そのまま体験していたいと願うこともあるでしょうが、いつまでそうしているのか?と問われているのです。
この世で《成功している》しているように見える人の中にも、みずからこの世から旅立つ人もあります。
生まれてすぐに、旅立つ赤ちゃんもあります。
一体なぜこの世に生まれてきたのか、分からない人生もあるでしょう。
その人にしか分からない、またはその人にも分からない意味
この世に生まれた意味は、正確には分からないにしても大勢の人が《自我の作った世界に誕生した》自我の申し子です。
この世に生まれて、この世で暮らしていく術を身につけるまでは、それに取り組む必要があります。
そうして、それらを活かして《自我の世界で精霊の台本に取り替える》のです。
いきなり自我の世界から目覚めるのではありません。
徐々に《悪夢から幸せな夢に変わっていく》過程を過ぎていきます。
眠って悪夢を見ている時に、そばに親が居るとして急に叩き起こすことはしないでしょう。
それと同じように、この世から目覚めるときも徐々に《幸せな経験》をするとイエスは言います。
今までなら、気分悪かった言葉に反応しなかった
なんとなく楽しい気分が多くなった
という体験が増えてきたら幸せな経験になってきたのかなと、思います。
わたしは今年の3月にオペをしてから、体調は良くなってきたのは実感できます。
ところが、それが目覚めているとは直接的には言えないのです。
心の目覚めが肉体的な幸せとは直結していないのです。
ここが難しいところです。
肉体の幸せが訪れたら、それでいいと満足してしまいがち。
それが自我の思うツボだと言えます。