人間椅子【芋虫】〜五体満足の芋虫〜
私が今いちばん好きなバンドは人間椅子で、
人間椅子のなかでいちばん好きな曲が「芋虫」である。
我らが鈴木研一氏が作詞作曲を担当しているこのド級の名曲は、8分41秒(ライブだともっと長い)というかなりの長尺だ。
題材は江戸川乱歩の「芋虫」からとっている(と思われる)が、個人的な意見だと江戸川乱歩の描いた「芋虫」のイメソンとしての完成度はあまり高くないと思っている。
私は中一の時に乱歩の「芋虫」を読み、絶大なトラウマと興奮を覚えた。
15分もあれば読み切れてしまう程の短さながら、傷痍軍人の妻の、愛欲が支配欲に変わりゆく凄まじい情景が目に浮かぶ。
そんな大好きな小説が大好きな漫画家によって描かれていることを知った時、私は飛び上がりそうになった。
私は丸尾末広のファンでもあるのだ。
中三の冬、ついにその漫画を手に入れた私は、更に「芋虫」に没頭した。
原作の淡白さが抜け落ちた、じっとりとした変態性はさらに私にどハマりだった。
話を人間椅子に戻そう。
人間椅子で初めて聴いたのは、面白くもないが「無常のスキャット」である。
これが驚く程響かず、白塗りの坊さんが歌わないことにちょっとがっかりしていた。
しかし「芋虫」を歌っていると知れば、それは何がなんでも聞かなければなるまい。
それであっという間に鈴木研一もとい人間椅子のファンになってしまった。ちょろい女だ。
最初のゆったりしたメロディーには退屈したが、終盤、怒涛のクライマックスには血液が沸いた。
しかし、江戸川乱歩の「芋虫」ファンの私はこの歌詞に首を傾げていた。
時子の方でなく、須永中尉の視点で「芋虫」を歌うなんて!とさえ思っていたが、人間椅子の楽曲を聴くうち合点がいった。
人間椅子は小説を元に曲を作っている訳では無く、伝えたいことが別にあり、タイトルにだけ文学の名を付けていることが殆どである。
「芋虫」は「鬼作」というエロゲーに使われたことがある通り、不遇者とその妻の話なんてまるでしていない。
両腕があり、両脚があり、耳が聞こえ、物も言える。そんな、五体満足の不遇者を歌っているのだ。
そうするとこの詩の本懐、素晴らしさに気づくことが出来る。時折乱歩の「芋虫」に重なるような表現があるのもアツい。
一日中、隠れ、食らい、何も分からない。
何も得られない。何者にもなれない。
肥えていくだけ。何も……。
前半部分はそれを淡々と歌っていく。
しかし、後半、唸るギターの音色に乗り、紡がれていく禍々しい詞。
「あぁ、ぐつぐつと煮えくり返る肉欲」
世間に疎まれ、自分でさえも自分を嫌い、醜い姿を闇に隠して、こっそりと暮らしていたい。
しかし、そんな己の内側を焼く、絶望的な肉欲。
発散されることのない、虚しく淀む肉欲。
乱歩の「芋虫」よりもよっぽど残酷で、哀しみ満ち溢れていると言えるだろう。
そして何より、どこにでもありふれた話である。
この結論にたどり着いた日、私はこの曲を3時間ぶっ通しで聴いた。
今でも1日に1回以上は聴いている。この曲だけはどうもスキップすることが出来ない。
一端の「芋虫」として、これだけはライブで見るまで死ねないなと思う。