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さよなら、雨のあとで【鑑定小説】

小夜子はいつもと変わらない朝を迎えた。
洗面所の鏡に映る自分の顔を見つめ、無意識に笑顔を作ってみる。しかし、その笑顔はすぐに消えてしまう。心の中にある迷いと寂しさが、どうしても顔に出てしまうのだ。

そんな彼女の日常に、一人の男性が現れたのは、一年前のことだった。雨が降りしきる朝、彼女がいつものようにネットで頼んだ荷物を受け取るためにドアを開けたとき、彼がいた。

髪は少し濡れていて、紺色の配達ユニフォームが雨に濡れて重そうに見えた。しかし、彼の笑顔はとても明るかった。名前は蜷川大輔にながわだいすけ。それ以来、彼の配達ルートに彼女の家が含まれていた。

小夜子は大輔に特別な感情を抱くようになっていた。彼が荷物を届けるたびに、彼女の心は少しずつ温かくなっていく。些細な会話や、時折見せる彼の優しさに、心が揺さぶられる。

彼もまた、少しは自分に特別な感情を抱いているのではないか、と感じることもあった。だが、彼女はその思いを心の奥に押し込めていた。既婚者である自分が、こんな感情を抱くのは間違っているとわかっていたからだ。

しかしある日、突然彼の姿が見えなくなった。荷物は別のドライバーが届けるようになり、彼女は何も聞かされることなく、彼とのつながりを失った。どうしても彼に会いたいという気持ちが抑えきれず、彼女はインターネットで彼の名前を検索し、彼がフェイスブックを利用していることを知った。

その夜、彼女はベッドの中でスマートフォンを握りしめ、彼のプロフィールを何度も見つめていた。彼の笑顔の写真が、心を締め付ける。それでも、彼に直接メッセージを送る勇気はなかった。

彼女は彼が自分のことを覚えているか、そして自分に対してどんな気持ちを抱いていたのかを知りたくてたまらなかった。結局、彼女は占い師に頼ることにした。

占い師からの返事はすぐに届いた。彼女はメッセージを読みながら、心が少しずつ沈んでいくのを感じた。

「彼にはあなたに対して好意があるかもしれませんが、それはお客様としての好意であって、恋愛感情ではありません。彼があなたを覚えているとしても、それはあなたが彼に特別な存在として認識されていたわけではないのです。もし彼が本当にあなたに恋心を抱いていたなら、配達ルートが変わっても、何らかの形で接触を試みたでしょう。」

メッセージを読み終えた小夜子は、心にぽっかりと穴が開いたような感覚に襲われた。自分が抱いていた夢は、やはり夢でしかなかったのだろうか。大輔に対する想いが現実のものでなく、単なる憧れだったということが、彼女をさらに切なくさせた。

その夜、彼女は彼のプロフィールを最後にもう一度見つめ、深いため息をついた。そして、スマートフォンの画面を消し、目を閉じた。外ではまた、雨が降り始めていた。雨の音が窓を叩きつけ、彼女の心に優しく響いた。

翌朝、小夜子はいつものように起き上がり、鏡の前に立った。
今日は少し違う気持ちで、笑顔を作ってみた。鏡の中の自分は、まだ少しぎこちないけれど、確かに笑っていた。彼のことを思い出しながらも、小夜子は前に進むことを決意した。

人生は、時折私たちに予期しない出会いと別れをもたらす。たとえその出会いが一瞬で終わってしまったとしても、その瞬間は心の中に永遠に刻まれる。小夜子はそう信じながら、新しい日々を迎える準備を始めた。たとえ彼が彼女を覚えていなくても、彼女は彼を忘れない。それが、彼女の心に残った唯一の真実だった。

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