武漢発新型コロナウイルスHKU5-CoV-2に関する最新情報
2025年2月、中国の研究チームが新型コウモリコロナウイルス「HKU5-CoV-2」を発表しました。このウイルスは、SARS-CoV-2と同様にACE2受容体を介して感染する能力を持つものの、結合効率は1/50程度と低く、現時点でのヒト感染リスクは限定的とされています。本研究は広州のBSL-4施設で実施され、石正麗博士が率いる国際チームがウイルスの構造解析や宿主範囲の特性を詳細に解明しました。
HKU5-CoV-2は、ベータコロナウイルス属Merbecovirus亜属に属し、MERS-CoVと遺伝的な近縁性があります。特にフーリン切断部位を有することが特徴的です。ヒト臓器オルガノイドへの感染が実験室レベルで確認されていますが、これまでに臨床症例の報告はありません。WHOは現在、このウイルスをパンデミック準備リストに追加するかどうか検討しています。
発見の経緯と研究背景
ウイルス発見の契機
2025年2月21日、研究論文がCell誌に掲載され、HKU5-CoV-2は湖北省と広東省で収集されたアブラコウモリ(Pipistrellus abramus)の糞便サンプルから発見されたことが報告されました。これは、2023年から開始された中国南部17省を対象とした大規模なコウモリウイルス監視プロジェクトの成果の一環です。このプロジェクトでは、3,200以上のコウモリ個体からサンプルが収集され、38種類の新規コロナウイルスが同定されました。
研究チームを率いる石正麗博士は、過去20年間にわたりコウモリ由来のコロナウイルス研究を続けており、2013年のSARS様ウイルス発見や2019年のRaTG13特定でも知られています。今回の研究には、広州科学アカデミーや武漢大学、武漢ウイルス研究所から計48名の研究者が参加しました。
国際共同研究体制
このプロジェクトには、英国のグラスゴー大学ウイルス研究センターや米国ワシントン大学医学部がデータ解析支援として参加し、Cryo-EM解析にはドイツのライプニッツ研究所が技術協力を提供しました。国際的な連携体制の背景には、WHOが2024年に発表した「メルベコウイルス監視ガイドライン」が影響しているとされています。
ウイルスの分類学的特徴
系統発生解析
HKU5-CoV-2はベータコロナウイルス属Merbecovirus亜属に分類され、新たな系統(lineage 2)を形成していることが明らかになっています。全ゲノム配列の比較では、既存のHKU5-CoV株との相同性が78.2%、MERS-CoVとの一致率は65.4%です。スパイクタンパク質の遺伝子領域において、受容体結合ドメイン(RBD)に集中する32カ所のアミノ酸変異が確認されています。
構造生物学的特性
Cryo-EM解析によると、HKU5-CoV-2のスパイクタンパク質の構造はSARS-CoV-2のRBD構造と70%の類似性を持つ一方、NL63コロナウイルス由来のRBD特徴も併せ持つハイブリッド構造として確認されました。また、RBDのF486部位に新規の糖鎖修飾サイトが発見され、これがACE2受容体との結合親和性に影響を与えていると推測されています。
感染メカニズムとリスク評価
ACE2受容体を介した感染
実験では、HKU5-CoV-2がACE2受容体を機能的に利用できることが確認されました。ただし、SARS-CoV-2と比較すると、HKU5-CoV-2の結合効率は約2.1%にとどまります。この差異は、RBDの立体構造の違いが原因とされています。
臓器指向性の解析
ヒト由来の気管支オルガノイドと腸管オルガノイドを用いた実験では、腸管組織で特に高い複製効率が示され、消化器指向性が示唆されました。
ヒト感染リスクの評価
WHOは、現在このウイルスのヒト感染可能性を「動物間で循環中、人への感染の可能性がある」とするCategory B2に分類しています。一方で、過去1年間に行われた呼吸器症例の検体調査では、HKU5-CoV-2陽性例が確認されていません。また、今のところ推定される基本再生産数(R0)は0.37と低く、持続的なヒト間伝播の可能性は低いとされています。
国際社会の反応と公衆衛生への示唆
科学界の見解
Nature Microbiology誌の編集長は「ウイルス進化を理解する上で画期的な発見」と評価しました。一方、ミネソタ大学の研究者らは、現段階でのパンデミックリスクの議論は時期尚早と慎重な姿勢を示しています。
公衆衛生対応
中国当局は、この発見を契機に「野生動物ウイルス監視ネットワーク」の拡充を発表し、監視ポイントを増設する計画です。また、HKU5-CoV-2のRBDを標的にした新型mRNAワクチンが動物実験段階にあり、交差中和抗体の誘導に成功しています。
今後の研究方向性
進化動態の解明
今後のシミュレーションでは、HKU5-CoV-2が年間平均4.2回の非同義置換を蓄積する可能性が予想されています。この変異が感染拡大リスクにどのように影響するか注視されています。治療法の開発
スパイクタンパク質のフーリン切断部位を標的とした阻害剤が開発中で、MERS治療薬「Molnupiravir」が有効性を示す可能性が浮上しています。
結論
HKU5-CoV-2の発見は、コウモリ由来コロナウイルスの多様性と潜在的な脅威を浮き彫りにしました。現時点での直接的リスクは低いものの、国際社会は引き続きウイルスの監視や研究を強化する必要があります。特に進化動態の解明と予防策の強化が重要であり、公衆衛生の観点から迅速な対策を講じるべきです。