【✏】えんぴつ堂 #57~#84
使用の手引き…https://note.com/souffle_lyric/n/n0ba1320f658a
ごゆっくりどうぞ!
【57】
【✏】朝起きたら見知らぬ美少女メイドが朝食を作ってくれた上、掃除洗濯までしてくれていた。「えーと…何かお返しできることある?」「…ス」「え?」「スマホとカードのパスワードを教えて下さい♪」「いやそれはちょっと」「チッ…あ、tやcはパスワードに含まれますか?」「食い下がるなよ」
【58】
【✏】研究室のホワイトボードのために、磁石を沢山買ってきたんだ。ストレスに憑かれた仲間達がよく悪口を書きこんでいるから。そして何度そんなことがあっても次のミーティングでは真っ白に、何もなかったかのように振る舞わなければならないから。☆の形のマグネットを、絆創膏のように置いたんだ。
【59】
【✏】「あんさーあんさー、ふつーの人ってどこにいんの?だってなかよくなるとみんなへんなやつっておもうじゃん、お(↑)れもお(↑)れのことへんだっておもうしかぞくもちょーへんじゃん、ふつーの人ってどこいんの?あーそれともさー、お(↑)れのクラスでよくわかんない人のことふつーってゆーの?」
【60】
【✏】「ありがとう!」どういたしまして!『 ありがとう!』いえいえ、良かった!【ありがとう!】うん、ええと…〈ありがとう!〉…それだけ…かな…?《ありがとう!》それで、あなたも行っちゃうの…?{ありがとう!}…もうやめてよ…「「「ありがとう!」」」その言葉、大嫌い!!!
【61】
【✏】天よりも地よりもハガキの裏面が好きだった。自分で買い求めた空間、真っ白に広がる世界に何を書こう、何をえがこう。貼ったりプリントするのもありだ、どうせなら喜ばせたいな、あの子の好きなものは何だっけ。奥行きさえ感じられる、たったひとつの長方形の景色をつくろう。
【62】
【✏】紙の切符を買ったのは久々だ。券面の数字を計算して10にする遊びにタイムアタック要素を加え、定期を忘れた無駄を娯楽に変えよう。足して割って9、惜しい。心なしか電車も快調な気が「…って、これ急行ーッ!?!?」嗚呼、過ぎていく…。失念していた、無駄という奴は仲間を呼ぶ性質だった。
【63】
【✏】あなたに贈る祝儀袋の水引に、昔あなたがくれたチェーンを絡ませた。…チャームはもう、捨ててしまった。こういうねちっこい絡み方が、絡ませ方がいけなかったって、知ってる。
あなたの幸せを願おうか、不幸を望もうか。【プチン】…ニッパーとため息の音が、響いた。
【64】
【✏】お見舞いの品には、とびきり高級なメロンを持っていきましょう。「………!!」毎回お姉様はその甘みに瞳を澄ませ、いとけない子供のような表情になるのです。「美味しいですか?」締め切った病室に微風を感じます。労力をかけた見舞い人の唇までも、あなたはいつでも笑みの形にされるのですね。
【65】
【✏】湯気。大地よりも身近に生み出せて、空気よりも目視できて、空よりも温もりのあるそれ。湯気、我々人類が意識していないだけでなかなか素晴らしい友なのではないか。眼鏡はコンタクトに変えたから不快に思うこともないのだ。こんな深夜だけど、今日はもう少し軽快に、湯切りを続けよう。
【66】
【✏】ハートのタブレット錠剤を風船に入れて、膨らます。ねえどうか気づいて、お返しを下さい。そんな事ばかりしていたから、私の周りに沢山あった風船に気づけなかった。凄まじい悲鳴を上げてそれらが、続けざまに割れていく。「ひっ…!」後ずさりした足の裏、誰かが用意してくれてた錠菓が砕けた。
【67】
【✏】「…………です」「え?ごめん雨の音で…」「っ、なんでもない、です!!!」気づけば背中を向けて走り出していた。シンデレラよろしく器用に傘を落とせれば良かった。淡いピンクの柄物なんて、この土砂降りにも自分にも似合わない。
「はあっ、は…、はっ、…すき、好きで──すっ…!!!」
【68】
【✏】本棚に作った長方形の空洞から、図書室を訪れる他人を覗き見る。名前も知らない女子、嫌いな奴、退屈な講義ばかりの教授。ここの本は読むための道具ではなく、人間の無防備さを垣間見る引き戸だ。──足音、瞬間、罪悪感。タイトルの薄れたハードカバーで、何気ない手つきでその空洞に蓋をした。
【69】
【✏】人が出した手の平の上に、匂い袋を置くのが好きだ。重みのある香りに面食らった彼らは子供のような、あるいは老人のような無垢な表情になる。それサシェって言うんだよ、今日一日それでたのしむといいんじゃないかな。キラキラな両目。思考の迷路に陥った人の目を醒ますのは、案外カンタンだ。
【70】
【✏】流し素麺が競技種目となって5年が経った。炎天下の校舎裏、コースの上流では部長、掬い手達を挟んで下流では録画班と回収隊が汗を浮かべて待ち構える。部長が麺に箸をつけたら私語は厳禁、清涼感という曖昧な審査基準を満たす為に僕達は戦う。
「「「…………」」」
麺が、レーンに降り立った。
【71】
【✏】雪姫様は、誰もの涙を宥めてあげたいと考えました。男も、女も、老いも、若きも。しかし雪を喚べば空気は冷たくなって、世の涙の量は増すばかり。気づけば彼女の頬にも雫が伝っていました。この温もりを、もっと、知りたい。そうして旅立った雪姫様の想いが、春という季節になったのです。
【72】
【✏】「あ、あの。下の名前何ですか」何ですかってそれこそ何ですかだ、聞いていいですかとか教えて下さいとか色々あるのに、表現はいつも遅刻する。
戸惑いながらも、その人は返事をくれた。この言葉のこの漢字…そうそう、それじゃあ。
慌ただしく去る足音に、覚えたての名前をそっと重ねた。
【73】
【✏】カフェを出なくちゃ。アイスコーヒーのラスト一口、ストローからせり上がる正論の味に思わずむせて、ついさっきあいつを泣かせた私の目にも生理的な涙が浮かぶ。言葉を送ればまた追い詰める、だから無意識に通話だけ押して、さらに反射的にすぐ切っていた。
追いかけるから、かけ直してきて。
【74】
【✏】パンにバターを塗りすぎた。「あ゙ー!日曜練遅れむごっ」「おらバタつけバタつけ」弟の口内に押し込み処理すればマ行で兄ちゃんはいいよな帰宅部で、とドア外へフェードアウト。俺だって悩みくらいあるぞ、例えば三時間後から始まる人生初の、デート…に着るもんが今の今まで決まらん、とか。
【75】
【✏】視界の端の額縁が邪魔だったから勇気を出して噛み付いてみたらパキリ、何と額縁じゃなくて板チョコレートだったんだ!自分を囲ってた下辺のチョコを食べたらそれ以降、俯いてしまっても雑草が何だか愉快に見えてくる。
チョコの味はどうだったかって?そんなの、歯を立ててみた人次第だよ。
【76】
【✏】レースの話を聞きたいのか。あいつ、予想通り居眠りしてたからその隙に抜かしてやったんだ。驚いたことに、ちょいと近くで見てやったら自慢のお耳が薄汚れてて、おねんねしてる目尻に涙の粒が乗ってた。え?別に何もしてないさ、連絡先も知らん。だってこの世はいつだってレース場じゃないか…
【77】
【✏】「皆がスマホみたく詰め込もうとするじゃない、頭にアプリを」「はい」葉末が揺れる。保健室の外は暖かな陽気なのだろう。「あなたはどんどん忘れようとするんだね、入れたそばから」“保健医”の指が、僕の腕の上をフリックする。「容量、空けときたくて」「何入れるの?」「…希、望」「そっか」
【78】
【✏】
「災難だったな」
「……」
「ごめん、何て言ったらいいか…かける言葉なくて」
「いや、別に…」
「元気づけてやりたいけど、一発芸とかもできないし」
「いいよそんなん」
「だから今ここでネズミ花火をつける」
「ああ…、…ん、んんん「シュボッ」おおおオオオオオオオ!?!?!?!?」
【79】
【✏】三角関係なんて言葉は状況に比すればあまりに美しすぎる、実態は二者択一でしょう。
二つの星を繋げる線に私の光を顕示したくて、枝分かれさせたかったのです。あの娘の小指の糸がほつれた瞬間、飛びかかって半分奪ってやったの。
これで私達はY字。乙女座の星の並び。
【80】
【✏】材料が、恋人を経て陳列品になる。私情を注げば彼女の関節は壊れてしまう。「君の事も好きだったよ」眼球を嵌め込まれた裸体は衣裳を欲しがり、仕立てたドレスを着せれば人形師はまた失恋に喘ぐ。溜息の背中に妻の腕が絡みついた。「どうぞ私を愛でてください。その娘と同じ衣裳を纏いますから」
【81】
【✏】「何か二人きりでもこういうのは全然健全感すごいよね」「確かに。医療行為?的な」ぺりりとビニールを剥がす。背中に貼ってあげた湿布の匂いは健康促進、ムードには無関心。少し悔しくて、広い肌に抱きついた。【ぐうううう】「うっ…」「…エロくなんねーな」「…確かに。昼何食べよっか」
【82】
【✏】リングに倒れる大柄の男達。中央に照らされる、三段構えのアフタヌーンティーセット。
「サンドイッチかスコーンを召すと、誰もがあまりの美味にこうなってしまうんだ」
「召すっていうか召されたんじゃ」
「インターンシップ君、君には最上段、ペストリーの試食を頼みたい」
「えっ、嫌、あの」
【83】
【✏】現役は無理だったが、“元選手”と会える事になった。改札を抜けてロータリーの人通りを見渡せば審判、ファン、コメンテーター、副審、怪我人、カメラマン、追っかけ、重病人、レフェリー…大半が「自称」だろう。
(僕は、“記者”として)
良い仕事をしよう。見えない枠線にだけ、触れないように。
【84】
【✏】空の鴎たちの蒼、海の魚たちの碧。二重奏が織り上げた水平線を、両手のひらでぐぐぐとなぞる。
操舵手くんから教わった歌を、うろ覚えのハミングで口ずさむ。メインマストの縄梯子で深呼吸して伸びをして、キレイな空気を肺に迎えよう。
あたしは、自由だ──!!!