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【✏】えんぴつ堂 #306~#333

使用の手引き…https://note.com/souffle_lyric/n/n0ba1320f658a
ごゆっくりどうぞ!


【306】
【✏】顔文字も絵文字もNGの、窮屈な原稿用紙。居残り課題。「先生はさー、マッチングアプリ使ってる?」教室の皆は見てないフリ、誰も私を止めらんない。「…」「ねー、せーんーせーえー」机を叩くこの手すら、もう自分で止められない。用紙の枠線外に書いた。『コレ上手く書けたら教えてくれます?』

【307】
【✏】「あ、ま!くだっ」“万引き”の単語が閃く。動転し丁寧語すら口にしながらそいつの鞄に手を伸ばす。視界にその鞄と服の色、直後衝撃が熱く顎を染めた。他人の悲鳴。ああそうだ、店舗名を告げてもっと毅然と捕まえれば良いんだ──有用かどうかも知れない代替案に酔いながら、喧騒に意識が薄れる。

【308】
【✏】ドブよりココアの方がいい。ドブに捨てて逃げ帰ってきたモノって、結構夢に出てくるから。コップに混ぜて溶かして甘くミルク濃く滑らかにして、くたびれた部屋着で飲む。体内が温まる。薄れゆく人間関係、薄れ得ない金銭関係。ココア。四分の一程飲んでふと、音楽でもかけようかなと思い立った。

【309】
【✏】「辞めた事を後悔はしてません。私はもう顧客の顔色を伺わなくて良い、上司とノルマの奴隷でもない、華麗なる一匹狼。忌々しい記憶が蘇った時は歯を食いしばって、大地に両足ぐっと着けて、負けないぞって空を見上げてこう吠えるんです、“なにとぞ”!!」「染み付いてるな…」「根は深いわね…」

【310】
【✏】教科書の外の世界で、机上の数字とシャーペンと消しゴムで、直感操作のアプリケーションの夢の中で、トイレの個室の中で、その唇が紡ぐ言葉の裏で、この笑顔の深い奥底で、店舗のドロワーの内と外で、あるいはバレないように敢えて堂々と、きょうも、あふれるほどの秘密工作がおこなわれている。

【311】
【✏】痒い。痒い処を放っておいたら痛くなってきて、うずくまって手を当てて押さえた。「どうしたの?」「…どうもしてないよ」「どうしてしたの?」現れたあなたはしゃがみこんで、僕の手に手を添える。「…薬を買いに、いく」振り払って立ち、あなたを置いてく。痛みは引いたのに、気持ちが残った。

【312】
【✏】シャーレの中の固形羞恥に、白衣姿で言葉をかける。「…プライド高ー」「…スルースキル無ー」「あっヤバ揺れてる」小刻みに揺れるシャーレを、抑制具で顕微鏡に留めた。「やっぱ照れ隠し…照れ抑え?は必須ね」「ですね。あ、昼休憩ですよ」怒りや興奮、意味の無い言葉…実験結果を書き留める。


【313】
【✏】涼風が吹く。アニメみたく綺麗に洗濯物を揺らしはしないけど、それは確かに乾く。同じ太陽が照らした服を着ているのだ、出会ったばかりの人とも、別れを選んだあの人とも。
「それは柔軟剤の匂い?」って気になる人が笑ったから、つい高いものを買ってしまった。空は高く、僕は見栄っ張りだ。

【314】
【✏】誕生日と決められた日に、無菌室のドアは開いていた。今日から社会人だ、練習した通りに服を着て、壁伝いに玄関へ降りる。誰もいない。風と光を全身で浴びたら、もう大人なのにドキドキしてきた。世界には、事情を隠す人は多いという。逢えるだろうか。いつかあの部屋に、招待できるだろうか?

【315】
【✏】スマホで撮ってサイズを添えて、彼女に合う服をお任せ注文したら腕がシースルー生地のワンピースが到着した。球体の関節が透けて露出の多さに戸惑ったけど、次第に彼女が暮らす棚に風が吹き抜けるように思えた。気づけば私もよく着込んでいる。軽くなろう。彼女を連れて、晴れの日に出かけよう。

【316】
【✏】バレない様に観測してた。皆の言動を収集・解析、自分の場所を確かめた。だから、【意外と~~だよな】と突如自身を形容された時、後頭部が鐘になり突かれたような衝撃を覚えた。観測がバレたのか?自分も観測されていたのか?それとももっと根本的な?ルーペで覗かれた虫のように、僕は縮んだ。

【317】
【✏】空想癖の私は頭の中の装置を働かせて何度も無限の冒険に旅立つけれど、そのすぐ外側の、この髪型を手製してくれた美容師の顔と名前すら思い出から抜け落ちているのです。それなのに、あの人は私のお手製を大切にしてくれているだろうか、などと考えてしまうのです。また緩やかに、髪が伸びます。

【318】
【✏】きみがスマホを見る回数が増えてる。増えて、増えて、ある午後のファミレスで遂に、画面に釘付けになったまま震え出した。「ちょ…っと、」向かい席から手を伸ばして、スマホを握る甲に添える。見せてと言いたくて、堪える。その板一枚が、その中の無限が、どうきみを苦しめてるっていうんだ。

【319】
【✏】綱渡りピエロの演目は、見ていてとても退屈だ。どうせ落ちる事などない。その瞬間ピエロはナイフを投げた。行き先のロープを切断、来た道に掴まり降下する。着地してよたよた歩きで、数席隣のお客に花を渡した。歓声。ああそうか。僕も皆も、高みの彼を見るよりも、只降りて来て欲しかったんだ。

【320】
【✏】時計の針が一斉に落ちた。世界じゅうでだ。速報と号外が街を舞った。熟練の技師達には些か俗っぽい最期の声──もうリピするの疲れたっすわ──等が聴こえたらしい。人々は砂時計を祭り上げ、デジタル時刻表示の不興を買わないよう祈りを捧げた。新時間軸という信仰が、静かに時を刻み始めた。

【321】
【✏】剣も盾も鎧も、本当は皆生まれながらに心に纏っている。だけどそれらは不可視だから、蔑ろにしたり暴走したり、狡い誘惑に惑わされ易い。なればこそ、僕らは可視の剣と盾と鎧の重みを、持つ。優しい民も僕ら自身も、踏み誤る事の無いように。言葉で始め、行いで結ぶ。「全軍、僕に続け──!」

【322】
【✏】「君はバックアップを沢山取るけど、君自身のバックアップは神様にも取れない。その手もマウスだけじゃなく、色んなものに触ると良い」「…アリガト。嬉しい…もう一回言って」「え?えっと、バックアップ…」「■、◁◁ 、▷」「人を再生機にするな!僕にだってバックアップはないんだよ!」

【323】
【✏】「どーしたよ、ずっと突っ伏して」「……ヨコレンした」「何それゲーム?」「ちっげーよ…」「美味しいの?あ、スイーツ?」「んな甘くなんかねえよ!!!」「うわっ、びっくりしたあ……」「……」「んでまた突っ伏した…ナニ連って何、他のものだと何が近いんよ」「……隠れんぼ、とか。色々」

【324】
【✏】深い意味はあったんだよ。あの時の言葉遣いにも声音にも、表情にも仕草にも呼び出した時間にも、本当は溢れるほど真っ直ぐで深い想いを、込めてた。“ううん、深くなんてないよ、「私」。意味深な演出を自己満で単純に付け加えたんだ、それで逃げられた。「きづいて」っていう、薄く浅い本音”

【325】
【✏】ああほら、つまみ食いはダメですよ。そのミルクパンは妖精用だから、ホットミルクであっても苛烈な苦味がするでしょう。飛べなくても忘れられても自分が何者かを忘れていっても彼らにミルクを用意し続ける、それが僕ら妖精のしもべです。誰にでもできる事じゃない。──うん、今日も良い味だ。

【326】
【✏】魔法や異能はないけれど、薫陶っていうものはあるんだ。受けて、授かって、磨かれて……まだ見ぬ誰かに感じさせるキミになれればきっと素敵なことだよ。派手なものでは無いのがボクも残念だけど…きっとそれぞれに色や濃さ、エピソードがあるんだ。ボクはボクの、キミはキミの薫陶を育てよう。

【327】
【✏】殲滅を、あるいは仕事を、あるいは作業を終えて息をつく。呼び方はどうでも根本は同じだ。「随分早く倒しましたね」「怖がりで。恐怖が身体に広がる前に急ピッチでやっちまうんです」「そういう鍛錬を、いつも?」「ええ、いつも。見栄っ張りのバカかもしれんですが」「いえ。懸命な判断ですよ」

【328】
【✏】細かく切り分ければ、皆笑顔も壊れた顔も持ってる…ただ、壊れた顔と壊れた顔が向き合ってしまうと、きっと良くないのだ。草原に寝ころび眺める雲、この保養地の風も、またどこか別の土地の風になる。「…寒!」底冷えにパジャマの体が跳ね起きた。スタッフさんに見つかる前に、戻っておこう…。

【329】
【✏】スランプの人への言葉、って何なのだろう。トンネルの中にいるようで、クリップボードには遅れ気味のタイム。汗を噴きながらドリンクを飲む君に、どんな顔をすれば。「…ゴチっ!!」反射的に伸ばした掌に、音を立てて空のペットボトルが託された。風。出口。小さく跳ねて、また駆け出していく。

【330】
【✏】お弁当がまずいと言われた。友達の子のおかずが美味しかったのだろうか、でも、ちゃんと味覚や意見の形成ができてきているとか、良い事なのかもしれないじゃないか。早くランチボックスを洗い終えて、もう一度ネットの相談を見よう。何がいけなかったんだろう。水音。何がいけなかったのだろう。

【331】
【✏】「学籍番号は盗れたんすけど、ハッキングがバレたかも?な感じで」え、ターゲット学生の顔は、名前は、詳細は。「さっぱり!映画の天才ハッカーみたくいかず半人前で!でも学籍番」いやなれや天才に!半熟ハッカー程ヒヤヒヤするもん無えよ、お前が学校で学び直「独学っす!」ちょ、超困る~!!

【332】
【✏】「希望は地を這う生き物です」復讐者の女性は、薙ぎ倒した被撃者へ告げる。「先の争い、貴方は確かにカーテン・フォールを告げ勝利した。しかし、墜ちた幕の下にこそ希望はあった」仇は引き攣り、酸味の汗に細い息が滲む。まるで救済のような、処刑の言葉。「刮目を。ここからは、除幕の儀です」

【333】
【✏】
六人で入ったミラーハウス、君と二人になっていた。
「え、あれ、はぐれた?」
壁面の君が一斉に振り向く。
「…かも。まあ出口にいるでしょ」
ポケットに手を入れたまま軽く返す。
「でも、二人でも…こうして何人も映ってるから、何か寂しくないかも」
鏡よ、どうか心までは映さないでくれ。

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