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【✏】えんぴつ堂 #195~#221

使用の手引き…https://note.com/souffle_lyric/n/n0ba1320f658a
ごゆっくりどうぞ!

【195】
【✏】知らない家のベランダの洗濯物がひらりと舞って、洗濯ばさみの抑止力で戻っていく。球団マークのタオルだとか、キャラ柄のパジャマだとかに目を奪われる。どんな人が住んでるのか、どのベランダを見ても分かりそうで判らない。本当はそれぞれエピソードがあるんだろうけど。気紛れなヤサガシ。

【196】
【✏】チャリの籠の中、買いたての柔軟剤のように、僕らの間でも柔らかく香るものがあれば良いのに。洗濯機に放るくらいの手間で。「いぎ」ギギギと車輪が耳障りに軋み、チェーンオイルの必要を知る。ああ、こっちが正解の音なのだろう。せめて手間暇を愛しながら、地道に潤滑油を垂らすしかないのだ。

【197】
【✏】憑かれる時の感覚がどうも癖になってて、口寄せが終わってもついつい霊を引き止めてしまう。霊達の間に噂は広まり、私は厄介者イタコとなった。「断る、別の憑依者を紹介してくれ」「でもお孫さん会いたがってますよ!さあ早く私に憑いて!」生活の為に死者に自分を貸し与える、素晴らしき日々。

【198】
【✏】謹厳に働くように言われたから、謹ましくエプロンを結んで、厳粛に梯子を登り、大きな大きな文字盤へとハタキをかける。街を吸い込むような時計塔。今はⅥからIVまでしか掃除をさせてもらえないけれど、いつか沢山の文字の埃を落とせるよう。秒針のように鋭く、背を伸ばした。

【199】
【✏】異世界に赴く際は寮長に外出届を提出しなければいけない。数人の秘密だった特異な外出先の存在は、一瞬の隙に日常にまで広がってしまった。「異世界」という呼称さえ、正式に「隣国」に変えられるための会議が進んでいるらしい。皆で採掘した鉱石も、遠からず雑貨屋にでも並んでしまうのだ。

【200】
【✏】ご馳走様と別れを告げた後も、頭より下の身体はディナーのビフテキを摂取し、消化し、総動員で慈しむ。必要なものがきたぞ、うれしいぞ、という叫びが、満腹感に変わって内側から続けざまに放たれる。頭の方はといえば薄情なもので、付け合わせのニンジンの数すらもうよく覚えていない。

【201】
【✏】創作の中で少年達を殺し合わせてから、専門店まで歩いてカツを食べる。物語の中の彼らも、例えば夕餉を共にすれば仲良くなれたのかなぁ…でも、それは筆者の仕事ではなくって読者の娯楽だ。次は回想パートを書かなくっちゃ。また皆に動いて貰う為のカロリーを、第三者はトンカツで補給する。

【202】
【✏】広い広い広い床を、トランクと旅行鞄が行き交う。現地に着いたら連絡するね、ホストファミリーになる人達にずっとそう伝えてたけど、今はもう、ここが現地になったんだ。何か目に見えない線をひとつ越えたくて、空港の人の両目を見て、現地語、ここの言葉で、「ありがとうございます」と笑った。

【203】
【✏】星はそんなに素敵だろうか。輝きはそんなに綺麗だろうか。一等星を目指せと煽る文句はラメ入りのものばかり。(…だけど)蠍座は嫌いじゃない。排気ガスが生まれるより遥か昔から空にも毒や鋏があって、他の星座が逃げ出すような奴がいると思うと心が落ち着いた。(潔癖な空は、苦しいから)

【204】
【✏】告白縁切りプロボーズは代表選手だけど、それ以外の改まった話だって物凄い量があって、口下手なふたりはせめて、交代にそれらを喋り出すことにした。好き嫌い、貯蓄の計画、ニュースの印象、医療の経験、暮らしの感想。黙ったり泣いたり驚きながら、探検隊のように言葉のジャングルに潜る。

【205】
【✏】この妄想は現実にならなかったフィクションです。実在の人物とは共通の団体に所属していますが、本当はもっと関係ある状態になりたかったです。…おまじないの本を閉じて。リアルを諦めた妄想が溜まって、不意に夢に出てきたりして。席替えで隣の席だった頃とか、思い出してしまうんだ。

【206】
【✏】天空コンサートホールへと上昇を続ける関係者用エレベーター。“収容人数”の文字を見て、女性が付き人に呟く。「今回は客数水増しはさせません。収容者を全員、感動者にさせてみせます。私の実力で」「リピーター、です。全員一度きりで帰られたらまた水量を増やすしかありませんので、お嬢様」

【207】
【✏】部屋は蘇生する。リビングルームのデッドスペースに百均インテリアを置き、封を切ったフレグランスを吹く。雑然の原因物を右から左へ、扉の向こうに投げる。正しく物々しくなったのは気にせず、それでもやっぱり気になる所に粘着コロコロを滑らせる。これでいける、呼べる、招ける、上げられる!

【208】
【✏】「幾許かの対価と引き換えに出生の秘密を知ることができる。戸籍だ。届出人はどんな思いで届け出たんだろうとか。自分にはその日の記憶はないが、不思議と自分なりに成長したんだなって実感が湧く」「そうなんだ」…そうなんだ。それはまあ何かちょっと、取りに行きたくなってしまうじゃないか。

【209】
【✏】「始めようね」、あどけない声を聞きながら、夢の中で七色の玉砂利を踏む。俗離れした感触。歩くごとにちりぃん、ちりん。突如現れた見上げる程の、真っ黒な鳥居に息を呑んだ。「怖そうだね」首を振った。ぼんやりとだけど心は決まってる。また踏み出した。童の声が笑う。「進み、続けようね」

【210】
【✏】先輩の風船が割られた。バリケード越しでもハッキリ見えた。
命は無事だと分かってるのに、BB弾がここまで怖いのは初めてだ。迷彩服がこんなに重いのも、そもそも着たのも初めてだ。
…でも、リスクを取らないとゲームは勝てないと先輩は言っていた。おっかなびっくり、初めての敵索だ──。

【211】
【✏】天使に振られた。「お付き合いは、ごめんなさい」直後、オーケストラが鳴り出した。比喩ではない。「失恋には音楽が良いらしいので、わたくしの楽団による演奏をお楽しみください。では、後三人程お断りの予定がありますので」練習不足のベートーベンを耳に捩じ込まれつつ、呆然と悪魔を見送る。

【212】
【✏】おもえばおもうほど、言葉と表現はこんがらがる。思うに、想うに、重うに、おも雲丹…。(ほら、ウニでしょ?どうぞ)ラブレターを渡すつもりの相手から、ウニの軍艦巻きの皿を渡される。えっ、あ…。目が覚めた。便箋は白紙。今日もあの子は雲丹のごとく刺々しく、頬杖をついているのだろうか。

【213】
【✏】まあこういう時はどうです、BGMでも。上司が好きなボサノバを流す。カフェのように軽快に、レジュメの文字が会議室を泳ぐ…社会通念、対象、心理、関係、罰則、措置、守秘、沈黙、事例、合法的抑圧、フローチャート、止むを得ないと言わざるを得ない。打楽器のリズム、優しい囁き──……。

【214】
【✏】高尚な道具を使えば、突然特別な力にあやかれると思うのかい、あんたは。自分も、自分と連れ添った物も信じられないなんて言うものじゃない。私は、長年触り続けたこの豆皿達を信じる。何があっても、食事時にこれを見ると生活の中に帰って来られる。それだけの力がこれには宿っているんだ。

【215】
【✏】亜流、ですね貴方は…。だって、三流と二流は人災、一流は天災ですから。貴方は、エピゴーネン…。…っひぃ…!お、怒らないで…。…でも、私は災害な自分が好きだから、私の一流はあげられない…。絶望と歓喜の炊き込みご飯を、手づかみでむしゃむしゃ食べてないと、生きてけないの…許して…?

【216】
【✏】倍速の朝、時間は戻らない、パンだけ口に捩じ込み出勤だ。あ、でもマーガリンも欲しい…。光速でティースプーンで抉って後追いで口に詰め込む。ああ、ああ、そうなるとデザートも欲しい。この積み重ねでいつも時間に置いてかれる、満員電車で遅刻になるとわかってる、わかってるけど、でもお…。

【217】
【✏】下界は騒がしい。甘えるように座席に着くと機内モードに切り替えて、航空券をジャケットの内ポケットに押し込んだ。下界の弊社は内憂外患、揉めては荒れて冷戦続き、会話履歴を閉じ瞳を瞑る。涙でも出るかと思ったけど、出たのは深い息だった。エコノミーで機中の人に、そして夢中の人になる。

【218】
【✏】タマネギ畑を掘り起こせ、それがこの女性への命令。「何でそんな事?」「タイムマシンの動線がいつも、この地点で狂うの」「でもここは優しいおじさんの一農家だし…」「だから夜に掘ってんの!」「警チャリに見つかると現行犯だよ、あ、未来犯…?」「いいから!豊穣神の振りを続けなさい!」

【219】
【✏】念願のパネルディスカッション司会なのに、登壇者全員元彼だった。アイツとは喧嘩が多くあの子とはすれ違い、三人目とはワンナイト、あの野郎とは泥沼。皆が私について話す筈もなく、四通りの持論が飛び交う。
懇親会とかあったっけ今日。手の中のマイクは裏腹に、冷静に順番に、お考えを問う。

【220】
【✏】「僕も鬼じゃないし、男が苦手なら彼女は君の傍に残すよ。僕ももう来ないし安心して」そう言うと、男は野口と福沢を奪った。縛られてた私が覚えてるのは、紙幣を数える手が綺麗だった事だけ。見えていたのに手フェチが邪魔をした…。事情聴取の女性警官が溜息をついて、一葉の束を見遣る。

【221】
【✏】もしも神がいたとして、美しく佇み下界を見守る、訳がない。きっと剛速球の本格派投手、無慈悲なビーンボールで僕らのグローブはボロボロだ、ハッと約束を思い出す時、辻褄事情を取り繕う時、冷酷の言葉を告げられる時、汗が心臓の表面を伝う。ぶつけられてぶつけられて泥臭く、成長していく…。

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