【✏】えんぴつ堂 #140~#166
使用の手引き…https://note.com/souffle_lyric/n/n0ba1320f658a
ごゆっくりどうぞ!
【140】
【✏】花束を切り刻んでしまった。犯行現場のまな板周りには酒の缶が散乱しており、酔った自分がストレス発散用のキャベツと花を取り違えたと思われる。「…マジか…」嫌な思いをする事もあったが、頂いた花に罪はない。一頻り頭を抱えて軽傷の幾輪かを缶に挿し、戒めを込めてダイニングを飾った。
【141】
【✏】大目玉を食らったら、なるべく早く目玉風船に造り変えよう。片手にくるりと巻き付けて、風に合わせて浮かんでみよう。雲を食べる人、太陽を見上げる人、瞼から雨を降らせる人。
風船がしぼんだら、どんな場所へと降り立てるだろう。今日もどこかで静かな綿毛が舞い上がる。
【142】
【✏】チャイナからチャイナタウンまで3歩。旅行ガイドブックの棚こそ一つの立派な観光地で、厚かましくもこの景観を保全したいとレジに並ぶ。
やるべきことなんて今は忘れた。チャイナタウンとチャイナを抱えて、色彩を連れて、散歩のように軽やかに帰ろう。
【143】
【✏】祭りは嫌いだ。五月蝿く下品で浴衣を見せつけたいだけの、自己満足の…あ、チョコバナナ下さい…自己満足だと思う。綿飴は去年より柔らかく、ふは、焼きそば濃っ…あ、カルメ焼きどうも。青海苔多めで、シロップはレモンで。鈴カステラが鳴り、イカ飯が泳ぐ。屋台さえなければ、祭りは嫌いだ。
【144】
【✏】この舌が濃い味を求めるのは、世に薄情が蔓延しているからだろうか。数分で答を捜す位なら、せめていっそ。「まーたかやく入れ忘れてる」あっ、「それとこのかやくは「火薬」じゃなくて「加薬」だから。クワエルクスリ。行ってきまーす」同居人は颯爽と出かけ、キッチンタイマーが鳴り響いた。
【145】
【✏】羊羹を貰った。老舗だから美味くて、思わずスマホを置いた。高級品だからとにかくうめえ、あー生きてて良かった。甘ちゃんでも頑張って良かった。入れっぱの緑茶ティーバッグ、意外と弾力の強い食感。そういえば、甘いからといって必ずしも柔らかくて脆い必要などないのだ。むしゃむしゃ。
【146】
【✏】ミュージアムショップで0時に。AMPMは記載しなかったけど、「あっ…」「…あ」弱腰な僕らは、結局正午に再会した。時を経た絵画の複製が、ポストカードやボールペンとなり売られている。好きな作家は誰ですか。どれくらい時間を過ごせば僕らはもっと近づけますか。ミュージアムショップで0時に。
【147】
【✏】今日の友人達のお喋りは刺々しい。可愛い喫茶店って以外と人の心を掘るようだ。(うーん…)彼女達の話をお茶請けにしようと思ってたけど作戦変更、お茶で受け流すことにする。「あーあるよねーそういうのー」レシーブよろしく勢いを削ぎながら、都合の悪い表現が出る度カップに手を伸ばす。
【148】
【✏】図書室での自習は苦しい、誰もぼくを読もうとしない。別にぼくじゃなくても皆クラスメイトや友達をもっと読めばいいのに、どうして嫌々、隠れるように棚の本を手に取り読むんだろう。発表の時にそう発言してから、いよいよぼくは読まれなくなった。奥の、奥の、奥の書庫に放り込まれるように。
【149】
【✏】夢から覚める意識の中で「ワサビが欲しい」と感じた。無菌室にいるような日々に、こっそり持ち込める刺激物。“武器じゃなくて良いのか?”と声がしたけれど、強すぎるものには心を明け渡してしまいそうでさ。鼻の痛みに湧いてくる力の範囲で、何ができるかを決めたいって思ったんだ。
【150】
【✏】拗れて暴れて、フードを被って飛び出した。人工の明かりの街を駆ける。ふと視線を落とせば釣具屋のシャッターの前でミミズが死んでた。ああ、そうだ。光の海に投げ込まれて釣り餌として輝くよりも、自由という闇の中にいよう。瞼を閉じて、開いて、あたしは裏路地へと消えた。
【151】
【✏】物干しは自然との共同作業だと思う。鼻歌と洗濯バサミ。日光をまとった春風を浴びたら、ハーブティーを飲んで乾くのを待とう。
などとポエミーになっていたのがいけなかった。突然の天気雨で洗濯物は家族分全て水浸し、どうにも悔しくって乾燥機にも投げ込めないでいる。自然のバカ、ばーか…。
【152】
【✏】行ってらっしゃいと言ってくれたキミを、本当は連れていきたかった。はじまりの道に咲く花が、やたらと綺麗。勇気を出せなかった代償として、きっとこれから一方的に、キミを夢に見続ける。ボクはそれでも構わないから、キミの寝顔には毎晩毎晩、笑えるほどに、優しい眠りがありますように。
【153】
【✏】上司にチンチラをコピペしたい。我が家で飼ってる可愛い可愛い可愛い子だ。な~にがちんたらしてるだ誰の指示のせいだ、お前よりこの子を長生きさせてやるからな、と毒づきながら愛しい齧歯類を撫でると、つぶらな目をきゅうと細めてくる。あぁあ、刺激される飼主本能。もふもふ、もふぅ…。
【154】
【✏】「先生の作品が好きです!」ファンアートを見せてくれたその子は、私が浮かれる間に私の作風を引き出しの一つにした。「先生のおかげです!」その子は私が焦る間にファンと賞とメディアを得た。待ってくれそれは模倣で、偽『偽物はお前の作品じゃん?』誰の声かも解らない言葉に、目覚めた朝。
【155】
【✏】…現地から柚餅子を送ります。会議に間に合わなかったら、これを私の影武者に…ウソウソ、ちゃんと戻ります。出張土産としてお納めください。柑橘好きだったよね?
そして、本当に有難う。これは何の御礼でしょうか。…それも含めて、あなたがしてくれた全てにです。それじゃあ。また会社でね。
【156】
【✏】二匹の男が暗がりの中.「『牧羊犬』昇格おめでとう」「でも...ごめん.君が目指してたポストだろう」「ん?タメでは話せねぇが,俺はこれまで通り従順な羊でいるだけだ.マトンにされねえように」「やめてくれ,そんな命令,したくは」「ほら,時間だ」一匹は統制室へ,もう一匹は見世物小屋へ.
【157】
【✏】恋愛占いをしてくれる時だけ慌てるの、何となくわかってた。“待ち人は案外近い”って、少し急いてるような声が路地裏に響いたね。ねえ、だから段々と、カードを見るあなたを見てた。満月より水晶玉に興味が湧いた。今夜の占いで、好きな人が出来ましたっていったら…あなたはどんな顔をしますか?
【158】
【✏】「誰ぞ、誰ぞ」一面の芒の中で、約束をした。“指切り”の後だからか、鋭い葉さえ怖くはなかった。芒が森に変わる頃、彼は人間だったと気づいた。「契りを、契りを…」逢えないのなら最早誰でも、早死にしないのならば誰でも。どんな契りでも何でも彼んでも。成就という景色の、色を知りたい。
【159】
【✏】いつもいつも、サクラの花弁が勝手にソラを泳いでるように思ってた。だけど今日はとても遠い樹のサクラ花弁が、気の抜けた頬を掠めるように追い越していったんだ。
こんなにも強く、ハルカぜはサクラを運ぶものなんだ。視線がソラへと舞い上がる。今この時、僕はサクラからハルカゼを教わった。
【160】
【✏】ベランダ栽培してる植木鉢、の土を涙で湿らせたけど、とくに奇跡は起こらなかった。失恋なんてお構い無しにこの子らは明日もすくすく育つ。そんな前向きさが訳わかんなくなってまた泣けたけど、ああ明日は、この子達と一緒に太陽を浴びよう。人とか恋とか愛じゃない力で、過ごしてみよう。
【161】
【✏】何の気なしに押し入れを漁ってたら、お菓子の復刻缶を見つけた。確か母が好きだったやつで、発売された時は私と同じ年頃だったとか。手近にあったチラシの裏面、面と向かってはとても言えない積もり積もった言葉を書いて、その缶の中に滑り込ませた。明日から、私の一人暮らしがはじまる。
【162】
【✏】モーターボートが海を切る。「そういや最近流行ってるよな、豪華客船ツアー」「確かに…きゃ!」追い波にスロットル操作が遅れた。やや派手な飛沫が上がる。「…少なくともこんな下手な運転とは無縁そう」「…何なら今すぐ降りてもいーぜ、お嬢様」そんな火花も推進力に、ボートが海を切り拓く。
【163】
【✏】夢の中にいるのだとすぐに分かった。解き放たれた空間でパルクール級の宙返り、見事な着地。あ、昨日現実のスノボ合宿で大恥かいたから、夢ん中じゃ上手くできるんだ。寝ながらしょげてる現実の俺を、また頑張れよって、軽やかに跳びながら応援してやろう。もうすぐ目が覚めて忘れる、この瞬間。
【164】
【✏】停電はすぐ復旧するけど、人と人とはそうもいかない。明るさを取り戻した視界、眩しさに僕らは目を閉じ、繋ぎ合ってた手を素早く離した。不意の暗黒を謝罪するアナウンスの中、僕らはごめん、ごめん、とぎこちなく、友達として復旧する。何も考えず触れ合った思い出は、もう電池切れなのだから。
【165】
【✏】議題を決めようとしたはずが、議題にしたくない事項が黒板に列挙される。友達の話、お金の話、成績、政治、性、親や家族、重い話、上辺の話。誰かが咳した。おかしいな、窓を開けて扇風機もクーラーもかけてるのに。クラスメイトが二人、三人、口元を押さえて言葉の代わりに咳き込み始める。
【166】
【✏】『だからそのニラぁ、菖蒲?と間違えて買ったんで、そっちで好きにしてください』受け取り拒否された遺失野菜、防災センターで処分されるのは勿体ない。理不尽を思いながら包丁で刻み、怒りの炎で煮立てれば旨み醤油の匂い。回し入れた卵が膨らむ頃には食欲が感情を超えた。…いっただきまーす!