たのしい感情の瞬間
親御さんたちと子どもについて話しているのがやっぱり楽しいなぁと思う瞬間が毎回ある。
子どもの変化を親御さんと一緒に喜ぶ時だ。
前にも書いた「やっぱり子どもに関わる仕事なのかなぁ?」と思った事で、過去の自分が慰められていると再確認したけど、
この「親御さんと子どもの変化を話している時間」というのも自分が慰められているなぁと思う。
それは過去の、大人に分かってもらえなかった自分が慰められているのか、それともお子さんの話を聴いて顔がほころんでいる親御さんを見て、その子が愛されているのを感じて「よかったなぁ」と思って自分も慰められているのか。とにかく嬉しいのだ。
パーソナリティの16因子なんちゃらによると私はエンターテイナー属性らしいので、生育歴的に人と人との仲介役の技術がここにも活かされているんだと思う。
この話を美容室に行った時に担当美容師に話すと「人と関わるって大変だから、アタシはもう分かり合える人としか仕事したいと思わないなぁ」と美容師さんは言っていた。
ふと、アタシはどうだろう?と思う。前に同業者と話した時に、対人支援は労力と神経が浪費される。感情労働だし、やりがい搾取がある職業なのだ、給料安いし、という結論になった。
「でも療育なのかなぁ」とアタシが言うと
「それでもそっち行くんだ」と、その同業者にも、この美容師さんにも全く同じことを言われたことを思い出した。
ほんとそう、ドMなのかもしれない。
しかも思いがこじれていて、うまく表現出来ない子が大好物だったりする。
その子の思いが分かってしまうからだ。
アタシが同じ分類だからなんだと思う。
「あーうまく言えないね、表現できないよね、わかるぅ~」ってなるのだ。
だからなんとかしてあげようと思うんだろうなぁ。
アタシみたいな大人になるんじゃない、とか思うんだろうなぁ。あー変な正義感、あーめんどくさいねアタシも。
でもこの、子どもが変化していくのを見るのが楽しいし、この変化を親御さんに伝えるのが醍醐味の仕事だとつくづく思った。
これは年単位で時間をかける必要がある。
関係性を作って、子どもとやりとりする交渉が楽しいんだ。
その変化を振り返った時に涙が出るほど感情が揺れる、嬉しい。
手間をかけるのもまた楽しいからやっぱりアタシもめんどくさいのが好きなんだろうなぁ、と思う。