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深夜のコーヒー(キャリアウーマン2)

午前2時、眠れないと彼女がやってきた。
彼女は癌の末期で緩和ケア病院を勧められていたのだけれど、
死にに行くようで嫌だと拒否していた。
タバコが吸いたいので内緒でデイルームを開けて欲しいと言った。

今では信じられないだろうけど、
当時、デイルームには喫煙所が設けられていた。
でも、デイルームの使用時間は6時~21時。それ以外は施錠されていた。

例外的な看護も提供していた私だったけど、
火を取り扱うということもあり、さすがにためらわれた。
そこで看護師の休憩室からインスタントコーヒーを拝借。
「デイルームは開けてあげられないけど、コーヒーでも飲みながら
眠気がくるまで話しでもしようよ」
廊下の椅子に並んで座った。

2人でコーヒーをすすりながら色んな話しをした。
仕事のこと、家族のこと、人生のこと、死後のこと。
彼女がいかに一生懸命生きてきたか、しみじみと伝わってきた。
優しくて、家族のことも、友達のことも、部下のことも、
本当に愛情深く考えていた。
年の差はあっても生きる姿勢が似ていたので
共感し合ったり、突っ込み合ったり。
私はますます尊敬の念を強くした。
死後の話では互いに想像した話をしたのだけれど、
なぜかスイッチが入ってしまって笑って笑って。
シーンとした廊下に声が響くので、「シーッ!」「シーッ!」って
お互い笑い声を押さえるのに大変だった。

1時間ほど話したところで、緩和ケア病院は死を待つための病棟ではなく、最期まで自分らしく生きるための病棟なのだと改めて伝えた。
今までも伝えてきたことなのだけど、彼女には受け入れがたいようだった。

「本当は私だって、
あなたが好きなときにタバコだろうがお酒だろうが提供したいんだよ。
今も!
でも、精神科病棟だとそれできないの・・・。」

数日後、彼女は緩和ケア病院への転院を承諾した。

一年後、たまたま事例発表会で緩和ケア病院の発表を聞いた。
彼女のことだった。
泣いたり、ネイルアートやヘアアレンジなどお洒落を楽しんだり、
笑ったり、家族や周囲の人に感謝したりしながら
穏やかな最期を迎えられたと教えてもらった。
良かった。本当に良かったね。
あなたらしく生ききったね。

私もいずれ逝くから、その時は一緒に飲もう。

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