見出し画像

造船所のおじさん

大きな船の事故があった時、スタッフが「あの人、来るかな?」と心配していた。

あの人は数日後入院してきた。
「ばか!」「どけ!」「ブス!」
荒々しく、大声で悪態をつきながら病棟中を歩き回った。

怒れるおじさん

ひえ~~~~~
心が叫んだ。正直怖かった。
ここまで荒れる人に会ったのは初めてだったからだ。

主治医は病棟責任者から閉鎖病院への転院手続きをするよう迫られた。
「統合失調症の人をみられなくて、何が精神科だ!」と主治医は突っぱねた。

それはそうだ。正しい。おじさんを守れる病棟でありたい。
一方で、脅かされている他の患者さんを、スタッフを、どう守れば良いのか・・・。病棟の役割とは・・・医の正義とは・・・優先順位は・・・グルグル。
随分葛藤した。
葛藤もしたけれど、時間が経っても治まらない自分の恐怖心にどう対処すれば良いかにも苦慮していた。

同時に不思議に思っていた。
おじさんは病棟の常連さんだった。不調になると大荒れして入院になる。
でも、こんなに荒々しい人が、造船所の仲間から守られているという・・・
「ナカマカラ マモラレテ」?本当に?どういうことなんだろう?

その日の夜勤、主治医は残っておじさんを見守った。
そして、消灯時間になると「じゃあな、後は頼んだ」と帰って行った。
                ・・・お~い、まだ寝てないよ~・・・
心の声むなしく、眼光鋭いおじさんの視線を感じながら夜は更けていった。
幸い、夜中は眠ってくれた。

数日後、病状が落ち着きおじさんが本来の姿を取り戻したとき、様々なことに合点がいった。

本来を取り戻したおじさん

とにかく純粋で優しい人だった。人のために自分が辛くても無理をしてしまう人で。物静かで、いつも温かい目で微笑みかけてくれて。そして何よりも船を愛する職人さんで。

人気のない病棟プログラムにも、人集めに苦労している看護師をみると「じゃあ行こうか」と参加してくれた。・・・面白くないのに・・・
無理をした結果、プログラム終了後部屋でこっそり泣いていることもあった。師長さんが話を聴いてなぐさめていた。
「だから無理をさせないでって言ったでしょう!」と師長。
はい、すみません。そこがわからなくて。はあ、難しい。

おじさんは自分の事より周りの幸せを優先する人。
そして船が大好きだから船の事故が起きると不調になる。
こんな愛ってあるだろうか。自分が壊れそうになってしまうほどの愛。

そんなおじさんだから、「おかしいな」と感じたら仕事仲間が奥さんに連絡してくれる。
そして病院にかかり、入院して、回復して、元の職場に戻る。
職場の人たちは「絶対に辞めさせたらいけない」とタッグを組んで助けてくれている。
心から愛されている。大事にされている。

私にもわかった。だっておじさんは周囲にたっくさん色々なものを与えてくれる人だもの。

こんなに愛され、信頼されているおじさんの人間力!偉大さ!

私が今も尊敬している人の一人だ。

いいなと思ったら応援しよう!