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「ブラが透けてる」「女性はスーツを脱いで」「なんでこんなこともできないんだ」。新卒で入った会社で受けたセクハラとパワハラに、夢を奪われて。

「私は2022年の3月に大学を卒業し、全国に営業所がある某ハウスメーカーに就職しました。ハウスメーカーに就職したのは、叶えたい夢があったからです。それなのに、7か月で退職をせざるを得なくなってしまうなんて……。自分が悪かったのだろうか、もうちょっと我慢できていたら夢を叶えることができたのだろうか、と未だに自分を責めてしまいます」。
 
23歳・関西圏在住のTさんは、夢を抱いて新卒入社した会社をたった7か月で退職しました。Tさんは取材中に何度も「私が悪かったのでしょうか」と口にしていました。でも彼女が会社を辞める決断をした理由は勤め先で受けたパワハラとセクハラ。
これから新入社員になる方たちが自分と同じような思いをしないよう、自分の経験を伝えたいと考えて「取材をしてほしい」と私に声をかけてくれました。

つらい経験を自らの口で語ることは、その苦しみを追体験することになります。Tさん自身は「取材をしてほしい」という思いを抱いていますが、私に当時のことを語ることでフラッシュバックが起きないよう、言葉を選びながら話をお聞きしました。

パワハラやセクハラの経験がある方はこの記事を読むことでフラッシュバックが起きる可能性もあります。その点留意して読んでいただければと思います。
 
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夢をもって飛び込んだ、ハウスメーカー業界


――ハウスメーカーへの就職は夢だったとのことですが、どんな思いをもって入社なさったんですか?
私の父は職業柄、転勤が多く、幼いころから引っ越しを繰り返してきました。そんな経験から家族とずっと暮らす家を購入すること、決まった場所に帰ることに大きな憧れがあったんです。
私が中学校3年生になったとき、引っ越しが今後なくなりそうだからと家を建てることになりました。家が完成した時「家族みんな、これからはここに帰ってくるんだな」と本当にうれしくて。それ以来、家にかかわる仕事がしたいと思うようになり、大学も建築系の学部に進学。コロナ禍で「家で過ごす時間」が改めて重要視される社会の流れの中で、「ハウスメーカーしか採用試験は受けない」と決めて就職活動に臨みました。だから某ハウスメーカーから内定が出たときは本当にうれしかったです。

――就職先ではどんなお仕事をしていたのですか?
営業職をしていました。家を建てたいと思って店舗や住宅展示場に来てくださったお客様を案内したり、ご希望にあった家を建てるために必要なお話を聞いたり……。家はとても大きな買い物です。だからこそ、お客様はたくさんの夢と希望をもっていらっしゃいます。その夢が詰まった家が完成して「本当にありがとう」「あなたにお願いしてよかった」と言われる瞬間は幸せで、やりがいも感じていました。仕事自体は本当に大好きだったんです。

――そんなTさんの思いを踏みにじるようなことを会社はしたということになるわけですが、圧迫面接やセクハラ面接など入社前に違和感のようなものを感じたことはありましたか?
面接などでは、まったくそんな感じはありませんでした。面接官も面接の雰囲気もとてもよかったです。ただ……、内定が出たあと少し気になることが起きました。

――それはどんなことですか?
2021年10月から入社直前の2022年3月まで、毎月WEB上で100問あるテストを受けるように言われたんです。100問中、1問でも間違えたらもう100問テストを受けなくてはなりません。10月というと卒論などもあり、大学生にとっては忙しい時期です。私以外にも忙しくて、どうしてもテストを受けられない内定者がいました。テストを受けられなかった月は人事部から電話で「受けられない理由」を聞かれるのですが、私は上時期に卒論で忙しかった旨を説明したうえで、素朴な疑問をぶつけてみたんです。

――どんな疑問ですか?
「まだ私は御社で働いてないし、給料ももらっていませんが、このテストを受けることは義務なのでしょうか」と聞きました。すると会社からは「入社するために必要なことなので、義務です」と言われました。社会人ってそういうものなのかと思いながら、入社前に文句を言うのはとも思い、寝る間を惜しんでテストを受けるようにしていました。
この100問テストで抱いた小さな違和感がさらに深まったのは、入社後の研修でした。

休日の外出禁止。コロナでも病院に行かせてもらえない


――全国に支社がある規模の企業だと、新入社員全員を一堂に集めて研修したりということはよくありますよね。
はい。まさに私の就職先も千葉県のある都市に日本全国の新入社員が集まって研修が行われました。私も緊張しながら、関西にある実家から千葉に行ったんです。

――その研修で、違和感を抱いたんですね?
はい。研修中の課題のひとつに「毎日、新聞を読んで感想を書く」というものがありました。研修の課題なので、もちろんきちんとやらなければいけないものです。ただもし誰か一人が課題をしなかったら、新入社員全員が休日一切外出禁止という罰則がありました。しかもただの外出禁止ではなくて、全員が勉強部屋に集められ、研修担当者の監視のもと会社についてずっと勉強するというんです。

――労働基準法で休日取得については定められています。会社の監視のもとで勉強を強制されるのであれば、それは休日とはいえないでしょうから、その頻度によっては違法性が高まりますね。ほかにはなにか違和感を抱くことはありましたか?
コロナ禍ということもあって、全国から新入社員が集まるとなかにはコロナに感染する人が出てきます。しかも宿泊は2人同部屋だったので、1人がかかれば感染リスクはとても高くなります。それで感染してしまっても、会社はなにも補償してくれません。自己管理ができていないせいだからって、お給料がその間は出ないんです。コロナ感染で欠勤せざるを得ない場合に、健康保険組合などで利用できる制度について会社が説明してくれることもありません。だから、そういう制度を知らない人はコロナ感染した月のお給料が7万円、9万円なんて人もいました。
それだけではなく、実際に私も4月の頭にコロナに感染したのですが、会社は当初病院に行かせてくれませんでした。「病院に行きたいです」と訴えても「コロナかどうかまだわからないから」と言われてしまって。その一方で「研修は受けないで」ともいうんです。抗原検査キットを渡され、発熱当日、翌日は陰性でしたが、3日目に陽性が出てようやく病院にいかせてくれました。
でも私は関西出身で、千葉は初めて訪れた場所です。どこに病院があるかわかりません。でも会社はなんのフォローもしてくれなかったので、高熱で回らない頭でなんとかスマホで調べ、それ以外の移動手段がないので運転手さんに移してしまうリスクがあるのに……と本当に申し訳なく思いながら、タクシーで病院に行きました。

――まったく土地勘のない場所でコロナになって、不安で仕方なかったでしょう?
病院でコロナという診断が出ると、会社が手配したホテルの部屋に隔離になりました。ホテルの手配はしてくれますが食事などのフォローはまったくしてくれません。
私は幸い、研修中に仲のいい同期ができて、コンビニで買ってきてくれたごはんをホテルの部屋のドア前においてもらうことができたけれど、仲のいい同期がまだできていない段階でホテルに隔離されたら、療養期間中飲まず食わずになってしまいます。
研修は5月のゴールデンウィーク前くらいまで続きましたが、まわりでも「なんかこの会社、おかしいよね」という声があがりはじめていました。

――聞いていると、企業体質に疑問を感じるところがとても多いですね。でも入社したばかりだし、どう受け止めたらいいのか分からないですよね。
はい。こういう雰囲気なのは研修中だけかもしれない。配属先は違うかもしれないとも思ったりしていました。その期待はその後、見事に裏切られることになるわけですが。何より「家に携わる仕事がしたい」という念願がようやく叶ったという思いが強かったので、この段階では辞めることになるなんて思ってもいませんでした。(見出し)セクハラ?胸ぐらをつかまれていないだけマシ?

――そして5月、実際に配属先でのお仕事がはじまったんですね。
私は実家からほど近い関西のある営業所に配属が決まりました。4月の研修のときに、配属先では新入社員ひとりにつき先輩がひとり指導係としてついて仕事をしていくと聞いていたので、優しい先輩がついてくれるといいなと思っていました。

――配属先でセクハラ、パワハラがあると認識したのはいつくらいですか?
パワハラは、配属されて2、3日で気が付きました。まわりの人たちが話すのを聞いていると「これは指導のレベルをこえているのでは?」と感じるような言葉のキツさを感じたんです。年次が下の人を「お前」というのが一般化していましたし。仕事上のやりとりをLINEですることも多かったのですが、リアルの会話だけではなくLINE上の言葉もキツかったです。

――具体的に覚えているものはありますか?
(と私が聞くと、Tさんは会社の人たちから退職前に送られてきたというLINEの宿里―㎜ショットを見せてくれました。ここに書くのは憚られるような差別的で、人を傷つけることを目的に発せられた言葉の数々がそこには並んでいました)

――これは、ひどいですね。
上長や支店長クラスの人たちに確認事項などがあって話しかけることって、仕事をしていればありますよね? そういうときは、何ていえばいいんでしょうか、ひざまづくみたいに姿勢を低くして、目線も上長や支店長よりも下にしなくてはいけないというルールがありました。先ほどお見せしたLINEはもう辞める間際のものですが、入社してすぐに、そういった周りの人たちの様子を見て、パワハラがある会社なんだなと思いました。

――先ほど、新入社員には先輩が1人つくとおっしゃっていました。それは仕事をしていく上での不安や困りごとを相談するためのことだと思います。その先輩にそういった配属先の雰囲気について聞いてみたりはしましたか?
それはできませんでした。というのも、社内のパワハラの雰囲気に気づくのと同じタイミングで、私の指導係になった先輩の言葉のキツさも感じるようになっていたからです。たとえば、なくなってしまったコピー機の用紙を先輩が補充していたときに駆け寄って「自分がやります」と言わなかったことがあったんです。確かに気づかなかった私が悪いのかもしれませんが、「なんでこんなこともできないんだ」「親の顔が見てみたい」と怒られました。

――指導係の先輩はどんな人だったんですか?
入社3年目の男性でした。パワハラをする、しないに性別は関係ありませんが。
指導係になってくださったばかりのころは、私に聞こえるか聞こえないかの声でぼそっと嫌味をいうくらいだったのが、言葉も扱いもキツさはどんどんエスカレートしていきました。
まわりの人から、その先輩は「自分よりも立場や年齢が下の人に厳しく、例年、彼が原因で退職する人がいる」と聞きました。なかには「去年入社した人は胸ぐらつかまれていたから、まだつかまれていないだけマシだよ」なんていう人もいたくらいで。たしかに配属されて1、2週間は胸ぐらつかまれることはなかったとはいうものの、3週間くらい経ったころには胸ぐらをつかまれることが日常化していたので、結局全然マシではなかったんですけどね。

――さきほど、コピー用紙を先輩が補充していたら新人がやるべきといったことで怒られたとおっしゃっていましたが、その指導係の方はどんなことで怒るのですか?その怒りの原因を理不尽だと感じることはありましたか?
正直、私自身は「そんなことで怒るのかな」と感じることばかりでした。内線の電話が鳴ったときに、別の対応をしていて電話をとれなかったら「お前ができる仕事は電話に出ることしかないのに、何のために仕事に来てるんだ」と言われる。私が電話対応中に指導係の先輩が出社したので、声に出して「おはようございます」と挨拶ができず会釈をしたら、「社内の人に挨拶もできないで、お客さんに挨拶ができるわけがないだろう」と怒られたこともあります。お客様との電話を遮って先輩に挨拶したほうがいいということだったのでしょうか。私は女性なので女子トイレを使いますが、男子トイレの電気が切れていたと怒られたこともあります。
一度怒ると、そのあとずっと機嫌が悪くてちょっとしたことでも叱責されてしまうんです。

――そんなに日常的に怒られていたら、まわりの人も当然、気づきますよね?その状況を改善しようとしてくれる人もいなかったんですね。
そうですね。女性の先輩たちのなかには私と同じようなことをされた方もいたので、指導係の方がいないところで「話を聞こうか?」「大丈夫?」と言ってくれる人もいました。「私からもうちょっと優しく指導ができないか言ってみようか」と指導係の先輩に口添えしてくれようとした人もいましたが、そうすると余計に私への当たりがきつくなるんですよね。だから、話を聞いてくれる人がいても解決することはなかったんです。

女は体を売れば、家も売れるぞと言われて


――パワハラだけではなく、セクハラもあったとのことでしたが、セクハラもその指導係の先輩から受けたのですか?
セクハラは、先輩だけではありません。配属先のその他の男性たちからも受けました。

――パワハラに続いて、思い出すのも、口に出すのもつらいと思いますが、無理のない範囲でどんなセクハラを受けたのか教えてください。
はい。私の配属先では、新入社員は飲み会で何か一発芸をするという習慣があるようなんです。なので新入社員の私も、飲み会があるたびに一発芸を求められました。ただイヤだなと感じたのが、その一発芸をするときに女性はスーツの上着を脱ぐように暗に強要されるんです。

――なぜ、スーツの上着を脱ぐ必要が?
やっぱり、そう思いますよね。実は普段から、例えば雨が降った日などに濡れたスーツの上着を乾かすために脱いで、シャツ1枚になると「今日はブラが透けてるね」みたいなことを冗談なのか冗談じゃないのかわからない感じで言われることがあったんです……。だからスーツの上着を脱ぐことに私はとても抵抗感を抱いていたんです。でも、それが飲み会での暗黙のルールみたいに言われてしまって。

――私としては「ブラ透けてるね」という言葉自体がそもそもセクハラだと思います。
そのほかにも「お前は体売って家を売っているんだろう」とか「女は体を売れば、家も売れるぞ」なんてことは日常的に言わていました。出社途中でストッキングが伝線してしまったときには「伝線したストッキングって、なんかいいよな」と言われたことも。伝線させてしまった私もいけないんですけど……。

――ストッキングはちょっとしたことで伝線しますし、それはTさんが悪いわけでもなんでもありませんよ。そんな発言をする人が悪いのであって、Tさんに非はないでしょう。
ありがとうございます。そういう経験があったから、飲み会でスーツを脱ぐのは嫌で、でも私は新入社員だし断れないっていう気持ちもありました。だから最初「え、脱ぐんですか?」とちょっと抵抗してみることしかできなかった。そうしたら「脱がなくていいから、男性の先輩の膝の上に座れ」とか「膝の上に向かい合うようにして座れ」とか言われてしまって。

――なんだかもう、言葉もありません。
私はもちろんそんなことをするのは嫌でした。でも新入社員だし、指導係の先輩からのパワハラがひどくなるのも怖くてはっきり断れず、「座るんですか?」と嫌そうなニュアンスを出しながら質問することしかできませんでした。すると指導係の先輩やほかの先輩たちに「座れよ」「はやく行っちゃえよ」みたいに煽られて。
 

男性社員の膝の上に座らされ、顔や髪を触られる


――その飲み会にはほかに女性もいたんですよね?
はい、います。でも見て見ぬふりという様子でした。

――声をあげられない企業風土なのか、それが当たり前になっていて違和感を抱かないのか分かりませんが、性別に関係なく不快な思いをしている人が目の前にいるのになにもしないのはどうなのだろうと私個人としては感じてしまいます。上長なども何も言わないんですか?
そこがずるいというか、上長や支店長がいる前ではそういうことはしないんです。えらい人たちの席からは離れていて、見えないところでされるので、上長や支店長は気づいていなかったと思います。

――でも、上長や支店長も役職がつく前の時期があったわけですよね?ここ数年で急にそういったセクハラが起きるようになったとは考えにくいと思うんです。あくまでも個人的な考えですが。
そうですね、昔からセクハラがあったのかもしれません。
飲み会でのセクハラはどんどんエスカレートして、男性の先輩の膝の上に座らされたと思ったら、しばらくして肩を押されて押し倒されて、なんでいうんでしょう、3人くらい並んだ男性の先輩の膝の上に横にならされるというか、寝そべるようにされるというか……その状態で顔や髪の毛を触られたり。

――それは性加害だと思います。
月に1~2度、多いときはもっと飲み会があって、そのたびに今言ったようなことが起きていました。パワハラとセクハラが本当につらくて、本社の人事に相談したんです。私がどこか別の営業所に異動をするか、せめて指導係を変えてもらうことができないかと訴え出ました。でも人事部の人からは「人事部には決定権がないので、できません」と言われてしまったんです。

――異動や人員配置を考えるのは一般的に人事の仕事の範疇だと思うのですが。
「なにか困ったことがあったら、人事部は話は聞いてあげるけど、直接的に助けることはできないと思う」と強調して言われたことを覚えています。飲み会でされたセクハラについて話しても「酒の席での同僚同士のふざけ合い、悪ふざけの範囲内なので、ハラスメントじゃない」と人事はいうんです。
あれがふざけ合い、悪ふざけだと言うのなら、私には耐えられません。家を買うってとても夢があることなのに、その夢を叶えるための仕事をしている人たちがこんなことをしているという現実もつらくて、7月くらいから心療内科にも通うようになりました。だって、人事に訴えてもダメなのかと思ったら、もうどうしたらいいのか分からないじゃないですか。

――日常的なパワハラ、セクハラに加え、会社も全く力になってくれない。精神疾患も発症して、退職は考えたりしたことは?
実は7月に一度本社に「辞めたい」と伝えているんです。ハラスメントがあったとは会社として認めないとすごく言われて。会社は悪くない以上、辞めるのであれば自己都合だと。でも、それはなんか違うよなと思っていたんですよね。そして何より、仕事自体はとても好きでしたから。
就職活動をしていた大学4年生のときに、私は父を亡くしています。亡くなる前、父にその会社の就職試験を受けていると話したら「頑張ってね」って言ってもらったんですよね。亡くなった父との思い出もあって、ここで辞めたくない、逃げたくないと思っていた部分もあったように思います。すぐに退職するという決断ができませんでした。

 社内通報窓口にも見捨てられ、頼るところもない


――パワハラもセクハラもなくならない。会社を頼ることもできない。そんな状態で働き続けるのはとてもつらかったでしょう。
7月に通い始めた心療内科も最初は抑うつ状態だと言われて、抗うつ剤と睡眠薬を飲んでいたのですが、だんだんと薬の種類も増えていきました。私が本社の人事にパワハラ、セクハラを理由に辞意を伝えたことによって、指導係の先輩からの扱いもますますひどくなっていきましたしね。
でも、家を建てるって一生に一度のの買い物でしょう?そんな大きなライフイベントで、担当がすぐに変わってしまってはいい思い出にならないと思うんです。だからお客さんのライフイベントを素敵なものにするために私はやめられないと思っていて。その思いだけに支えられて仕事をしていた状態でした。

――とはいっても、それだけつらい状態が続けば、気持ちももたないですよね。
そうなんです。たしか、9月くらいだったと思います。セクハラやパワハラの被害にあった人のためのに会社が設置した通報窓口があるのを知ったんです。窓口は社外の弁護士事務所だったので、社内ではなにもしてくれないけれど、外部の人が関わってくれれば解決の糸口が見つかるかもしれないと微かな期待をもって、連絡してみることにしました。外部の弁護士事務所が窓口なので、通報があれば会社に連絡が行って、会社も対応せざるを得なくなります。そのtきは人事部ではなく、社内監査室が対応してくれることになりました。対応部署が変わったからでしょうか、初めて聞き取り調査をしてくれました。飲み会中の音声を録音していたので、それを聞いてもらったり。でも結局、聞き取り調査をしてくれただけで、それ以上の対応を会社がしてくれることはありませんでした。
これで終わり?と思ったので、もう一度通報窓口に連絡をしてみたんです。自分が受けたハラスメントの内容も伝えて、でも、その弁護士事務所は「法律的な相談をうけたことを会社に通達することはできるけれど、それに関する法律的な観点でのコメントをすることはしていない」と言うばかり。それ以上の対応はしてくれませんでした。「あなたが社内でどういう扱いを受けてるのかは把握しているけれど、もうこれ以上できないので、外部に相談してください」って。社外の目が入って公正な判断をしてくれると思っていた通報窓口も機能していない状態で、もう無理だなと心の糸が切れてしまいました。それ以上、心療内科でもらう薬が増えるのも、体力的にしんどいなとも思ったので。

――精神疾患はやはり悪化していったんですね。
そうですね。通院をはじめた7月のころは、処方された抗うつ剤もそんなに強いものではなく、薬名のあとに書かれている●㎎の●も数字が小さかったですし、睡眠薬も眠れないときだけ飲んでいました。病院に行くのも月に1度。それが、月に2回、週に1度と通院の頻度も増え、抗うつ剤もだんだん強いものに変わっていきました。薬の㎎数も増えていくばかり。「悪化している」とも「よくなっていない」とも先生は言わないけれど、薬が変わるたびに、よくなっていないんだなと感じていました。
飲んでいた薬は食欲の増減が激しくなる副作用がありまして、太ってしまったんですよね、私。今でも太った自分を受け入れられないでいます。この会社に入社しなかったら、薬を飲むこともなかった。薬を飲むことがなかったら、太りもしなかった。そうやっていろいろなことを考えていくと、すべて「会社に入ったことが悪かった」という結論にしかならなくて。何をしていても「この会社じゃなかったらよかった」と考えてしまうようになっていました。
 

退職を決意するも「辞められると思うな」


――そして、とうとう辞めることになったわけですね。
10月には辞める決心をしていました。でも、それで終わらなかったんですよ。

――どういうことですか?
辞める決心をして、事務所の机の引き出しに入れておいた退職届を指導係の先輩に見つかってしまったんです。
私の様子から何かを察知したのでしょうか、指導係の先輩が毎日私の机をチェックしていたみたいなんです。その頃は会社が本当に嫌になっていたので、お客さんのところに出かけたりして、なるべく社内にいないようにしていました。そうしたら見つかってしまって。会社に戻ったら、先輩にものすごく怒られて「辞められると思うな」「辞めて転職したら、転職先も突き止めて連絡してやるからな」と言われてしまいました。

――先ほど見せてくださったLINEのやりとりはそのころのものですね?
はい、そうです。すごいですよね。一応、今でもなにかあったときの証拠としてスクショを保存してありますが、見ると心が折れます。
(個人特定を防ぐため、またあまりに酷い内容のためそのLINEの文言をここに記述することは差し控えますが、人格否定、罵倒、脅迫、セクシャルなことから容姿に関することまで、仕事用のLINEアカウントで指導係の先輩が新入社員に送る言葉とは思えない、友人関係、家族、どんな人間関係においても言うことは許されない言葉の数々が並んでいます)。

――指導係の人のパワハラ、セクハラで辞められなくなってしまったと?
たしかに、とても嫌な思いをしました。仕事に行くのが苦痛で苦痛で仕方ありませんでしたし。でもそこで「辞めること」を諦めてしまったら、その苦しみは永遠と続くことになるわけです。それは本当に耐えられません。
だから会社(配属先)には休むという連絡をして行かず、本社の人事部あてに追跡可能な方法で退職届を送ることにしました。追跡可能にしたのは、本社に退職届が届いたときに二度と会社に出社しなくて済むよう、オフィスにある荷物をすべて持ち帰る段取りをするためでした。だって本社の人事部に退職届が到着したら、配属先に絶対に連絡が行きくでしょう? そうしたら、先輩に何をされるか、言われるかと考えたら怖くて。とはいえ、机の上からすべてのモノがなくなるのは怪しいですから、捨てられても仕方ないものだけを残すようにしました。
それが10月末のこと。退職届は11月1日付にしました。

――それで辞めることができたんですか?
結局、引継ぎをしなくてはいけないので週に2度くらい出社する必要があり、退職できたのは11月末でした。

――引継ぎで会社に行くのはつらくなかったですか?
指導係の先輩はじめ飲み会に参加していた営業部の人ではなく、管理部門の方に引き継ぎをすることにしてもらったので、直接、先輩とやり取りをしないで済みました。心療内科にも診断書を書いてもらい、私も「もし直接やり取りをしなくてはいけないのなら、引継ぎはしない」と言いました。お客様のことを考えると引継ぎをしないなんて耐えられないとも思いましたが、自分を守ることで精一杯でした。
退職届を送った時点でLINEアカウントも変え、先輩たちからのLINEは届かないようにしました。

被害者がリスクを負って逃げざるを得ない社会


――Tさんのような状況に追い込まれて、自ら行動し、退職をするのはとても大変なことだったと思います。ただ、意地の悪い人は、Tさんが実家住まいで辞めてもすぐに生活に困ることがないから退職できたんだというかもしれません。もしかしたら、現在パワハラやセクハラで苦しんでいるけれど、家賃や食事のことを考えると辞めたくても辞められないという人もいるかもしれません。悪いのはパワハラやセクハラをする人で、それを放置している企業なのだけれど、被害にあった人が逃げざるを得ないというのが今の社会ですものね。
たしかに、私はある意味で恵まれているのかもしれません。でも、私は家賃や食べるものの心配があっても、自分が壊れてしまいそうなパワハラやセクハラにあっている人は逃げてほしいと思います。そうでないと、生活をするために仕事をしたいと思っても、転職することができないくらい自分が壊れてしまうから。私は入社してたった7か月しかいなかったのに、今でも病院に通わなくてはいけない状況が続いています。なんとか仕事に就くこともできましたが、今でも「またパワハラにあったら」「この先輩に嫌われたら」といった不安をずっと抱えたままです。たった7か月でもそうなんです。だから、つらい時期が長くなれば長くなるほど、戻れなくなってしまうと思います。未来の生活を守るためにこそ、逃げてほしいです。私は新卒で入社1年未満だったので健康保険組合の傷病手当が使えないって会社から言われましたが、そういう使える制度はなんでも使って逃げてほしいです。
もう少しすると新たに社会人になる人が出てきますよね。そういう方も何かちょっと苦しいなと思ったら「守るために逃げる」という選択肢を持っていてほしいなと、実際に経験した私自身は感じます。

――「逃げること=いけないこと、弱いこと」というようなイメージがありますからね。つらくても逃げたらいけないと思いがちですよね。
私自身もそうだから思うんですけれど、パワハラやセクハラを受けてつらい思いをすると、もちろんパワハラ・セクハラだけに限らないとも思いますが、自分に原因があるのではないかと自らを責めてしまうことがあるなと感じているんです。
たとえば先ほどお話しした「伝線したストッキングっていいよな」と言われたときに私は、ストッキングを伝線させてしまった自分が悪いって思ってしまっていました。今でも、「私がもっとコミュニケーションをきちんととれていたら」「指導係の先輩を怖いと思わず、ちゃんと話ができていたら」「もっとできることがあったのではないか」なんてことを考えてしまいます。私は最初、ボトムスがスカートのスーツを着ていて、途中からパンツスーツに変えたんですね。それも「最初からパンツスーツにしておけばセクハラをうけなかったのかもしれない」とも思ってしまいます。「もっと早く辞めていたら、こんなことになっていなかったんじゃないか」と辞めることを決めた自分を責めてしまいそうなときもあるほどです。
自分を責めないことができていたらよかったなとすごく感じます。

――いまは、転職なさったんですよね?ハウスメーカーですか?
いえ。転職活動をはじめたころは「やっぱり……」と思って、ハウスメーカーを受けていたんです。でもハウスメーカーが全部、あの会社(新卒で入った会社)と同じような企業風土だったらどうしようとか、いろいろ考えてしまって。ハウスメーカーに内定をもらっても、その後連絡できなくなってしまいました。ハウスメーカーだからという理由で、全部が同じ風土ではないということは頭ではわかっていても、ダメでした。
今の仕事は一応不動産関係ではありますが、お客様の夢を叶えるお手伝いをするのとはまったく方向が違います。

――もうハウスメーカーでは働けない?
そうですね。当面は今の会社で働きながら、薬を減らしたり、あの会社にいたことで芽生えてしまった不安を解消したりして、「会社って、働くってこういうこと」という認識をもう1回ちゃんと作り直さないとうけないなと思っています。そこまでできたら、「またハウスメーカーで」と考えられるかもしれませんが、まだ全然そこまでたどりつけていません。今すぐには無理だなと感じています。

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Tさんの話を聞いて、自分の思うところを最後にまとめるつもりでいました。でも今回のTさんの経験については、私がわかった風に何かを語るべきではないと思いなおしました。なので、あえて何も書きません。
いま日本は少子高齢化で人材不足に企業が困っていると言われています。それなのに、企業が、そしてそこで働く人が人材、その企業で働くことを夢見ていた新入社員を潰している現実もあります。今回の記事に書くことが憚られた言葉の数々、セクハラは性加害であるという認識の希薄さ、無責任で従業員を見放す会社……。このような状態で、いったい日本は何を成し遂げようとしているのでしょうか。
1人1人の幸せが企業の、国の豊かさ・幸せにつながっていく。そんな当たり前のことを忘れてしまっていないでしょうか。

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