小説『人間きょうふ症』29

 先生は持っていた切り味の良いといわゆるハサミを手放し、私の腕を引っ張りながら大声を出し、群衆から逃げた。校門前にあったスクールバッグと先生のバッグを持ち出し、学校外へと疾走していった。状況を飲み込めずにいた私は、先生の速度に追いつくようにだけ走っていき、引き摺らないように試みた。
 先生は学校の一駅先へまで速度を落とさずに走った。そして、突然立ち止まり、呼吸を整えながら、
 「ごめんね。」
 の一言を放す。息がまだ荒れていながらも、ポケットの小銭入れを出し、近くの自販機にお金を入れて水を買った。
 「佐藤さん。これ飲んで呼吸を整えて。これからの道はまだ長くなりそうだから。」
 私は水を受け取り、飲み始めた。ボトルをくちから離した後、私は先生に尋ねる。
 「先生、私って迷惑ですか…?」
 「迷惑だったら、ここまで連れてっていたと思う?」
 いつもの落ち着いた声で返答する。
 「にしても、よかった。何かがおかしいと思っていたから、それに気づいてよかった。」
 「でも、先生…。仕事は大丈夫なんですか?」
 「まあまあまあ。なんとかなる。実は学校以外でも色々活動してるし。それはそうと、今からどこ行くかだね。一旦、こっちへ行こうか。」
 先生は私の腕を引っ張っていった。たどり着いたのは、全世界で安くて着心地が良いとされているブランド店だった。
 「好きなもの選んで。」
 「え?」
 「いいから。制服だと居場所がバレちゃうでしょ?」
 「は、はい…」
 先生は何がしたいのだか…。そう感じながらも先生の言われた通りに探した。

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夕渚
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