小説『人間きょうふ症』30

 「それ、似合いそうね。」
 いかにも値段がお高めの大人っぽいアイボリー色のフレアワンピースをじっと見つめていた私に言った。
 「…そんなことないですって!私には勿体無いくらいです。」
 「大丈夫。私の感性がそう言っているのだから。一旦、試着してみよっか。」
 そう言いながら、ワンピースを取り、私の手を握って試着室へ行く。私は先生に渡されたのを更衣した。
 「似合うね。かわいいわ。んじゃ、買いましょう。」
 「え、でもこれ…」
 「ん?どうしたの?」
 「高いじゃないですか。私にそんなお金ないですよ」
 「誰が佐藤さんが買うと言いましたか?」
 「…そっちの方が申し訳ないのですが…」
 それでも先生は諦めずに私を説得するのであった。
 最終的に私は折れてしまい、買ってもらうこととなって、その場で着替えることになった。大人っぽい服を着たのは初めてだった。今まで運動服ばかりだった私にとって、ある意味新鮮な気分を味わうことはできた。
 「んじゃこれから、この狭き世界の何もかも捨てましょう。もしかしたら、危険な目に遭うかもしれない。私は捕まってもなんでもいい。でも、佐藤さんがどうしたいのか、ね。あの高校にはもう戻れない。授業を受けさせようとした私が悪かった。副校長の私が言うのは本当におかしいことだし、そもそも一般常識的にもおかしいことだけど、どこか逃げましょう。たまには人生から逃げることは大事です。あなたがそれを教えてくれました。学校に行かずに、音楽を聴きながらのティータイムだっけ。それで時間を過ごしていた。あなたの本来の幸せから引き離した無責任な行動から、あなた自身の意見を尊重してあげたい。佐藤さんは私が読唇術を身に付けていると言っているけれども、実際にはないですよ。全て本からの情報を積み重ねただけです。«哲学を学ぶ≫というのはつまり、こういうことなのです。結局、全ては昔の人の思考に縋り付いているだけです。まあ、なので、あなたがどうしたいのかによってあなたをそこまで導きます。それが副校長としての最後の使命になると思います。」
 「私は…」

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