日本の香り文化
その香りの愉しみ方は時代ごとに変化してきた。香ることが発見されたときと同じく「焼」で香りを楽しむに始まり、754年の鑑真和上来日後には練りで、間接的に熱を加える方法が加わった。
平安時代には「空薫」として、室内の方向の演出に使われるようになった。さらには衣装に香りをたき込めて、姿がなくとも香りで誰かを示す役目も果たすようになった。炊き込めた香りを「移り香」、風や動作によって香りが立つことを「追風」(おいかぜ)という。「追風用意」は衣装に香りをたき込めることを指した。
平安時代、香りをブレンドする遊び
上記の薫物は、連想される香りのイメージによって6種に分類され、「六種の薫物」と言われた。梅、蓮といった具体的なイメージや、「葉が散るころの哀れさを思わせる香り(落葉)」「深く懐かしい、落ち着いた香り(黒方)」のようにアンニュイな分類も半数を占めた。この分類は貴族の間での”教養”だった。そこから各人がアレンジを加えて楽しむようになったのだ。そしてお互いの創作した香りを披露い、香りの優劣を決める「薫物合」(たきものあわせ)という遊びになる。これは、香りの背景を踏まえて競い合うものだった。現代の消費社会でも見習いたいものがある。
室内の香り演出
空薫のほかに、柱などに香り袋をつるす、「掛香」の原型も生まれた。もちろん香りがするものだが、主に厄除けの意味で暦によって使用していた。
再び、煙の愉しみに還る鎌倉時代
鎌倉時代にかけて、公家から武家へと文化の中心が移る。海外との交易も栄え、香木も手に入りやすくなると、沈香がいぜんより多く流通するようになり、香木を燃やして香りを楽しむ風潮が戻ってきた。こうして、沈香を中心として「香道」がスタートした。香道についての記載はこちら。
江戸時代、香りの大衆化
経済の発達とともに、商人など一般の人々が以下のようなものを楽しむようになった。
・香枕…木製の枕に香炉をいれた
・袖香炉…着物の袖に入れて香を焚き染めるためのもので内部に仕込まれた受け皿は、香炉を転がしても水平に保たれる
・匂い袋…布製の袋に香料をブレンドしていれたもの
・線香…このころから作られ始めた
そしてこのころ、公家や武士、そして有力町人の間で香道が楽しまれるようになり、組香のバリエーションも増えていった。
明治、大正と時代が変わってもその文化は引き継がれ、現在に至る。
天然香原料〈植物性〉
・安息香(あんそくこう)樹脂。タイ、インドネシア産
甘い香りで、呼吸器系に効果がある
・桂皮(けいひ)樹皮。スリランカ、中国、ベトナム
スリランカ産は「シナモン」、中国、ベトナム産は「カシア」
香りはシナモンにおなじみ。生薬として健胃剤、風邪薬、防腐剤など。
・薫陸(くんろく)樹脂。インド、イラン、インドネシア他
樹脂が土に埋没して生じた半化石樹脂。正倉院にも保存されていてかつては五香の一つとされた。清涼感のある香り。
・丁子(ちょうじ)インドネシアモルッカ諸島、東アフリカ(ザンジバル他)
花蕾。クローブ。スパイシーさに甘味が混在する香り。防腐剤、健胃、歯痛に。
・乳香(にゅうこう)アラブ地方、エチオピア、インド
白い樹脂。フランキンセンス。甘さ、さわやかさ、オリエンタル調、野性味のある香り。
・龍脳(りゅうのう)インドネシア周辺
樹脂。清涼感、薫香げんりょうとして欠かせない存在で、香をたいたときに初めに感じるのは龍脳の香り。樟脳の香りに近いが、それよりもまろやか。
・藿香(かっこう)インドネシア、インドシナ半島
シソ科の多年生草本の葉を乾燥させたもの。パチョリ。湿った土のような香り。
・大茴香(だいういきょう)中国南部、インドシナ半島北部
マツブサ科の常緑樹の実。スターアニス。樟脳に似ている、甘味もある。
・山奈(さんな)中国南部
ショウガ科多年草の根茎。辛みがあり、樟脳に似た香り。
・甘松(かんしょう)中国、インド
スイカズラ科草の根茎。ウッディでカビのような香りだが、甘味もあり、香りに加えることで厚みが増すため用いられる。
・鬱金(うこん)インド、南アジア
ウコンの根茎。
・没薬(もつやく)アラブ地方、アフリカ
赤い樹脂。ミルラ。香りは清涼感、ムスク、柔和な甘さ、スモーキー。
天然香原料〈動物性〉
・麝香(じゃこう)中国、ネパール
ジャコウジカの雄の分泌物。ムスク。強烈な動物臭。保香剤。
・龍涎香(りゅうぜんこう)南洋
マッコウクジラの胃の中にできた結石(イカの骨が結晶化してできる)。保香剤。
・貝甲香(かいこうこう)南洋
アフリカ産の巻貝の蓋。保香剤。
以上だ。