風景と匂いと記憶について
嗅覚と視覚、感覚の中でも特に奥深い領域に住む二者。人間の五感による知覚(情報判断)の割合は視覚83.0%、聴覚11.0%、嗅覚3.5%、触覚1.5%、味覚1.0%『産業教育機器システム便覧』(教育機器編集委員会編 日科技連出版社 1972)だ。
しかし、彼らの記憶の力を比較するなら、嗅覚が一歩先を行くと言われている。これに関わるのが「プルースト効果」―香りが私たちの記憶を豊かに呼び覚ます、魔法のような現象だ。
プルースト効果によって、香りが過去の瞬間を心に生き生きと蘇らせる。嗅覚はそのにおい物質が鼻に吸い込まれ、刺激として脳の奥深くに位置するセンサーに直結し知覚される。だから感情や経験と密接な関係で、思考を経由しない点から無意識の領域なのだ。特定の香りが過去の出来事や場所と結びついていれば、その香りが再び鼻腔に押し寄せると、それに関連する記憶が鮮やかによみがえる。
1990年代の実験によると、特定の香りと絵画を被験者が知覚し、その直後に、絵画を覚えていた人は100%、香りを覚えていた人は70%だった。ところが120日後、その絵画を覚えいた人はおらず、香りを覚えていた人は同じ70%だったのだ。この実験を続ければ、きっと200日後やその先も残るだろう。
ほかには、芝生に残したチョコレートの香りをたどって人間がチョコレー
トに行き着く実験で、無事人間は目隠しをして裸足の状態でチョコレートのありかにたどり着けたという実験も。象や犬には劣るが、人間の嗅覚はテクノロジーに勝るものがある。
目に映る光景が記憶に刻まれることは多いが、プルースト効果のような強烈さや感情的な深みにおいては、嗅覚が優位に立つと言えるだろう。香りは私たちにとって、過去の瞬間を新たなる魔法の一ページとして再び開かせるのである。
香りの持つ記憶の力、その深遠なる謎に迫る中で、私たちはプルースト効果がもたらす奇跡のような瞬間に心躍らされる。香りを日々の生活にとりいえることは、周囲の人々、そして自分自身の心に非凡な日常を贈ることになるだろう。