第19話 それでも折れやすい心
逆説的自信という考えは、素晴らしいアイデアでした。
でも、そのアイデアを思い付けば、すぐに実行できるというものではありませんでした。
ピアノを買えば美しい音楽を奏でられるわけではなく、ピアノを弾きこなせるように練習が必要ということに似ています。今まで自信を喪失していた自分が、新しく手にした「逆説的自信」というものを使いこなすには、練習が必要だったのです。
外に出る機会を増やそうと思い、新しくアルバイトを始めることを考えました。
大学にある学生相談所に行けば、いろいろなアルバイトの張り紙が張っています。
それまでも単発のアルバイトとして、皿洗いとか引っ越しの手伝いをしたことはありましたが、週に数日入る形で継続的なアルバイトをしたことはありませんでした。
そこで、いくつかある募集の中で、カラオケ屋のアルバイトに応募することにしました。深夜勤務で時給が高いことが、一番の魅力でした。
簡単に履歴書を書きます。そして、電話をして、店長と会う日時を決めました。
店長は愛想の良さそうな人でしたが、私の顔を見るなり顔がくぐもったような気がしました。
面接の場でもありますし、自分をアピールしなければなりません。笑顔を作って、明るい感じでコミュニケーションを取ることを心掛けました。志望動機とか、週何日入れそうだとか、一通りのことを聞かれて面接は短時間で終了しました。
他にも候補者がいるので、面談の結果は後日伝えるとのことでした。翌日までに電話がなければ、他に候補が見つかったと理解してほしいと言われました。
当日の晩くらいに連絡が来るのかと思いましたが、連絡は来ませんでした。
翌日の昼くらいになって、ようやく店長の言葉の意味が分かりました。
そうか。私はその場で面接を落とされたのか。面と向かって不採用とは言いにくいから、後日伝えるという形を取ったんだな。たぶん、これはアルバイトの面接における常識的な儀礼なんだな。
そう理解したものの、その日の晩に連絡が来る可能性はゼロではありません。自分の考えが悲観的すぎるだけで、実際は今も他の候補者と面接して採用者を検討しているのかもしれない。そんな風に、一縷の望みを持ちながら電話を待ちました。
その日の深夜になっても、やはり電話が鳴ることはありませんでした。
今から考えると、選ぶ仕事を間違っていたのだと思います。
カラオケ屋は、基本的に接客が中心です。来店したお客さんの受付をして、部屋に案内して、オーダーされたドリンクを持っていくような仕事です。
初めて来店されたお客さんにとって、受付の人がひどい脱毛症を患っていれば、表情に出さないとしても内心では驚くでしょう。場合によっては、次から別のカラオケ屋を選ぶということもあるかもしれません。
だから、カラオケ屋の店長としては、見た目が無難な人を選ぶに決まっているのです。
そういうことにも思い至らず、無邪気に接客中心のアルバイトを選んだ自分が浅はかでした。不特定多数の初対面の人に数多く接する仕事よりも、特定少数の人と継続的に一緒に働くような環境を選ぶべきだったと思います。
でも、当時はやはりへこんでしまいました。
カラオケ屋のアルバイトなんて、暇な大学生だったら誰にでも務まるような仕事だと思うのに、自分はその仕事すら不合格になってしまった。
自分のような見た目の人は、社会で働くことを求められていない。これから、仕事を見つけるにはとても苦労するに違いない。
たった1件の面接を受けただけなのですが、私の心は大きく打ちのめされてしまいました。他の面接を受ける気にもならず、新しいアルバイトをするということ自体をあきらめました。
こんな風に、当時の自分はガラスのハートでした。
何か不本意なことがあると、すぐにハートが砕け散ってしまうのです。
逆説的自信を手にするというアイデアを手にして、脱毛症にもかかわらず明るく振る舞う自分を演じるのですが、うまく行かないことが1つあるとすぐに凹んでしまいました。
昼間に明るく振るまい、あまり良い結果を出せずに終わる。
晩は、自分が不幸のドン底にいると嘆いてへこむ。
翌朝になって、このままじゃダメだと考え直して、また無理やり笑顔を作って外へ行く。
こういうことの繰り返しでした。毎日が苦痛でした。
社会の中で生活していると、駅でも道路でもお店でも、多くの初対面の人とすれ違います。場合によっては、ちょっとした会話をします。
大人は自分の感情を表には出しません。表面的には何食わぬ顔で私と接します。でも、その心の内側で、私の見た目が変であることに驚き、私のことを同情しつつも憐み、自分とはちょっと違う種類の人という形で区別しているのです。
そういう風に思われていることをまざまざと感じながら、それでも負けてなるものかと立ち向かいます。逆説的自信を持ち、自分を強く明るく保つんだという言葉を念じ続けていました。
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