第28話 かさぶたを作り続ける
社会人になってからも、私の悩みが消えることはありませんでした。
でも、極力明るく振る舞うようにし、同期入社の友人たちとも楽しく過ごすことができたと思います。
仕事については、かなりダメダメでした。
もともと電話恐怖症で、知らない人からの電話を取ると咄嗟に言葉が出ず、どもってしまいます。それが嫌で、新入社員なのに会社にかかってきた電話を取ることをせず、先輩社員に怒られました。
営業の研修があったのですが、もらったリストをもとにいろいろ訪問しても厄介払いされるだけで、気分が凹みました。営業成績もひどいものでした。
懇親会の幹事を任されても勝手が分からず、何もかも先輩に聞いてばかりで、もっと自分で考えろと怒られました。
まあ、そういう普通の社会人生活を送っていました。
体育会の部活に入っていた頃と同じで、毎日がとても忙しく拘束時間も長いので、あまり悩んでいる時間自体がありませんでした。
外見に対する悩みは、心の奥底にずっと溜まり続けていました。
例えるならば、コップの中の透明な水に、茶色く染めた食塩水が沈んでいるような状態。
比重の大きい食塩水は底に溜まったままなので、上部は澄み切っています。日常的には、澄み切った心のまま、なにも悩みを抱えていないかのように振る舞うことができました。
たまに、そのコップが大きく揺さぶられます。合コンに行ってみたけどやはり良い出会いがなかったとか、そういう嫌な体験をしてしまうと、底に溜まっていた食塩水がグルグルかき混ぜられて、水が茶色に濁ってしまうのです。その日の晩は、自己嫌悪に沈みます。悲しい音楽をかけたり、何もせずにため息をつきながら、静かで眠れない夜を過ごします。
でも、翌朝になれば仕事です。会社につけば、そんな悩みなど感じている暇もありません。こうして忙しく過ごしているうちに、また茶色い食塩水は底に沈んでくれるのです。
こういうことを、何十回、何百回と繰り替えているうちに、茶色い食塩水の濃度が増していきます。濃い食塩水は、コップをかき混ぜてもすぐに沈んでくれます。
多少の嫌なことがあっても、茶色い悩みが浮き出てくることもないですし、浮き出て来てもすぐに回復できます。
こうして、自分の悩みを段々とコントロールできる状態になってきたのです。
違う例えを使うなら、かさぶたを作ってきたとも言えます。
脱毛症が始まった当初、心に大きく生々しい傷ができました。空気にあたるだけでヒリヒリするような激しい痛みを伴います。
半年間の閉じこもり生活を経た中で、やっと最初のかさぶたができました。なんとか傷を覆ってくれたので、傷口が空気に触れずにすみます。外へ出て、見知らぬ人とも話せるようになりました。でも、最初のかさぶたは薄く壊れやすいものでした。通りがかる人の視線を感じるとか、とても些細な出来事があっただけでも破れてしまいます。
破れたかさぶたの奥で、傷口が痛みます。1日、2日、暗い気分のまま過ごします。そのうち、なにか新しいことに熱中しだして、やっと傷の痛みを忘れます。いつの間にか、2回目のかさぶたができるのです。
こうやって、何十回も何百回も、かさぶたを壊しては、また作ってきました。
つくる度に、かさぶたは固く頑丈になりました。
1年が経ち、2年が経ち、立派なかさぶたができました。
でも、傷自体は癒えませんでした。脱毛症という症状自体も改善しなかったですし、脱毛症を気にしてしまうという心の悩みを完全に消し去ることもできなかったのです。
10年が経ち、20年が経ち、それ以上の月日が経ちました。
今でも、心の奥底に、自分の外見に対する劣等感は眠っています。でも、強固に何重にも張り巡らせたかさぶたのおかげで、その悩みが表面に出ることはほとんどありません。
社会人生活を始めてから、平凡ながらも普通の人生を歩むことができました。
自分の得意分野を見つけて、資格取得などの勉強もしました。転職もして、引っ越しもして、ときどき自分が暮らす環境を大きく変えながら、新生活を楽しみました。
友人たちよりは少し遅くはなったけど、結婚することができ、子どもにも恵まれました。妻は、髪の毛がない自分の方がカッコいいと真顔で言ってくれます。いい妻です。
家事、育児、仕事。妻と時々けんかもしながらも、なんとか分担しながら乗り越えてきました。
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