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『連載 椅子のない部屋』vol.5 深夜のアイス
ひょんなことから彼氏でもなんでもない人と一緒に住むことになった。
1週間くらいの期間限定。今日決まったことなのに、何故こうなったかは思い出せない。
深夜に食べるアイスは麻薬。
甘くて、濃厚なバニラを口に含むだけで、柔らかな香りが私をつつみ、幸せな気分をくれる。
その日に起こったことを全て忘れさせ、豊かな今日があったように錯覚させる。そして、明日の自分を少しだけ幸福にしてくれる。
実は昨日の朝からワタナベくんに対して嫌な態度をとっていた。
ふとしたことがきっかけだった。
一緒に暮らすと、小さな不満を起こしやすい。
きっと放っておいてもいいことだけど、私は気にしいなので何となく一緒に居づらい。
とはいっても、プライドが高いから自分から謝れない。
そういう時はアイスに頼ることにしているのだ。
私を優しく包んでくれるアイスがあればいい。
昨日はその麻薬の力も借りて、
アイスを一緒に買いに行くという口実で夜道を一緒に歩く時間を作った。
そして、普通を装って、彼にありがとうとごめんねを伝えた。
「俺って案外、人に優しいのかもしれない」と答えた彼がいた。
ワタナベくんは、ありがとうとごめんねをなんの躊躇いもなく私に伝える。それが多すぎて嫌になるくらい。
彼はきっと嫌われることが怖いのかもしれない。
私はずっと彼は人が嫌いなんだと思ってた。
こだわりの家具に、電化製品。そして服。
勝手な偏見だけど、人を寄せつけない感じがしていた。
一緒に住むとすごく甘えてくるし、思った感情を伝えてくる。
男の人はきっとストレートなんだろう。
と、雨が降り注ぐ東京の町を見ながら、
アイスの甘い余韻に浸りつつ、私は眠った。
かなも。