一筆書き1000 授業中
今学校にいて、授業中で憂鬱で考えがまとまらないから、なんか一筆書き1000を思い出した。やるぞやるぞやるぞ。最近あまり上手くいっていない。タオルを洗濯した後に洗濯しようと思っていた一枚の大きいタオルを見つけた。家事のなかでも清潔に保つことが苦手。不誠実な感じがするから家事はそんなに得意じゃないと言っている。
恋人と別れるべきか考えているが、一人で考えられるものでもないし自分は恋人と別れたいとも思っていないし頭が混乱しているだけだ、死にたい。新しく友達とか作ってみたい。今の交友関係は居心地が良くてかなり気に入っているけど。私ってみんなと親友になれますか。恋人は今の恋人一人が最高なんだけど、友達(ここでは友達という概念)はもっといた方が楽しいんじゃないかと思う。人間関係を一対一が至高だと考えているせいなのかも。既存の友達ともっと仲良くなってみる、友達未満の知り合いと友達になってみるとかしてみようかな。いま私はハイテンションになっているだけで、ここで約束を取り付けると後で後悔することになるかな、やらない○○よりやって大○○ グロ文字列だから自主規制しました。
治ったな…と思ってるけどそうでもないのかも、なぜか入口と個室の扉両方に鍵があるトイレがあって脳に血液がいった気がした。女子トイレの手洗い場におやつカルパスを置いた予備校生が一生捕まりませんように。
高校生の頃の記憶が曖昧になってきてて、これは経年劣化なのかどうなのか分からないが、親とその頃よりいい関係になっている気がする。親の感情の起伏が落ち着いたのか私が変わったのか分からないけど、今それなりに上手くいっていると高校生の私が悩んだりしてたのが全くの無駄だった気がして、あの頃の希死念慮がフラッシュバックして苦しい。感情のリソースが圧迫されていたせいで期間限定の感情を取りこぼした気でいるが、そんなものはなくて、私は未だに他責志向のクソガキのままだな。
遊びの誘いが来て嬉しい。遊んでみたい人だったから。
生まれながらに非力であるということが悲しい。と思うとき、中学生の頃、大柄な男子と小柄な男子がじゃれていて大柄な方の小指を小柄な方が折ってしまったことを思い出す。私の小指が折れるより、大柄な男の小指が折れる方が愉快だ。
時間が空いて、今も授業中なんだけど先生が隣の人と喋ってみましょうとか言ったせいで、色んな声が聞こえて気分が完全に悪くなった。吐くかジャンプかのどちらかをさせて欲しい。先生は中国の人で少し独特な喋り方だから日本語を話してくれても集中しないと何と言ってるか分からないし、学生の方は過剰に聞き取りやすかったり聞き取りにくかったりする。一人になりたい。人間関係とかについて考えたくないのに、色んな人と仲良くなったり縁を切ったりするイメージがずっと頭に浮かんでくる。今も。
私は度胸がないから縁を切ったりできないのに。
丁寧に据えられたエンディングをみんなが惜しみつつ祝う状況は本当に素敵だけど、私もそうなれないなら関係なくないか?
「なくない」とか行ったり来たりする言葉が入った文章を読むのがとても苦手で、さっきの言葉も正しく使えてるか判断ができない頭の愚鈍さを感じて嫌になる。もし同じような人が読んでいたらごめんなさい。
授業は18時に終わるからそこからどこか行きたい。食べ物のため以外に行きたい場所が見つからない。いま私を喜ばせるものが美味しい物以外に思い当たらない。小説もゲームも頭が変なときにやっても意味ないから。linegameのポコポコは、動物を繋げて消すと動物の顔が付いたミサイルになったり爆弾になるから笑える。ミサイルと爆弾をくっつけるとミサイルがマシュマロみたいに膨れて飛んでいくのが特に。