【退学】僕は大学を辞めようとしていました。
こんにちは、そーたです。
2020年8月。
今から1年前、僕は大学を辞めようとしていました。
そんな僕の失敗談を赤裸々に書いていこうと思います。
結果として
結果として、大学は辞めずに卒業することができました。(拍手!!)
大学を留年し、大学を5年間通い、卒業しました。
大学卒業するとか当たり前でしょ!!と思ったかもしれませんが
僕にとってはとてつもないハードルの高い壁でした。
その理由を含め、大学を辞めようとした経緯について話していきます。
2019年9月 大学4年の秋 留年が決まる
大学4年生の秋に留年が決まりました。
遊んでいたからというよりも、大学外の活動ばかりやっていて大学の単位のことを全く考えていませんでした。
いや、正確に言うと、大学の単位・授業から逃げていました。
その結果、大学を留年しました。
しかし、大学の授業はあんまり頑張らず、大学外の活動ばかりに力を入れていました。
大学4年生の秋学期は、2つの活動に注力を注いでいました。
・大学生のキャリアサポートのコミュニティの運営
・大学生向けの旅の企画のプロジェクトリーダー
就活のイベントも行い、企業・学生ともに満足度の高いイベントを開催することができました。
また、旅の企画においても、韓国の旅を一からプロジェクトメンバーと企画・集客を行い、最高な旅を作ることができました。
この時には、もう就活をしないで彼女と世界一周をすると決めていました。
そのため、就活への焦りはなく、自分のやりたいことをやっていこう。
そう思いながら、大学5年生を迎えました。
2020年4月 自粛期間に入る
大学5年生が始まる直前に、コロナが大流行し、世間が自粛期間に入りました。
大学も4月の上旬から始まる予定でしたが、4月の終わりまで大学がありませんでした。
時間もあったし、コミュニティも作りたい。
そんな思いから
朝6:00に起きて、本を読んでシェアする
という朝活を友達と始め、友達が友達を呼び総勢50人以上のグループができました。
自分のやりたかったことをオンライン越しで作ることができ、
難しいと感じながらも楽しく活動を続けていました。
そんな中、オンライン上で大学も始まりました。
単位を取らなきゃいけないのはわかっていたのに、
オンライン授業はつまらなく、全くワクワクしませんでした。
自分は何をやっているのだろう。
つまらない大学の授業を受けて、周りの友達は社会に出て頑張っているのに、、、
何をしているのだろうか
そんな思いが頭の中にいっぱいになり、大学の授業を受けるのが嫌になっていました。
親には、2020年の半年で大学を卒業する!
と言っていたのに、大学の授業を受けることが嫌になり、大学の授業を受けたくありませんでした。
大学の授業から逃げて、他のことに力を入れようと思っても、頭の中は大学のことばかり。
そんな毎日を送った結果、気が付いたら、病んでました。
2020年8月 大学を辞めることを決める
大学の前期が終わり、親や彼女は大学を前期で卒業できると思っていました。
いつ言おう。どうしよう。
そんなことを頭の片隅にしまいながら、8月を過ごしていました。
そして、大学の単位発表の日がやってきました。
この日は、1人で昼頃に大学に行き、単位を確認しました。
大学の単位の発表のサイトを開くのに手が震えていました。
震えた手を抑えながら大学がまだ卒業できないという事実を受け入れました。
どうしたらいいんだろう。辞めたい。もう嫌だ。
そんな気持ちが頭の中にいっぱいになりました。
1人でいると頭がおかしくなりそうだったので、この時、初めてりおなに連絡しました。
「りおな、大学卒業できない.....どうしたらいいんだろう」
大学の近くで1人暮らしをしていたのですぐにやってきてくれました。
今までの事情をすべて話し、大学を辞めようと思っていることを相談しました。
りおなと夜まで話し、とりあえず、親にちゃんと話した方がいいということで家に帰りました。
最寄り駅に着いたけど、家に帰ることはできず
車を持っている地元の親友に電話し事情を説明し、迎えに来てくれました。
家に帰るのが怖くて、地元の親友と朝までコンビニの前で時間を潰していました。
彼は仕事終わりだったのに、一緒に朝までいてくれました。本当にありがとう。
そして5時頃に自分の家の前まで送ってもらいました。
僕の実家はマンションです。一階の玄関を開くことも怖くてできませんでした。
吐きそうな気分になりながら、どうしようどうしようと思いながら2時間玄関の前で突っ立っていました。
そして、吐きそうな思いで、重い重い玄関の扉を開け、
親が寝ている寝室に行き、土下座をして大学が卒業できないことそして、辞めたいことを話しました。
何を話したのか、あんまり覚えいてません。
ただ父親が、
自分のやりたくないことから逃げる生き方で、お前に家族を守るができるのか。
その言葉に、泣けました。
父としての想い。自分の情けなさに。
1日時間をやるから、本気で大学を辞めたいならその覚悟を見せろ。
そう言われ、僕・お父さん・お母さんの話し合いは終わりました。
その日は、朝からバイトが入っていたので、そのまま、寝ずにバイトに向かいました。
大学を辞めようと思わなかった理由
僕が大学を辞めようと思わなかった理由は、2人の大人の意見をもらったからです。
寝ないでバイトに向かい、バイト中はずっと大学を辞めよう。そう思っていました。
バイトが終わり、自分ひとりだと考えられなかったので、相談をすることにしました。
1人は、インドネシアのバリ島でスパを経営するYさん。
もう1人は、大学を辞めて自分のお店を持っていた先輩Yさん。
①バリ島の経営者Yさん
大学2年生の夏休み、バリ島のボランティアに参加し、その時に出会った方でした。
バリ島を友達と旅した時もお会いし、実際に会ったことがあるのは2回でした。
僕が病んでいた時も、気にかけてくれてバリ島から何度かzoomで連絡を取り合っていました。
大学を辞めようという経緯を話しました。しっかりと僕の話を聞いたうえで、真剣に止めてくれました。
「そーちゃんは、まだスタートラインにも立ててない。」
僕はこの方の人生や生き様が大好きだったのでこの一言に心が揺らぎました。
大学を卒業してから、自分のやりたいことをやりなさい。
海外でも大卒の資格は重視されているからこそ、スタートラインにも立っていないよ。
そう言ってくれました。
スタートラインにも立ててないのか....
本気で辞めようとしていた気持ちが少し減って行きました。
電話を終え、次に先輩に電話をしました。
②大学を辞めて自分のお店を持っていた先輩Yさん
大学2年生の夏休みのバリ島のボランティアツアーに一緒に参加したメンバーの1人でした。
出会ったときには大学を辞めていて、自分のお店を持ったり様々なお仕事をしていました。
大学を辞めたことのある人だったら僕の気持ちがわかるかもしれない。
そんな思いで先輩に電話しました。
僕が大学を辞めたい話を全部話し、先輩はこう言いました。
「そーたは、大学を辞める選択を選んでよかったねって言うのを待っているだけ」
「大学を辞めようと本気で思っていたら誰にも相談なんかしない。どこかで迷ってるんでしょ」
この事を言われ、やっと自分の気持ちに気が付きました。
自分は大学を辞めることを迷ってる。大学を辞めたほうがいいよ!という意見を待っているだけ。
この言葉を聞いて、自分が病んだことも、全部大学のせいにして逃げてただけなんだということに気が付きました。
自分の生き方は、かっこわるかった。
生き方を少しでも変えるためにも、大学を辞めずに本気で卒業することを心に決めました。
大学以外の活動をすべて辞めた。
大学を本気で卒業するために、大学以外の活動をすべて辞めました。SNSも辞めました。
バイトも、当時やっていたコミュニティも、新しく始めようとしていたプロジェクトも全部。
コミュニティのメンバーにも経緯をすべて話、1人1人にしっかりと謝りました。
大学を本気で卒業する。そう決めてりおにも相談しました。
昨日まで、大学を辞めようと思っていると言っていたのに、今は大学を卒業する。
昨日と言っていることが全く違ったので、かなり困惑させてしまいました。
本当にごめんね。
りおにも話し、実家に帰り、
親に再度土下座しました。
大学を本気で卒業します。そう言い、半年間は大学以外のことをすべて辞めることも話しました。
そして、2020年9月~2021年1月の間、大好きだったSNSの発信も辞め大学の授業を本気で受けました。
その結果、フル単を取ることができ、大学5年間で成績も一番良く、無事卒業することができました。
さいごに
以上が、僕が大学を本気で辞めようとした話でした。
たくさんの方に迷惑をかけながら、大学を卒業しました。
本当に家族には感謝が止まりませんし、相談を聞いてくれた方々にも感謝が止まりません。
半年間、りおにもたくさんサポートしてもらい、卒業することができました。
本当にありがとう。
僕がこの半年間で身に染みて感じたことがあります。
大学を辞める、続けるという選択するのが大事でなく
自分で決めた選択を本気でやることが大事
今、大学を卒業し、彼女とリゾートバイトで働きながら世界一周を目指しています。
この選択も自分が決めた選択。
だからこそ、本気で自分の人生をこれからも生きていきます。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
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