雑記
さっむい。
自分の思いとか、考え方とか、障害者は世の中こう思ってまっせ的な切り口の発信。
今まで書き残してきたけど、それもめんどくさくなってきた。
自分が死んだあとに、何を思ってたのかとかそんなんを残しときたいからって理由で書き始めたけど、そもそもそれが何でやって話や。
こんなにしんどくて辛いんですよーって伝えたかったのか。
承認欲求の延長のようなもんか。
こんな嫌なこと言われた、されたって残したかったのか。
大勢に見てほしいんじゃなくて、知ってる人が何年後かに見つけてくれればいい。
みたいな気持ちやから、承認欲求とは若干違う気がする。
モチベーションが激落ちの理由がなんとなくわかった。
誰が興味あんねんっていう感情か。
社会的に死んでから、3年前後。
冷静に考えて、記憶に残ってる人が何人おんねんって話よな。
それに気づいたからか。
きっとまだ覚えてる人がいると、あいつどうなったんやろうって気にかけている人がいると、自分を高く見積もりすぎていた。
実際のところはわからんけど。
そういう人はいるかもしれないし、いないかもしれない。
そもそもがこんな文章、自己満足でしかないねんから、都合のいいように思っとけばいいのに。
ねむたい。血圧が上がらん。頭回らん。
遺書、ほんまにどうでもよくなってきた。
誰になに書いても結局読まれてるときにはおらんしなあ。
なにがなんでも誰かに伝えたいこともないし。
自分の死については、各々の都合のいいように、好きに解釈してくれたらいい。
書く内容がネガティブなことしかないからかも。
あんなこと言われて失望した。
あの台詞、態度を目の当たりにしてから、自分以外を信頼するのをやめた。
とか。書いてもしゃあないことばっかりやからやろうな。