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慈しむ生き方と無言のEmpathy|『PERFECT DAYS』前編

『PERFECT DAYS』は、東京の公衆トイレ清掃員・平山の日々を静かに追う映画だ。
台詞は少なく、派手な出来事もない。
それでも、彼の丁寧な所作や慎ましやかな生活の中には、
「生きることの美しさ」「仕事への誇り」「言葉を超えたコミュニケーション」
が滲み出ている。

この映画を観て、自分の生活を見つめ直したくなった。
自分は、生活や仕事を慈しむことができているか?
懸命に取り組む清々しさを感じることができているだろうか?


"汚い"とされる仕事を、誇りとして生きる

平山は、公衆トイレの清掃員として働いている。
清掃員という職業には、「貧しく、汚らしい仕事」というスティグマがある。
しかし、彼はそれを「悪いもの」とは捉えていない。
むしろ、彼は自らの仕事を慈しみ、誇りを持っている。

たとえば、彼は便器以外は素手で掃除する
多くの人が「汚い」と思うものを、彼は素手で丁寧に拭き取る。

この行為には、「汚いもの」と「汚穢(けがれ)」の明確な区別がある。
本当に衛生的に汚いものには適切に対応するが、
それ以外は、自分の手で直接触れても構わない。

対照的に、ある母親が、
トイレで迷子になっていた子供と平山が手を繋いでいたことを見て、
すぐにアルコールで除菌するシーンがある。
この瞬間、平山の職業に向けられる「汚穢のスティグマ」がはっきりと表現される。

しかし、彼自身はそんな周囲の視線を気にしない。
むしろ、静かに、自分の仕事に向き合い続ける。


労働に縛られず、労働を楽しむ

平山の働き方を見ていると、
「労働に縛られること」と「労働を楽しむこと」は別のものではないか? と思えてくる。

哲学者ハンナ・アーレントは、『人間の条件』で、
「労働」「仕事」「活動」の違いを論じた。

  • 「労働(labor)」 → 生きるために必要な、生存に直結する行為

  • 「仕事(work)」 → 人間が生み出す創造的な営み

  • 「活動(action)」 → 他者と関わることで生まれる、人間的な営み

平山の行動をこの視点で見てみると、
彼は「労働」に縛られていない。むしろ「仕事」と「活動」に喜びを感じている。

  • 仕事としての「綺麗なトイレ」「撮影した写真」「育てている苗」

  • 活動としての「無言のうちわ」「植物との対話」「子供に手を振ること」

彼は、言葉を多く発さなくても、
確かに世界と関わり、コミュニケーションを取っている。


無機的な東京の中で、有機的なものを愛する

この映画では、
「有機的なもの」と「無機的なもの」の対比が多く描かれる。

  • 有機的なもの → 植物の苗、土、木漏れ日

  • 無機的なもの → トイレ、東京の道路、橋、オフィスビル

平山は、無機的な東京の中に生きながらも、
有機的なものを集め、育て、慈しんでいる。

彼は、掃除道具を自作するほど、
この仕事に創意工夫を凝らしている。
つまり、無機的な環境の中で「手触りのある世界」を作り出そうとしている。

これは、彼が持つ「生きる美学」なのかもしれない。


レトロな趣味と「タンジブルな喜び」

彼はスマホを持たず、
音楽はカセットテープで聴く。
休日には、カメラで木漏れ日を撮り、現像する。

このアナログな趣味には、
「デジタルよりも手触りのあるものを愛する」というメッセージが込められているように思う。

スマホで音楽を流すのではなく、
カセットを選び、テープを巻き戻し、再生する。

この手間こそが、生活を慈しむ行為になっているのではないか?


言葉のないコミュニケーションの豊かさ

平山は、無口な男だ。
しかし、彼の世界は決して孤独ではない。

  • 子供に手を振る

  • うちわで涼を送る

  • 後輩の恋を静かに見守る

  • 障害を持つ友人の耳を触る癖を受け入れる

「言葉を発さなくても、コミュニケーションはできる」
むしろ、この映画では、
言葉を介さないやりとりにこそ、
「スティグマのない、本質的な繋がり」
があるように感じられる。

これは、「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」の体験にも似ている。
暗闇の中では、見た目や肩書ではなく、
「相手の存在そのもの」に触れることができる。

言葉がないからこそ、
余計なノイズや偏見を取り除き、
本当の意味で「相手を感じる」ことができるのではないか?


結論:「生活を慈しむこと」の美しさ

『パーフェクトデイズ』は、
「無駄のない生き方」の中にこそ、豊かさがあることを教えてくれる映画だった。

  • 仕事を慈しむこと

  • 言葉を超えたコミュニケーション

  • タンジブルな喜びを大切にすること

この映画を観たあと、
自分の毎日を、もう少し大切にしたくなった。


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