映画「僕と頭の中の落書きたち」-弱さと救いを受け入れることによる自己性の回復
料理人を目指す統合失調症の主人公の物語、僕と頭の中の落書きたちについて考えをまとめていきます。
この映画の主題として考えていた事は、助けを求めることの重要性、そして自分も弱さを他人に打ち明けることの勇気です。
物語を通して主人公は自分の弱さ、つまり統合失調症の症状を隠しますが、それに何とか向き合ってくれる家族や恋人、大切な人間たちとの関係を経て、自分の弱さを他人に伝える勇気を持ち、最終的には自分らしさを取り戻すことに成功していていきます。
嘘を求められる環境と自己性の喪失
語りを失うことによる自己性の喪失、についてはTC(Therapeutic Community)を思い起こさせます。
TCとは刑務所の中で「処罰」を「回復」へと転換させるための試みです。受刑者を主体とした対話の実践を通じて、それぞれの「語り」を取り戻すプロセスを経て、自分の内面や行いについて正面から捉え直すことを目指しています。
愛・自分の弱さに向き合う(懺悔)こそが、自己性・語りを取り戻す
「僕と頭の中の落書きたち」の主人公も、作中で牧師に罪の告白をするシーンが印象的でした。
統合失調症であることを隠すことを強いられる生活の中で、彼は日常的に嘘を塗り重ね、しかし症状による幻覚でトラブルを起こし、語りを失うことにより、自己を見失い、最終的には孤立していきました。そして、「僕の罪は、愛する人たちから隠れたことだ」と懺悔室で告げます。
牧師はそれに対して「罪を告白するとはどういうことかわかるか」「罪の告白とは、自分の弱さに向き合う強さと勇気の証だ」と主人公に返します。
これをきっかけに主人公は自分の言葉を取り戻していきます。一度は停学となってしまった学校の卒業式において半ば無理やり登壇した彼は、「僕の小論文は嘘だった」と口にし、今度は自分の言葉で語りを始めます。
嘘をつくことが求められると、主体性と自己性である”I(私は)”を次第に失っていきます。それを主人公に取り戻させたのは、安全な場所、つまりここでは献身的に向き合い続けてくれた両親と恋人の愛であり、また自分で自分の罪を告白する強さと勇気を持ったことによります。