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第3章① 欲求と装飾、そしてDIOR。
装飾勉強会・本noteの目的
<装飾勉強会>は、早稲田大学 2024年度中谷礼仁建築史研究室において、有志で開催された勉強会である。
執筆者:M1 関根敬介
第3章の位置付け
我々は、これまで、「装飾」について学んできた。第1章で述べた通り、装飾に共通する本質はない。装飾は、装飾自体が存在するのではなく、物や時代や個人の主観等との関係性に成り立つものも含む。よって文献と向き合う際には「作者が語る装飾には、どのような時代背景や主張が関わっているか」、現代と相対化して読み解く姿勢が重要であり、さらにそれを踏まえ、我々が現代を見る観点を考察することに装飾を学ぶ意義があるとしたのだった。ここで、第3章 現代の装飾では、先人から学んだ装飾にまつわる思考を現代的に適用することによって、我々もしくは読者が「装飾」を広く捉えられる機会を提供したいと思う。装飾は関係性のもと成り立つ概念であり、関係性は時代が変わる限り増え続ける。いわば、装飾の概念は拡張し続けるのである。
序論
我々が読解してきた文献が執筆されてから約一世紀、社会背景は全く異なり、装飾の持つ意味も全く異なってきたのではないだろうか。我々は、欲求という側面から装飾を観察することで、社会構造の一端を明らかにしたいという思いから、マズローによる欲求階層説から解き明かしていく。
本論
まず初めに、マズローの欲求階層説(1)における五段階を参照したい。人間の持つ欲求を5段階に分類したものであり、心理学のみならず様々な分野で応用されている。
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下位から「生理的欲求」、「安全欲求」、「所属と愛の欲求」、「承認欲求」、「自己実現欲求」である。また、上位と下位に分割すると、下位二つは、「物質的欲求」、上位三つは、「精神的欲求」とある。これらを日々の生活に当てはめてみると、「物質的欲求」は、死なないための欲求であると言え、「精神的欲求」は生きるための欲求であると言えるだろう。ここでは死なないための欲求は、日本国憲法 第25条『生存権』にある「健康で文化的な最低限度の生活」であると考えることができるとする。
さて、この図がマズローによって提出されたのは、1954年のアメリカである。戦争に勝利したアメリカにて提出された概念であることは念頭に置かなければならない。これから、三四半世紀が経過し、社会は大きく変化している。我々が生活を営む日本社会はすでに「健康的で文化的な最低限度の生活」を与えてくれる、いわば生理的欲求や安全欲求は政府によって最低限満たされているだろう。病院や公共交通機関などのインフラ、金銭面的には生活福祉資金貸付制度などが整備される。例を挙げるとパパ活女子などは、自らの身体を間接的に売買することによって、生活することと同時に贅沢をするための精神的な欲求のための行動をおこなっているのではないだろうか。このような状態が一般的になると、社会のマス層は段々と上位の欲求を要求している状態になっていると言えるのではないだろうか。これを踏まえて、すでに提唱されているマズローの欲求5段階説のマス層を移動させた図を提案したい。
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以上は、マズローの欲求階層説のマス層を「所属と愛の欲求」の段階に位置するように変更したものであるが、仮にこの図が正しいとすれば、社会をもっと正確に把握できるのではないだろうか。
過去も現在も装飾は、「精神的欲求」のためのものである。常に物質的欲求(死なないための欲求)が満たされた”高貴”な人のためのものであった。しかし、社会人口のマス層が上位欲求に移動したため、社会における装飾の価値が低下しているのではないだろうか。パパ活女子のほとんどがDiorのバッグを持っているが、本来これは最も高貴な女性が持つものであるというイメージであったはずである。それは、精神的欲求を欲する人間の数が今よりも少なく、これらの装飾が普遍化していなかったからであろう。
社会が消費主義的になってしまったが故の結末である。LVMHのマーケティング担当者は頭を抱えているだろう。逆を言うと社会はたくさんの「もの」を消費できるまで成長したのである。現代で、装飾を担保するブランドは、ほとんどないだろう。
結論
私は、マズローの欲求階層説から社会、ひいては装飾を考察してきたが、大きな間違いはないだろう。しかし、明日正解かはわからない。日々社会が変化する中で、自然災害や戦争などによって、生理的欲求を欲する人間が急激に増加するかもしれない。我々は、日々変化する社会を観察し続けなければならない。社会の上部構造および下部構造は連動している。その連動する社会を如何にして解釈し、行動するか。
装飾は、社会によって形成される。しかし、社会によって、装飾ではなくなるだろう。
(執筆者:M1 関根敬介)
第3章②