「七不思議オーバータイム」語句解説
著 藤崎はると
本記事は「七不思議オーバータイム」が『ザ・スニーカーLEGEND』に掲載発表された直後、2018年11月に作成されたものの転載です。『STARその7』にも掲載しています。『涼宮ハルヒの直観』発売記念に、noteでも無料公開することにしました。『七不思議オーバータイム』の解説と、『ザ・スニーカーLEGEND』に同時掲載されたさがら総氏による『涼宮ハルヒの一手損角換わり』の解説を行っています。
■七不思議オーバータイム
オーバータイム
時間超過。試合の延長戦。1999年にフジテレビで放送された同名のドラマは、脚本執筆を休業していたヒットメーカー北川悦吏子氏の復帰作だった。本タイトルは、延長戦=続編という意味ともとれるが、同時に執筆に復帰した谷川先生の意気込みを感じさせられる。
ひさかたの
百人一首の33番歌。『分裂』133頁、鶴屋邸での花見大会のシーンでハルヒと鶴屋さんが諳んじた。
藤原定家
生1162没1241。小倉百人一首の選者。上記、『分裂』のシーンにでてくる「やまざくら」を収めた「百人秀歌」の選者でもある。
『裏小倉』
筒井康隆氏による百人一首のパロディ小説。『バブリング創世記』収録作。筒井康隆氏は「ハルヒ」を絶賛したことでも知られるSF作家だが、本作内での言及はそのラブコールに呼応したものだと考えられる。
ゼロサムの勝負事
ゼロサムゲームとは、ゲームの全参加者の損得の総和が常にゼロまたはある一定の値になるゲームのこと。二人でおこなう場合、相手にとっての損が必ず自分にとっての得となるので勝敗がつく。
坊主めくり
百人一首の絵札を用いた遊び。参加者は山札から順に一枚ずつ絵札をひく。引いた札が男性ならば持ち札とし、坊主ならば持ち札を場に捨てる。女性の札を引いた場合、場に捨てられた札を持ち札とする。最後に最も持ち札が多かった人の勝ち。
はるすぎて
初夏の歌。初夏の清涼感を演出すると同時に、真夏のような輝きを瞳に宿したハルヒの足音が近づいてくる暗示にも思える。
学校の怪談
学校にまつわる怪談をテーマにした作品は多いが、ここでは常光徹氏による講談社コミックだと思われる。
電波天体
強い電波を放射する天体で、主に電波望遠鏡によって観測される。「電波天体のような瞳」というのは、ぱっと見では意思がくみとりづらいが見る目を持った者がみれば意思を感じ取ることが出来る表情という意味だろうか。
琴座RR型変光星
種族IIの脈動変光星のタイプ。変光の周期と絶対等級に厳密な関係があり、その星の見かけの明るさから距離を推定することが出来る。ただしたかだか太陽の数十倍程度の明るさであり、高性能の望遠鏡で隣の銀河を観測してもみることは出来ないだろう。いわんや肉眼での観測なんて重力レンズを視認するに匹敵する驚きだろう。
『Gravity's Rainbow』
恥ずかしながらこの本を初めて知ったのだが、長大であり、膨大な知識が詰め込まれた、覆面作家による作品だそうだ。ウィキペディアによれば20世紀後半の英語圏文学作品で最も研究されているもののひとつらしい。ミステリと直接のむすびつきがなくても交換留学生が初版本に飛びつくには十分な理由がありそうだ。
世界の七不思議
世界の必見の建造物のリスト。古典的には、ギザの大ピラミッド、バビロンの空中庭園、エフェソスのアルテミス神殿、オリンピアのゼウス像、ハリカルナッソスのマウソロス霊廟、ロドス島の巨像、アレクサンドリアの大灯台であるが、時代とともにリストは更新され、2007年には中国の万里の長城、インドの廟堂タージ・マハル、イタリア・ローマの古代競技場コロッセオ、ヨルダンの古代都市遺跡群ペトラ、ブラジル・リオ・デ・ジャネイロのコルコバードのキリスト像、ペルーのインカ帝国遺跡マチュ・ピチュ、メキシコのマヤ遺跡チチェン・イッツァが提唱されている。
二宮金治郎像
本作内でも言及があるとおり、時流に逆らえず校舎の建て替え時に撤去されることも多いらしい。銅像を寄付するよりエアコンを寄付した方が喜ばれるのは本作の主人公の愚痴からも明かだろう。
オリハルコン
本来、銅やその合金をあらわす言葉として使われていたが、近代以降に未知の高性能の金属として創作で登場するようになった。オリハルコンを字義通り銅の合金と解釈するなら、銅像の組成に含まれていることに何ら違和感はない。
4分33秒
ジョン・ケージによる前衛的楽曲。特筆すべきは、「エンドレスエイトの驚愕」にて、エンドレスエイトが持つコンセプチュアルアートとしての側面が強調されていたことである。原作での15498回のループとアニメでの15532回のループはジョン・ケージの作品を意識したのではと指摘されている。原作者がジョン・ケージに言及したということは、この説を支持する根拠になるかもしれない。
光学異性体
構成する原子は同一でも、立体構造が鏡映しになったものをいう。特に生物に含まれる有機化合物はアミノ酸はL型、糖はD型となる。といっても厳密には少量のD型アミノ酸が体内でも見つかっている。瞬時に体内のすべての有機物(本文では「アミノ酸」とされているが、アミノ酸以外の有機化合物も同様に反転すると考えるのが自然だろう)が光学異性体になっても無害だろうが、ハルヒが指摘するように栄養を吸収できなくなるだけにはとどまらず、食物に含まれるアミノ酸が苦く感じる身体になってしまうだろう。
ジャム
長門自身がつぶやくとは思ってもみなかった、神林長平氏のSF小説『戦闘妖精・雪風』シリーズに登場する正体不明の敵。人類と接触を試みるためにジャミーズと呼ばれるコピー人間をつくる。ジャミーズを構成するアミノ酸はD型だと考えられており、それが発言の趣向。それにしても本作は全方位へあらんかぎりのリスペクトがちりばめられている。
ラッセルのパラドックス
集合の要素として集合自身を考えたときに矛盾が生じる(ので集合の考え方を整理すべき)という概念。有名な例としてあげられるのは床屋のパラドックスである。内容不明な不思議を不思議として数えるとおかしなことが生じるという意味だろう。
インクジェットプリンタ
アニメでの輪転機のイメージが強すぎて、部室にプリンタなんてあったっけと思ったものの、読み返すと、『憤慨』の「編集長★一直線!」で部室のプリンタが活躍している。
恋すてふ
百人一首41番。訳:「恋している」という私の噂がもう立ってしまった。誰にも知られないように、心ひそかに思いはじめたばかりなのに(小倉山荘ちょっと差がつく百人一首講座の訳参照)。
世の中は
93番。世の中の様子が、こんな風にいつまでも変わらずあってほしいものだ。波打ち際を漕いでゆく漁師の小舟が、舳先(へさき)にくくった綱で陸から引かれている、ごく普通の情景が切なくいとしい(同上訳参照)。引用されている二句は、胸に秘めた恋心を歌ったもの、変わらぬ日常を愛おしく歌ったものであり、ド直球すぎて。
火閻魔人
鬼退治を描いたオカルト漫画。
■トリビュート「涼宮ハルヒの一手損角換わり」
一手損角換わり
角交換をする将棋の戦型のひとつ。手順のなかで、後手が実質的に一手パスすることになるので一手損と呼ばれるが、それでも互角に持ち込める、あるいは有利に仕掛けられる筋が存在し、流行の兆しを見せている。この戦型のスペシャリストとして知られるのは丸山九段であるが、「りゅうおうのおしごと」の主人公九頭竜八一、「ポプテピピック」のイッテゾンチエミなど、2018年は創作物内でも大流行した。
序盤中盤終盤隙のない
将棋界隈ではかなり有名な言い回し。事の発端は、2012年NHK杯の対局前インタビュー。佐藤六段(当時)が対局相手の豊島六段(当時)を評し、「序盤、中盤、終盤、隙がないと思うよ。だけど……俺は負けないよ。え〜、こまだっ、駒たちが躍動する俺の将棋を、皆さんに見せたいね」といったのをきっかけに、以降のNHK杯で同フレーズが何回も登場し、定型句となった。
八方桂
将棋の桂は前2マス+左右1マスの斜め2箇所に移動する。これを前方向に限らず左右後方にもいけるようにしたのが八方桂で、チェスのナイトと同じ動きをする。普通のルールに飽きたときのための変則ルール。八方桂2枚と普通の桂2枚では、大駒と香2本分ほどのハンデがあるといわれる。
無敵銀
とらず銀ともいう。決して敵の駒にとられないというルールが加わるので特攻が可能となる。無敵銀2枚は八方桂に比べさらに金2枚分のハンデが生まれる。
獅子王
通常の王が一度に二回動けるという最強の駒。一マス進んで駒をとって戻るというのを1ターンで出来る。通常の初期配置に対して獅子王一枚で戦うのが通例である。
反射角
将棋盤の左端と右端で折り返した斜めの筋にも動ける角。通常の角は盤の端までしか一手で動くことが出来ないので、このルールではかなりアクロバティックな動きとなる。以上に紹介した変則ルールは実在するものである。
心は千々に乱れて
百人一首23番「月みればちぢにものこそ悲しけれわが身一つの秋にはあらねど」を下敷きにしている。さがら氏は、本編での校長室での将棋や何回も登場する百人一首を確認してからトリビュートの執筆にあたったのだろう。
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