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ポケモン小説同人誌『迷宮のほとりで』

 「劇場版ポケットモンスター 水の都の護神ラティアスとラティオス」の二次創作小説同人誌『迷宮のほとりで』を、2022年9月25日付で頒布開始しました。本記事はその紹介です。


書影

『迷宮のほとりで』表紙

内容:ラティアス・カノン論争思考実験

『迷宮のほとりで』は、映画「劇場版ポケットモンスター 水の都の護神ラティアスとラティオス」のストーリーを、ラティアス・カノン・ピカチュウのそれぞれの視点から再構築した短編集です。加えて、映画のあらすじを歌った詩と、有名な迷宮のシーンを分析した評論を収録しています。以下のような設定です。

  • いつ:マサラタウンのサトシがジョウト地方を旅していた頃

  • どこで:ヒワダタウン南方沖合、アルトマーレの町の桟橋で

  • 誰が:ラティアスまたはカノンが

  • 何を:サトシにキスを

  • なぜ:それが、二十年来の論争の火種であったわけです。

 ラストシーンでサトシにキスをしたのはラティアスかカノンか。その経緯は、動機は。2002年の映画公開以来ポケモンファンを二分していたこの論争をこれからも続けるべく、それぞれの説にできる限り辻褄の合う解釈を与えました。それが、短編連作『ラティアスの場合』と短編『わたしが空に溶けないように』です。特に、カノンがラティアスに自分の姿を使われることへの恐れと執着を抱いていたと想定することで、両方の説にあった問題点が一挙に解消します。

 二つの説を小説の形で検討した後、少女にサトシを奪われることを恐れるピカチュウ視点の短編『迷宮にて、ピカチュウ』と、サトシがアルトマーレの迷路を走るシーンの持つ魅力を精神分析を援用して語る評論『「謎の少女、再び(迷宮)」とは我々にとって何であったか』を収録します。これらの題材は、突き詰めれば私たちにとってポケモンとは何であるか、ポケモンコンテンツがどのように変化してきたか、というテーマにも繋がっています。

 巻頭に収録した詩『ゴンドラ船頭のムサシとコジロウが旅人に歌った歌(訳)』は、アルトマーレの観光ガイドに扮したロケット団が観光客に歌った舟歌を私たちの世界の言葉に訳したものという体で、映画のあらすじをおさらいします。日本語訳と英語訳があり、英語訳は私が下書きしたものをりんごぱい様(twitter: @ringopie_etsu)に校閲していただきました。

 カバーと表紙・裏表紙の絵は、和紙のちぎり絵で製作しています。

 版型は文庫版、全200ページです。

推奨予備知識:映画2本

 映画「劇場版ポケットモンスター 水の都の護神ラティアスとラティオス」、映画「劇場版ポケットモンスター キミにきめた!」を先にご覧いただくことを推奨します。

目次:詩+小説3篇+評論

ゴンドラ船頭のムサシとコジロウが旅人に歌った歌(訳)
ラティアスの場合
わたしが空に溶けないように
迷宮にて、ピカチュウ
「謎の少女、再び(迷宮)」とは我々にとって何であったか
あとがき

頒布場所:メロンとBOOTH

 以下の場所でお手に取りいただけます。

紙の本:メロンブックス通販

電子版(専用ビューワ):メロンブックス電子書籍

電子版(EPUB+PDF):BOOTH

試し読み

『迷宮のほとりで』収録作品は、全文をpixivで公開しています。

 以下に、『ゴンドラ船頭のムサシとコジロウが旅人に歌った歌(訳)』の冒頭部分(約5300字)を掲載します。


 フウラシティのラルゴ氏による『現代くさむら奇譚集‐人の近く、人から隠れ‐』を底本とした。
 氏はエンジュ大学ポケモン環境基盤学専攻に学び、修士(帯獣工学)。フウラシティ市庁都市整備部に勤める。市政に携わる傍ら在野の民俗研究者としても知られ、各地のポケモン民話や都市伝説を多く記録・発表している。『現代くさむら奇譚集』はエンジュ大学在学中に収集した民話を集録した最初の採話集であり、ジョウト地方の沿海部における丹念なフィールドワークの成果として評価が高い。

 加えて、Sosatsuhoshi and Ringopie両博士による英訳(2022)も参照し、適宜翻訳の参考とした。両博士の快諾を得て、英訳詩の対応する連を邦訳の下に掲載した。


 そのかみ竜の乙女がいた。
 夢の水沫みなわりし者
 世々のかさねらしの
 ラティオスの妹ラティアス
 胸は珊瑚の赤と燃え
 耳のにこは玻璃の銀
 父祖の誓願を軛となして
 宝の島、アルトマーレに乙女は踊る。

  A dragon-maid there was of yore,
  Born in dreaming spume of sea,
  She was an heir of honored name,
  Latias, a sister of Latios.
  Coral red was on her breast,
  And ear tufts were silver glass.
  Bound to isle by ancestral oath,
  In fair Altomaré she was dancing.


 未熟なるジャリボイ[人名?]は旅の人
 緑野越えて時わたり
 海峡を踏んで訪れた。
 アルトマーレの大運河
 水ゆく業を競わんがため
 小さき暴君ワニノコと
 十万力の雷霆の射手
 ながの友なるピカチュウと連れ立ち。

  There kidlet Giariboy on his journey
  Through Greenfield and yearstime,
  Stopped on by with roaring tide
  To show his pride of mariner's arts
  Upon the grand canal of Altomaré.
  Sailor Totodile was tiny tyrant
  And of hudred thousand voltage arrows,
  Pikachu was his fellow of long.


 夏日を受けて輝く運河に
 ジャリボイは風のように躍り出た。
 ワニノコは剛力で水を掻いたが
 舵を失して曲がれなかった。
 あわや石壁に散らんとする時
 降り来ったは、竜の乙女ラティアス
 わが身を差し伸べて抱き止める
 これまれびとに興湧きしため。

  On glittering canal under the summershine
  Giariboy jumped out like a wind.
  Yet Totodile was strong to broke the water,
  Lost his line at a corner.
  When they were striking into the brick
  Flew she down, dragon-maid Latias.
  She cast her body and hold them three
  Impelled by curiosity to the strangers.


 ラティアスは戯れに舟を曳き
 ラティオスがてて加わった。
 ジャリボイ、人目に見えざる曳き手の
 速さに心躍るも刹那
 竜の気紛れに引きずられては
 脇道に勝負を空しくす。
 古来、富める強者が一度の過誤を
 軽んずるこそあさましいもの。

  Latias had a joy of towing his boat,
  Latios assisted her in flight.
  By swiftness of invisible haulers
  Short was Giariboy's pleasant time
  Bore on a whim of dragon-maid
  Lost his race in sideways in vain.
  Since long shameful is the mighty,
  Who is heedless of a fault of once.


 竜は隠形が定めとて
 人に交じりて町をゆく。
 乙女カノン[人名]は憐れみて
 己が姿を貸し与えた。
 肌の濡れるを知らざらば
 人ならざるを誰ぞ知る、而して
 父祖の罪なる人もど
 知らず招くは同胞殺し。

  Destined to be concealed are dragons
  She wished to slip into men in lanes.
  Kanon the man-maid pitied on Latias
  And gave appearance of herself.
  Who could tell it is out of man,
  Not knowing wetly cold skin. Though
  Latias didn't know its ancestral sin,
  Feigning men brought death to their sib.


 竜の乙女は人となり
 祭りの町の水場に至り
 橋にて盗人の糸にかかった。
 おお、ジャリボイそこに追いかかり
 雷もて散るは悪の常
 引いて駆けたる乙女の手
 惑いに惑うて振り向き見れば
 乙女の姿は既になし。

  Dragon-maid dressed in Kanon,
  Passed by a fountain in the city in feast,
  Got trapped by strings of thieves.
  O, there Giariboy reached to the bridge
  Evils must away beaten by lightening
  By hand Giariboy took her away,
  After stray and stray he looked back
  To find lost in fade was she.


 ジャリボイは聖堂に乙女を見出し
 追うたはこれ人の子カノン
 すげなく逃げる迷宮に
 方途に迷うも竜の子の
 足取りかろき戯れに
 誘われたるは隠れ庭
 金と銀の葉、陽の泉
 夢見るごとくに過ぎ居たり。

  Giariboy saw a maid in a cathedral
  Twas Kanon he chased
  Into a labyrinth she ran so cold
  Dragon-maid there appered in turn,
  Led the lost to the secret garden,
  With light steps in pleasure and joy.
  With glittering leaves and shining pools
  There dreamy time passed on them.


 いざ聞け、われた盗人は
 恨む心も冷めやらで
 夜闇に乗じてエイパムのごと
 ジャリボイの後からやってきた。
 遠目を駆って、宝を奪い
 カノンを捕らえ、ラティオスを捕らえ、
 力の仕掛けに手を伸ばした。
 のがれたラティアス、頼るはジャリボイ。

  Lo! Repelled thieves stroke back,
  Without wearing down their malice
  Like Aipoms under a cloak of night,
  Shadowed Giariboy's trace to the garden.
  Sent a lifeless scout, robbed the jewel,
  Caught Kanon, caught Latios,
  And grasped an altar of power.
  Latias flew and turned to Giariboy.


 ジャリボイは宿りの床を出でて
 柵の鎖したる町を見た。
 古き骸の傀儡は迫り
 水も彼らの友ならず
 さあれ、ジャリボイの曳舟は
 迷路の主なる竜が曳く。
 雷霆の前になんぴとも抗せず
 悪の敵は聖堂へ踊り入った。

  From his bed came out Giariboy,
  Saw the mystic bloackade throughout the city.
  Puppets of old corpse swooped down on him,
  Even water trapped him in.
  Though, what Pokémon towed his boat?
  It's dragon-maid, a lord of maze.
  None could withstand the thunderous march,
  Let the evilbane rush into the cathedral. 


 囚われ人らは解き放たれ
 力の仕掛けは鎮まるも
 宝は曇る、血の色に。
 遁れる盗人の手がかかるや
 砂より微塵に散り失せて
 最後のわざわいここに至る。
 悪しき者、こころのしずくを使う時
 心は穢れ、しずくは消える、町ともに。

  Giariboy released all the captives
  Then the altar of power calmed down.
  Yet the jewel sombered like blood.
  There the thief in flight grabbed the jewel,
  In a moment it shattered to dust and
  Hereby reached the last great woe.
  The Soul Dew, when it falls into an evil's grasp,
  Soul taints and dew vanishes, either the isle.


 ここに、神なるラティオスは
 まつの力を火と燃やし
 ラティアスを具して飛び立った。
 津波を目がけ飛び立った。
 枯れたる海を灯火は越え
 くだれる月が没するごとくに
 滅びの壁を割り平らげて
 誰知らぬ星々の波間に去っていった。

  Hereupon Latios, a guardian deity
  Ignited his very last force,
  Took off accompanied by his sister,
  Headed his wing for a disastrous tide.
  Light flew high above the dried sea
  Like a fullmoon set in horizon.
  He split the wall of doom and
  Went to starry seas unseen by mortals.

  あしたに帰り来しラティアスの
 仰ぐ先より零れ降る
 しずくはカノンの手に積もり
 水分みくまりの井はまた満ちる。
 かくて、水の都のまもりがみ
 隠れ庭なる水底の
 町の宝は世々とわに
 竜の命で贖う定めぞ。
 
  The morning when Latias was back,
  From the heaven she looked up,
  A dew fell on Kanon's palm,
  Filled up the well of grand source.
  Hence, the life of this city
  Underwater in the secret garden
  Is ordained to be redeemed
  By the guardians of Altomaré.


 流離う先に災い運ぶ
 ジャリボイの船が島を去る。
 乙女は走る、桟橋に。
 手には色絵の贈り物
 波の調べの沈黙しじまのうちに
 少年の頬にくちづけて
 大海の此方から彼方へと
 旅する人に別れを告げた。

  Giariboy's ship leaves the isle,
  From one tragedy to another.
  Maiden ran to the wharf he passed
  With a painting of him in her hand.
  A quiet chord of sea blessed her
  Kissing the young man on his cheek,
  Twas how she told farewell
  To who roamed across the sea.


 大海の此方から彼方へと
 旅する人に別れを告げた。

  Twas how she told farewell
  To who roamed across the sea.

      ◆


「すごい! ここアルトマーレにもあるんですね。人間から隠れながらも、人間を手助けするポケモンの伝説が!」
 少女と呼ぶには自若のたたずまいがあり、大人と呼ぶには溌剌とした、小柄な娘が目を輝かせる。長い物語を語り終えた二人も普段よりはしゃいでいるのが分かる。ゴンドラはちょうど、詩に歌われる迷宮のような細く薄暗い水路を出て、水上バスの行き交う夕暮れの大運河へとおごそかに漕ぎ出していくところだ。月は丸く、両岸に連なる小料理屋が灯りをつけ始め、小高いどこかでアコーディオンを弾く音色が柔らかく降ってくる、蒼い夜のクルーズ――おひとり様8000円。ガイド付き、銀河を翔ける非公式ゴンドラの値段として高いか安いかは、さあ諸君次第。
「おうよ。その守り神にかかりゃね、潮の満ち干も思いのまま、本気を出せば海ひとつ干上がっちゃうらしいわよ。物騒な世の中になったもんよね」
「盗っ人にとっちゃあまさに宝の島。伝説あるところにポケモンあり、ポケモンあるところに悪党あり……ってこった」
 我々がこの島でもぐりの観光ガイドをやっている理由は訊かないでもらいたい。どうせ諸君が不躾にも考えている事情と大きくは変わらない。最初にこの島に来た時は散々な目に遭って、ものの三日で逃げ出してきた。あれから色々なことが、本当に色々なことがあって、振り返れば二十年も三十年も昔のことのようにも思えるし、全てがほんの一年足らずの間の出来事だったようにも思える。このゴンドラの仕事も、当面の路銀を稼ぎ終えたらすぐにおさらばするつもりだ。次の行き先は決めていない――これも、いつもの通り。
「そして悪党をやっつけて、また新たな伝説の一ページとなるわけだな。ああこの世は永劫の輪廻、憐れむなかれ悪の華」
「伝説のポケモンかあ。会ってみたいけど、そっとしておいてあげたいな。今でも姿を隠したまま町にいるなら、それが人とポケモンにとって一番いい関係ってことだから」
「ちょっとあんたねえ、んーなしみったれたこと言ってんじゃないわよ若人わこうどが。この世のポケモン全部アタシのものー、くらいの気概で生きてみなさいよ。いい? 諦めがよくて得することなんかありゃしない」
 確かに、娘の言うことはもっともだ。もっともすぎて逆に間違っていると言おう(哲学!)。ポケモンはいつだって正しい、という人間によくある勘違い。実際はそうではない。隠れたままではよくないと思っていてもなかなか出てこられないこと、黙っていた方がいいと分かっていながら気持ちを露わにしてしまうこと、そういうことが人間にあるなら、ポケモンにもある。吾輩にはそれが分かる。
 ただ――、
 この島の守り神の場合は、少し事情が違うのかもしれないと思っている。
 前にこの島に来た時、我々は海が一夜にして干上がり、そしてまた戻ったのを見た。逆流した運河に押し流されたのは災難だったが、どことも知れぬ石壁のどん詰まりに打ち上げられ、そこにピカチュウたちが何やら深刻そうな顔で通りかかったのは怪我の功名だったし、そこで華々しい捕獲マシーンの一つも披露してやれなかったのはやはり不運と言える。我々は連中の後をつけ、漏れ聞こえてくる会話から、怪盗姉妹の仕事の顛末を朧気ながら知った。それがいま観光客の娘に語って聞かせた話だ。とどめに、島を脱出しようと向かった桟橋で、
「あ、そういえば。ラティアスは人間に化けられるんですよね? さっきの歌で、最後に乙女が見送りに来たって言ってましたけど、それってどっちだったんですか? ラティアス? それともカノン?」
 思うに、吾輩は人間の側に寄りすぎた。物の見方に人間臭いところがあるのも認める。だが、畢竟他の誰かの考えることは分からないということには人間でもポケモンでも変わりがない。エスパーの輩も例外ではない。近付けば、拒まれる。拒まないのはむしろ悪の部類に属する。
 だから、我々が身を潜めたあの桟橋にやってきた誰かについて吾輩が考えることも、あくまで吾輩ひとりが巡らせた想像に過ぎないということを、諸君にはどうか心に留めておいていただきたい。今夜の月が丸いことだけが、この世で唯一確かなことだ。

 悪党は笑う。
「――――どっちだと思う?」


〈以上〉

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