最初で最後のマドリード放浪記 <夫婦世界一周紀47日目>
長野県上高地の山小屋でアルバイトしていたことがある。山開きの時期と共に入山し、雪を下ろして小屋を開く準備をした。玄関口でも標高は1500メートルあった。日は弱くとも太陽の近さを感じて、朝は下界ではなかなかお目にかかれない深い青色の空を拝める。
マドリードの朝は上高地の朝を思わせる涼しさと、静謐さをまとっていた。石造りのアパートが立ち並ぶせいか、音が一切聞こえない。そこで暮らしている人が一人もいないのではないかと錯覚するほどに静かで、穏やかだった。スリランカからタイに移動した時に静かさに驚いたものだが、タイだってまだまだうるさい。静かとはこういうことだ。
群青色の空に赤茶色のアパートが立ち並ぶ均一された光景。確実に別の場所に来たということを思わせてくれる光景が広がっていた。僕が4年前に行ったバルセロナとちがい、マドリードはどこか寂しさ、むなしさを感じるような気もした。想像以上に秋に近い風が吹いているからだろうか。
マドリードの街を歩きながら、フウロを伺う。新しい場所でいい思い出を作れるか判断するとき、フウロはその場所がまとっているいい雰囲気や悪い雰囲気を察知するのに長けていて、僕はフウロを頼りにしている。
たとえば家を決める時や食事どころを決めるとか、論理的な判断を下すには情報が足りない時には、フウロのジャッジメントはとても大切なのだ。そういえばウナワチュナを探してきたのはフウロだった。サソリに刺されたことを考慮してもいい判断だったと思う。
マドリードを見るフウロは、なんともいえない微妙な顔を浮かべていた。好きでも嫌いでもないという感じだ。僕がバルセロナに来た時とは全然ちがう。最も、僕も同じ気持ちだった。バルセロナに立った時は気分が高揚して疲れも忘れたものだ。今はどちらかというと体が重くて熱っぽい。風邪を引いているんだから当たり前だ。でも魅力を感じるような空気を携えている感じではなかった。なんだか変に静かすぎるのだ。空気が重くて、どこか寂しい。スペインの所得は低いと言われているが、そういうのも影響しているのかもしれない。
中央の広場に行ってみると、観光客だらけだった。セグウェイに乗っている人までいる。みんなの来ている洋服のグレードが急に上がって、スリランカで買ったパチモノのノースフェイスリュックがみすぼらしく見えた。がやがやと声に溢れてはいるが、何かが足りない。ワクワクするには体調が悪すぎるのだろうか。
スペインに行ったのだからパエリアを食べようと歩き回るも、あまりの高さに辟易してしまった。来たばかりでは相場がわからないものあるけれど、観光地周りのパエリヤ30ユーロはさすがに高すぎるように思えた。裏路地を練り歩くとランチパエリヤが15ユーロで食べられるという。本場のパエリヤはねっちりしてる。濃いけど美味しい。美味しいけど、やっぱり濃い。日本でよく行くすぺいん亭のパエリヤが好きで、本場のパエリヤはさぞかし美味いんだろうと話してたけど、すぺいん亭の方が美味しいかもしれない。本場が美味しくないんじゃなくて、あそこが旨すぎるのだ。
家に帰ったらロシアでケンタッキーを食べた時よろしく、喉が乾いて仕方がない。水を何度も買っては飲み、家から出たら玄関のドアが開かなくて困ったりしながら、なんだかものすごく疲れていた。スペインに来たら毎日酒を飲もうなんて話していたけれど、その気力もない。フウロは寝ていたが、僕はやっぱりスペインの飯が食べたくて、宿でパスタを作った。
「パエリヤより美味しいよ」
フウロがパクパク食べてるのを見て、スペインでは美味しい食材を買って自分で作ろうと心に決めた。スーパーはやたら安いのだ。
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ものづくり夫婦世界一周紀
2018年8月19日から12月9日までの114日間。 5大陸11カ国を巡る夫婦世界一周旅行。 その日、何を思っていたかを一年後に毎日連載し…
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