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【連載】古賀及子「おかわりは急に嫌 私と『富士日記』」⑥

いま日記シーンで注目の書き手である古賀及子さんによる、これからの読者のための『富士日記』への入り口。戦後日記文学の白眉とも称される武田百合子『富士日記』のきらめく一節を味読しながら、そこから枝分かれするように生まれてくる著者自身の日記的時間をつづります。

武田百合子著『富士日記』
夫で作家の武田泰淳と過ごした富士山麓、山梨県鳴沢村の山荘での13年間のくらしを記録した日記。昭和39年(1964年)から昭和51年(1976年)まで。単行本は上下巻で中央公論社より1977年に刊行、2019年に中公文庫より新版として上中下巻が刊行されている。


 日付があって、その日に食べたもの、買ったもの、人から聞いたことや行動が記される。『富士日記』は私たちのイメージする日記そのものだ。
 読むと、淡々と綴られる詳細な記録としての暮しのさまから、人というもの全体の雰囲気がどうしようもなく立ち上がってくる。ちょっとふつうの日記とは様子が違うようだぞと感じるころにはもう、文学としての豊かさを手渡されている。
 どういう秘密があるのか。研究して論じることは私には難しいから、『富士日記』の世界に自分のかつて見た景色を重ねてみるのはどうかと考えた。
 日記のある一文から発想し、記憶をたぐって私も書くのだ。
 同じようには書けない。でも同じ人間だから、下手でも呼吸ならできる。

✽ ✽ ✽

車のなかで食べなさい

〔昭和四十年〕五月十七日(月)〔中略〕
 車の中で食べられるように、ミートパイと鱒ずし、魔法水筒に紅茶を入れて用意してきたが、照子さん〔原注:竹内好夫人〕は、自家製サンドイッチとサラミを切ったものを、いちいち皆に見せながら説明して、持ってゆくように箱にいれて包んでくれた。

武田百合子『富士日記(上)新版』(中公文庫) 79ページ

 『富士日記』はもともと公開を前提とせず、武田百合子が夫の泰淳にすすめられるまま山荘滞在のあいだノートに書き記していた。日記ではなく随筆でも書いてみたらどうかと言われていたら(大作家がそこを見誤るわけがないことは承知でのif文ではあるが)、この文章は書かれなかった。

 だから『富士日記』のことを、日記でよかったと、なにか「危ないところだった」というように感じることがある。もし随筆や小説だったら。ここまでの「そのままさ」で生活の記録は残り得なかっただろう。

 引用は、泰淳の親友である中国文学者の竹内好が山荘へ同行する朝のようすだ。出発が早朝であり、ミートパイと鱒ずし、それに魔法水筒に入れられた紅茶は朝食として用意されたものらしい。

 ミートパイと鱒ずしという取り合わせにしびれきる。

 全体を通じ、作中の食事からは昭和4、50年代の食文化がくっきりと伝わる。時代感からの興奮はもちろんベースにあるが、その時代性をさっぴいてなお、ミートパイと鱒ずしは味わい深い。

 比べるとふつうに見える竹内家サイドのメニューも、サンドイッチに合わせて"サラミを切ったもの"を合わせてくる、ちょっとしたおつまみしぐさに大人の遠足の感じがあってぐっときてしまう。

 小学5年生の頃、埼玉県の秩父のちょっと手前に引っ越した。大宮や浦和のようにポップな埼玉ではない、本気の埼玉だ。

 父母はともに東京出身で実家はどちらも東京だ。2時間半から3時間見れば電車で東京の祖父母の家へ行くことができるから、妹を連れて子どもだけで遊びに行くことがよくあった。帰るとき、父方の祖父はよく「電車の中ででも食べなさい」と、食べるものを渡してくれた。

 祖父は甘いものが好きで、最中とか、大福とか、おはぎをくれたこともあった。ありがたくうれしかったけれど同時に、混んだ東京の電車の中で食べるわけにはいかないよなと、言われた通り電車で食べることができないことについて、祖父は何を考えているのだろうと素直かつ真剣に不安に感じたのを覚えている。

 祖父はとくに深く考えず、孫に何か持たせてやりたい、万が一お腹を空かせては不憫だと慮ってくれたのだろう。

 普段は在来線を乗り継いで帰るのだけど、いちどもらったお小遣いを奮発して特急の券を買ったことがあった。特急は指定席で座席には小さなテーブルもついている。私と妹は、この日も祖父に甘納豆の練り込まれた菓子パンを持たせてもらっていた。ここでなら食べられる。

 そわそわ席に着くと、電車が動き出すのをなんとなく待って、パンを袋から出した。袋の中で少しゆがんだパンの表面には粉砂糖がついて、これを普通の電車で食べるのはやっぱり無理だ。

 パンと一緒に、駅のホームで買った250ml缶の午後の紅茶レモンティーを飲んだ。平成の初めのあのころ私が一番好きだった缶飲料で、魔法水筒に入れた紅茶には及ばずとも、景色としてはもう懐かしい。

普通のところだ

 竹内さんは長椅子から、あちこちを眺めまわし「おい、武田。来い来いというから、どんなところかと思って来たが、なんだ、普通のところじゃないか。ここは普通のところだぞ。普通だぞ」と主人に言った。

武田百合子『富士日記(上)新版』(中公文庫) 81ページ

 ミートパイと鱒ずしを携えて出かけた同日の記述だ。先述した「そのままさ」は、『富士日記』で有名な買ったものや食べたものの記録、地元の人々の話の聞き書きだけにとどまらず、やはり日記としての本分、できごとの記述においても発揮される。

 この日の泰淳のさまはいかにもチャーミングだ。親友である竹内好の同行でテンションがぶちあがって、持ち前の遠慮ないアルコール摂取ぶりやせっかちなさまが明らかに生き生きとする。そうして、これこそが私はそのままの記録の本領だと感じる。随筆作品としてまとめようとして書けるものではなく、日記だからこそ残る類のことだ。

 引用の山荘に到着した竹内の発言も、エピソードとして書くのでは出てこないものだろう。

 近年的な俗用としての「普通」の使い方に「普通に〇〇」、という表現がある。「普通においしい」「普通におもしろい」など、普通であること、平均的な水準であることをポジティブにとらえて伝達する意図の言い表し方だ。

 竹内好が山荘にやってきたのは昭和41年。普通だ普通だと評したのは、おそらく一般的な用途としての普通、むしろこの頃はまだその含みがあった、取り立ててなにか言うことがないと、どちらかというと茶化すような意味合いで言ったのだと思われる。

 それでもだ、この普通だぞ、には興奮があると私は思う。だって3回も言う。

 「普通においしい」の使い方は、2000年以降多発しつづける人災や天災を受け、普通であることの価値が高まったから広まったという説があるそうだ。

 竹内好の発言を読んで、私はそれに合わせて元来、普通であること自体に人を興奮させる要素があるのではないかと感じた。なんてすばらしい! なんてひどい! があるのと同時に、なんて普通! が、もともと人間の感情にはある、そういうことなんじゃないか。

 人間は、いたしかたなく過剰な生きものだ。つじつまの合わない行動や発言を平気でするし、いつだって余計なことを考えている。片付かない部屋のように、ほうっておくと情報量をどんどん増やしてしまう。

 それに対し、普通だというのはどこか意味合いとしてフラットであることを含有する肌感覚がある。情報が整理され、落ち着いており、分かりやすい状態を指す。

 どうしても過剰になりがちな人間が普通でいるためには強制的に高ぶりを抑えねばならない。普通であることにはカロリーが必要なのだ。

 無印良品やスターバックスがあれだけ流行するのは、圧倒的に普通だからだ。余計な可笑しみを盛らない、受け取る側の思考にとっかかりを作らない。

 人々は、ああ! 普通だ! と、興奮しているのではないか。

 私自身、普通が好きで常々普通を求めていると感じる。子どもの頃からずっと刺激の強いものが苦手で、あまりあちこちに出かけたり、新しいものを見聞きするのをおっくうがる。

 刺激の少ないものから、ほんのちょっとの可笑しみをわざわざすくって静かに感激するのが好きで、普通こそを喜びたい気分がある。

 父方の祖父の持つ長野の山荘へ、父母ではなく祖父母が、私と妹のふたりを連れて行ってくれた夏があった。妹も私同様、引っ込み思案なところがあって新しい物事や初めての場所に行くのを好まない子どもだった。祖父母は山荘の近くでできるアクティビティをいくつも提案してくれたのだけど、私たち姉妹はすべてに気が進まなかった。

 観光地として開発された湖に行って湖畔のそば屋でそばを食べたあとも、優しい祖父は私たちを連れて周囲を歩き、あれこれ試してみないかと誘うのだけど、私たちの心はどうにも開かない。「ゴーカートも嫌、釣りも嫌、ボートも嫌なのか」と祖父は驚いて、仕方がないから私たちは湖の周りをゆっくり歩いた。

 暑い夏だったけれど、ここらは高原でからっとして涼しい。風を受けて、湖面のゆれを見て、道端に咲いたあざみを摘んだ。「これじゃあただの散歩だな、普通でつまらんなあ」と祖父が言って、どういうわけか妹がはじけたように笑った。


古賀及子(こが ちかこ)
ライター、エッセイスト。1979年東京都生まれ。2003年よりウェブメディア「デイリーポータルZ」に参加。2018年よりはてなブログ、noteで日記の公開をはじめる。著書に『ちょっと踊ったりすぐにかけだす』『おくれ毛で風を切れ』(ともに素粒社)、『気づいたこと、気づかないままのこと』(シカク出版)。
【連載・執筆】デイリーポータルZ北欧、暮らしの道具店シカクのひみつマガジン
【ポッドキャスト】古賀・ブルボンの採用ラジオ
X(Twitter):@eatmorecakes
note:https://note.com/eatmorecakes


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次回は6月19日ごろ更新予定です
見出し画像デザイン:鈴木千佳子

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