子どもにしにたいと言われた日

ああついにこの日が。

自分が一生テーマにかかげてる生と死について
またグサっと心臓がえぐられた

息ができない。生きてる意味がない。苦しいつらい。

しにたい。

長男からのライン。

ラインをみて
わたしはああついにこの日が。

と咄嗟に口に出た。
わたしも小学5年~20代の大半まで、つねにしにたいきもちを持ち合わせて生きてきた。
たぶん頭のドーパミンやらセロトニンやらなんやらしらないけど、それが正常に働いてなかったんだろうな。
 家に転がる安定剤や不安薬をラムネのようにぼりぼり放り込むのが日常だった。まあこの話もいつか書けたらいいな。

息子に言われたそれは、なんていうか。

二度目に言われたこの間は、なんていうか
落ち着いてたな。

自分が生に対しての考えが歪んでいるせいもあって、

いつかのその日を迎える日がくるかもしれないなと。
その時はおつかれさま、頑張ったね。といってやれるのだろうか、それは母親として。

しにたいスイッチは平気で正気を超えてくるから(脳みそのせい)、そんときはなにも聞こえないし。

頑張ってるよな、じゅうぶん。じゅうぶん、がんばってる。

そんなことを思いながら、
彼に居場所を聞き出し、見つけ、
震える肩を抱きしめ撫で一緒に深呼吸をした。

普段思春期で、 しね きえろ だから、
久しぶりに体に触れられて嬉しかったな。笑 じゃなくて、
彼の居場所はどこなんだろうな。ただただ穏やかに過ごせる場所は。。


軽度知的障害 自閉症スペクトラム障害
をもつ
母親 としての記録を残そうかな。


もうみんなじゅうぶんがんばってるんだな

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