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【SH考察:113】エリーザベトは「憂悶」聖女ではない
Sound Horizonの楽曲のひとつ『磔刑の聖女』は、グリム童話に一時的に含まれていた『憂悶聖女』がモデルとされる。
確かにストーリーは類似点がみられる。しかし『憂悶聖女』の成立過程を鑑みると、厳密にはドイツに伝わり『憂悶聖女』になる前の原型の姿がモデルではないかと考えられる。
今回はその原型の姿を確認する。
対象
7th Story Märchenより『磔刑の聖女』
考察
『憂悶聖女』
『磔刑の聖女』のモチーフはグリム童話の『憂悶聖女(ドイツ語:Die heilige Frau Kummerniß)』だろう。
日本語では「Kummerniß」を「憂悶」と訳しているようだ。少なくともWikipediaは『憂悶聖女』としているが、誰がそのように訳し始めたのかはわからなかった。
「憂悶」とは思い悩む・苦しむという意味の言葉だ。
![](https://assets.st-note.com/img/1724408020911-6t3cs4WOfg.png?width=1200)
編集履歴を見ると2007年に初版の記事ができている。その頃からタイトルは『憂悶聖女』。
出典:ウィキメディア財団. 「憂悶聖女」. Wikipedia. https://ja.wikipedia.org/wiki/憂悶聖女, (参照 2024/08/23)
![](https://assets.st-note.com/img/1724408402233-xJBTW7gfi5.png?width=1200)
類語を見てもわかる通り、悲しむというよりは悩む・苦しむというニュアンスが強い。
出典:株式会社DIGITALIO. 「憂悶(ユウモン)とは? 意味や使い方」. コトバンク. https://kotobank.jp/word/憂悶-651235, (参照 2024/08/23)
ドイツ語の「Kummerniß」は直訳すると「悲しむ」だが、「懸念する」というニュアンスもある。和訳は後者を採用したのだろう。
実際に童話の内容を見ると、主人公の聖女は悲しんでいるというより思い悩み苦しんでいる。短い話なので和訳を記載しておく。
昔、敬虔な乙女がいた。その乙女は結婚しないと神に誓ったが、あまりに美しかったため、父親はそれを認めず、無理矢理結婚させようとした。
思い悩んだ乙女は、ひげを生やさせてくれるよう神に懇願し、その願いはすぐに叶った。それに王は激怒し、彼女を磔にした。彼女は聖女となった。
ある日、彼女の像がある教会にとても貧しいバイオリン弾きがやってきて、聖女の純真さに心を打たれて像の前にひざまずくと、聖女は嬉しく思い、履いていた金の靴の片方を落として見せた。
バイオリン弾きは喜んでお礼をし受け取って行った。
しかし間もなく金の靴が無くなったことについて騒がれ、バイオリン弾きのもとで靴が見つかったため、彼は泥棒として捕らえられ、絞首刑が言い渡された。しかし連行途中であの教会の傍を通ったため、彼は教会に立ち寄らせてほしいと願い出た。
すると、聖女はもう片方の靴も落として見せた。これによりバイオリン弾きは無実であると証明された。
ところで、この聖女の名は「Kummerniß」と言った。
出典:ウィキメディア財団. 「Die heilige Frau Kummerniß (1815)」. Wikisource. https://de.wikisource.org/wiki/Die_heilige_Frau_Kummerniß_(1815), (参照 2024/08/23)
この話はグリム童話の初版にのみ掲載され、第2版以降は削除された。
ドイツの昔話と言い切れないことが原因だろう。グリム童話はドイツ土着の昔話の収集を目的としていたため、目的に合わない『憂悶聖女』は除外されたとしてもおかしくない。
辻褄合わせで女性にされた
『憂悶聖女』と似た話がヨーロッパ各地で知られている。たとえばイベリア半島(中でもポルトガル発祥とされる)では、14世紀発祥の物語でヴィルゲフォルティスという女性の話とされている。
ストーリーは『憂悶聖女』と大差ない。ムーア人(イベリア半島周辺にいたイスラム教徒)の王との結婚を強いられた貴族の女性が、それを避けるために神に祈り、ひげが生えたことで婚約破棄となる。それに怒った父親が彼女を磔刑するという話だ。
![](https://assets.st-note.com/img/1724405267563-oW5tyt3Vvd.png)
出典:Unidentified painter, Public domain, via Wikimedia Commons
この『ヴィルゲフォルティス』も『憂悶聖女』も地域性を持ったバリエーションの一種であり、もとを辿ると8世紀の十字架に終息する。
前提として、中世西欧において十字架にかけられたイエス・キリスト像といえば、このようなほぼ裸体に近い腰に布を巻いているだけの姿がメジャーだった。
![](https://assets.st-note.com/img/1724572436436-HKtrcXPn2D.png)
代表してこの絵を出したが、他の絵や像でもだいたいこのような姿をしている。
出典:National Gallery of Art, CC0, via Wikimedia Commons
しかし東の方では着衣姿で描かれていた。
8世紀にイタリア北部のルッカという場所にある大聖堂に、着衣で十字架にかけられたイエス・キリスト像が設置された。
![](https://assets.st-note.com/img/1724571229824-A0Dcp4Kwo1.png?width=1200)
長髪にひげが生えており、着衣。複製がヨーロッパ各地で確認されている。
出典:Joanbanjo, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
14世紀になるとこの姿がヨーロッパ各地で注目を集めたが、ルッカとの関連性は忘れ去られていた。
そのため裸に近い像=イエス・キリストとして認知していた人々は「衣服を来た長髪にひげの人物が十字架にかけられている姿」とイエス・キリストを同一視できなかった。
そこでいわば帳尻を合わせるためにひげが生えた女性(=長髪)の物語を創作したという推定がなされている。『憂悶聖女』も『ヴィルゲフォルティス』もそこで創作されたものだ。
時系列を整理するとこのようになる。
![](https://assets.st-note.com/img/1724574278194-mwFmrgiUz5.png)
名前からわかる焦点
こうして着衣の長髪ひげの人物は女性と化した。
彼女の名はドイツでは『憂悶』と訳されるとおり「Kummerniß(思い悩む)」とされている。しかしイタリアでは「Liberata(解放された)」、イベリア含む様々な地域で知られる「ヴィルゲフォルティス」はラテン語で「virgo fortis(勇敢な乙女)」だ。
このことから、彼女の物語を聞いた先々でストーリーで重きを置かれる要素に違いがあったことがわかる。
イタリアでは神によって救われ「自由になった・解放された」点を彼女の名として冠し、ラテン語の名では意思を貫いたという結果とその勇敢さに注目しているが、ドイツでは思い悩んだという過程に焦点を当てている。
これをふまえると、『磔刑の聖女』で参照したかった物語はドイツで一時的にグリム童話に取り入れられた『憂悶聖女』ではなく、どちらかというとラテン語の勇敢な乙女『ヴィルゲフォルティス』の物語だったのではないだろうか。
後悔などしていないわ 嗚呼 これが 私の人生
《門閥貴族の令嬢》 でも 《七選帝侯の息女》 でもないわ 私は《一人の女》
唯 君だけを愛した――
唯の【Elisabeth】
※ルビは書き起こしのため誤差がある可能性あり
エリーザベトはこのように、磔刑に処されてもなおメルツへの愛を貫いたことを後悔していないと言う。
どう見ても憂悶した聖女ではなく意志を貫く強さを持った聖女だろう。
結論
『磔刑の聖女』のもととなった『憂悶聖女』は、元を辿れば由来を忘れた人々が目の前の見慣れぬ姿と自分達の常識との辻褄を合わせるために創作した「長髪でひげの生えた着衣の女性」が生まれるに至る物語だった。
彼女には各地で様々な名がつけられたが、ラテン語では「勇敢な乙女」とされた。
この「勇敢」は死を招くとしても自分の意思を貫いたことに対する表現だ。
エリーザベトの姿を見ると、『憂悶聖女』ではなく「勇敢な乙女」をモデルとしてとして描かれたキャラクターであるととらえる方が納得感がある。
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サムネイル:
ヒエロニムス・ボス作『聖ウィルゲフォルティスの三連祭壇画』1497年頃
Hieronymus Bosch, Public domain, via Wikimedia Commons
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更新履歴
2024/10/19 初稿