【SH考察:093】青ひげの愛情は誰に向けられたか
Sound Horizonの楽曲のひとつ『青き伯爵の城』でしばしば議論される謎として「魔女として断罪された君」は誰なのか、という話があると思う。
今回は当時の時代背景を確認しながら、「魔女として断罪された君」そして青ひげの愛情について考える。
対象
7th Story Märchenより『青き伯爵の城』
考察
グリム童話では削除された『青ひげ』
『青き伯爵の城』は明らかに『青ひげ』という童話をモチーフにしている。
一応グリム童話に含まれていた時期もあるにはあるのだが、現在この童話はペロー童話のひとつとして知られている。
ペロー童話とは、フランスの詩人シャルル・ペローが中心となって1690年代にまとめられた童話だ。
グリム童話でも1812年の初版では集録されていたが、1815年の第2版以降では削除された。
見ての通りドイツではなくフランスで100年以上前に確立された話であること、類似した話が他にもあることが理由と推測される。
そのため一般にはフランスの物語であると認識されており、たとえばドイツ語版Wikipediaで『青ひげ(Blaubart)』を調べると、「französisches Original: La barbe bleue」と書かれている。
『青き伯爵の城』の屍人姫は名前が明かされていないため、便宜上先妻と呼ぶ。
グリム童話で描かれていない部分
グリム童話では、青ひげにとっての最後の妻がいきなり登場する。3兄弟とその妹が暮らしていたところで妹が見初められ、青ひげの妻として迎えられる。
つまり童話の開始時点で、青ひげは既に大量殺人鬼なのだ。
そのため『青き伯爵の城』で最初の妻が登場したところから既に特徴的で、原作ではその人物像がまったく描かれておらず、その人格や死ぬまでの経緯はグリム童話に参照するところがない、創造されたものだ。
また、原作ではなぜ青ひげが妻を殺し続けているのか、その動機の描写がない。彼は理解しがたい異常者で、共感を呼ばないまま最後の妻の兄たちに殺されて終わる。
貴族にとっての結婚
そもそも、青ひげが愛情を第一の理由に妻を選んだ・選べたとは考えにくい。彼の地位がそれを許さなかっただろう。
詳細な時代設定が不明であるため雑に中世と呼ぶが、中世の伯爵含む王侯貴族にとっての結婚は愛から成り立つものではなく、権力や財政的な強化を目指すための手段だった。
結婚相手は立場や宗教を理由に選ぶものなので、青ひげから見て先妻は政治的に何らかの利用価値がある家柄の人物だったのだろう。
そして結婚に愛が考慮されないことから、自分の好みや愛情を理由とした浮気も当然ながら発生し得た。
ここで理不尽なのは、夫の浮気は社会的に比較的許容されたのに対し、妻の浮気は非常に責め立てられた。これは女性は良い家柄の正当な後継者を残さねばならないという重要な役割があるため、そこに浮気で他の血を紛れ込ませる可能性があることを責められるのだ。現代の価値観で見ると酷い性差別である。
このような時代背景を理解したうえで先妻の言動を見てみると、夫を一方的に愛してしまったという認識から生まれた悲劇が見て取れる。
先妻自身は本当に青ひげを愛していても、青ひげは政略結婚なのだからどうせ自分のことなど愛していないだろうと思っていたからこそ、このような話になったのだろう。
魔女として断罪されたのは誰か
先妻は浮気していたことを自ら述べている。不貞は浮気のことだ。
そして浮気した女性は、前述の通り男性が浮気したときよりも責められたことに加えて、男性をたぶらかす恐ろしい魔女とみなされて魔女狩りの対象になった。
つまり先妻が「魔女として断罪された君」だったとしても何らおかしくないのだ。
妻連続殺害シーンで、青ひげが1人目を殺す時に「許しが欲しいか」と他の妻には無い内容を問うているのは、浮気した妻への制裁だったからではないだろうか。
この1人目の声は明らかに先妻と同じ(他の妻の沢城みゆきさんボイスと比べると、栗林みな実さんボイスで少し高いので聞き分けやすいはず)。
ストーリーコンサートでも、殺害シーンに登場する1人目は白いドレスで、先妻のもともとは「白い華飾衣」だったドレスと同じデザイン。先妻はその1人目が殺されるシーンだけ唾を飲んでおり、明らかに彼女が1人目だ。
これらの点から、魔女として断罪されたのは先妻であると考えられる。
青ひげは先妻を愛していたのか
先妻は、青ひげが先妻以外の誰かを愛していると考えていたようだが、はたして本当にそうだったのだろうか。
というのも、青ひげが別の誰かを愛していたという確証が得られない。青ひげ視点から明確に先妻以外の誰かを愛したという言及がない。
青ひげは「魔女として断罪された君」に執着していることがわかっているが、前述の通りこの「君」=先妻だとしてもおかしくないのだから、青ひげが先妻以外の想い人がいた確証が見つからない。
先妻の浮気が発覚し殺したときの台詞では確かに、そこに愛があったのか定まらないことを彼自身が述べている。
しかし最終的には、浮気した先妻ではなく、彼女を魔女として断罪した人々の方を「豚共」呼ばわりして怒りの矛先を向けている。
このことから、根底には愛情があり、だからこそ裏切られたことで我を忘れるほど怒り理性のタガを壊してしまうほどの大きな衝動になってしまったのではないかと考えている。
ロンギヌス?
最後に、ここまでの話から少し逸れるのだが、青ひげが使った比喩表現の違和感について考えたい。
「ロンギヌス」とは人名だ。そしてこの名前と槍と組み合わせると、聖槍という特別な槍を連想させる。
聖槍は十字架に磔にされたイエス・キリストが死んだかどうかを確かめるため、その脇腹を突いたとされる槍だ。この槍を使った男がロンギヌスという名だったとされている。
(死んでなかったとしても槍で突いたらどのみち死ぬと思うが)
この文脈で聖槍を引き合いに出すのは結構不自然だと思う。
イエスの脇腹にはもともと穴はなかったため、「穴さえあれば」つまり穴ありきの文脈で使うものとして最初に聖槍を思い浮かべるかというと怪しい。
刺せるものなら何でもよかったとしても、彼は自分が戦う武器として剣を用いていたようだから、槍よりも剣の方が想起しやすかったのではないだろうか。
「救ってくれなかった」という神?への失望感と反発から、神の子イエス・キリストの致命傷になり得た聖槍を使ったという理解でも良いのかもしれないが、違和感が拭えない。
調べたところ、ドイツの南西にあるシュヴァルツヴァルト周辺には、「ロンギヌスの十字架」と呼ばれる変わった十字架があるそうだ。十字架に聖槍が添えられていることが特徴だ。
もしかすると青ひげはこの周辺で生活しており、他の地域の人と比べると聖槍が身近で想起しやすかったという可能性はあるかもしれない。
(ちなみにシュヴァルツヴァルトは地図の通りフランスとの国境に近く、『青ひげ』がフランスで先に広まっていた点という史実との整合性もとりやすい)
結論
先妻は青ひげからの愛情を得られないことを憂いていたようだが、実際には青ひげなりの愛はあったのではないだろうか。
だからこそ、浮気に対して我を忘れるほどの怒りを覚え殺害に至るが、その後は浮気を理由に先妻を魔女として断罪した側の人間に怒りの矛先を向けた。
ただそのように考えると、この惨劇は青ひげと先妻のコミュニケーションエラーが原因で起きたということになる。青ひげが先妻への愛を明瞭にかつ頻繁に伝えていたら、先妻は満ち足りて浮気に奔らなかったかもしれない。
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サムネイル:
フランスのブルトゥイユ城にある青ひげのマネキン
Château de Breteuil, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
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更新履歴
2024/06/01 初稿