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【SH考察:085】グリム童話との比較による『硝子の棺で眠る姫君』の特徴発見

Sound Horizonの楽曲のひとつ『硝子の棺で眠る姫君』は、日本でポピュラーなグリム童話『白雪姫』がモチーフであることは明白だ。
しかし、『白雪姫』の原作を読んでいる人は案外少ないのではないだろうか?ディズニーの物語や、児童向けに簡単な和訳に置き換えられたもので覚えていたり、またそもそも幼少期に読んで以来で細部の記憶がうろ覚えな人もいるだろう。

今回は原作と比較しながら、『硝子の棺で眠る姫君』の理解を深めていこうと思う。


対象

  • 7th Story Märchenより『硝子の棺で眠る姫君』

考察

雪白姫と白雪姫

『硝子の棺で眠る姫君』のモチーフ、元ネタは言わずもがな白雪姫だ。
日本ではグリム童話の中でもかなり有名な方に入る話だろう。

図:オットー・クーベル作『雪白姫』1930年
20世紀前半に活動したドイツ人画家の絵。
1920~1930年代に学校の壁画やポストカードとして配布された童話のイラストで有名。
出典:Otto Kubel, Public domain, via Wikimedia Commons

日本語では「白雪姫」と言うが、原題のドイツ語を直訳するなら「雪白姫」のほうが語順としては正しい。

方言のためにドイツ語の綴りが何パターンかあるのだが、原題のSneewittchenスネーヴィッチェン、方言のSchneewittchenシュネーヴィッチェンSchneeweißchenシュネーヴァイチェンなど、いずれも雪+白+ちゃん(雪のように白い子)という構成だ。
SneeスニーSchneeシュニーが雪、wittヴィッweißヴァイが白、chenチェンが「~ちゃん」と呼びかけるときにつける語だ。

『硝子の棺で眠る姫君』ではSneewittchenスネーヴィッチェンSchneewittchenシュネーヴィッチェンと発音しているように聞こえる。

雪白姫の容姿

真雪の肌は白く 黒檀の髪は黒く
血潮のように赤い唇 冬に望まれ産まれた私

Sound Horizon. (2010). 硝子の棺で眠る姫君 [Song]. On Märchen. KING RECORD.

姫の容姿についての比喩として使われている真雪の肌・黒檀の髪・血潮のような唇は、グリム童話でも実際に用いられている表現だ。

Es war einmal mitten im Winter, und die Schneeflocken雪の結晶 fielen wie Federn vom Himmel herab, da saß eine Königin an einem Fenster, das einen Rahmen von schwarzem Ebenholz黒檀 hatte, und nähte.
(むかしむかし、真冬の空から雪が羽のように舞い降りてくる頃、ある王妃が黒檀の枠のある窓辺で裁縫をしていた。)
Und wie sie so nähte und nach dem Schnee aufblickte, stach sie sich mit der Nadel in den Finger, und es fielen drei Tropfen Blut in den Schnee.
(そして雪を見上げながら縫っていると、針で指を刺し、3滴の血が雪の中に落ちた。)
Und weil das Rothe im weißen Schnee so schön aussah, dachte sie bei sich „hätt ich ein Kind so weiß wie Schnee雪のように白い, so roth wie Blut血のように赤い, und so schwarz wie das Holz木材(ここでは前に登場した黒檀のこと)のように黒い an dem Rahmen.
(その赤が白い雪の中でとても美しく見えたので、彼女はこう思った。「雪のように白く、血のように赤く窓枠の黒檀のように黒い子供が生まれたらいいのに」)

Brüder Grimm. (1857). Sneewittchen (1857). WIKISOURCE. https://de.wikisource.org/wiki/Sneewittchen_(1857)
※和訳は一例

王妃のインスピレーションの受け方が斬新。

ちなみに、黒檀は古くから木材として活用される木の総称で、エボニーとも呼ばれる。名前の通り黒っぽい色合いの木材だ。
ヨーロッパではなくアジアやアフリカで取れる木材であるため、それらの国との交易がある時代であることが読み取れる。

図:黒檀が使われている椅子
出典:Dpinpin, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

生母と継母

Und wie das Kind geboren war, starb die Königin.
(そして、子供が生まれたと同時に王妃が亡くなった。)

Brüder Grimm. (1857). Sneewittchen (1857). WIKISOURCE. https://de.wikisource.org/wiki/Sneewittchen_(1857)
※和訳は一例

グリム童話の第2版以降では、この斬新インスピレーション王妃は娘を出産した際に亡くなってしまう。一方初版では死んでおらず、引き続き生き延びる。
これにより、初版か否かで、その後姫に辛くあたる王妃が姫から見て実母か継母かという差異が生まれている。

『硝子の棺で眠る姫君』では、姫に嫉妬する王妃は継母だ。

柔らかな温もり 過ぎ去りし春の匂い
甘く切ない痛み遺して 生母ははは遠くへ逝ってしまった・・・・・・
(中略)
継母ままははは冷たく 亡母なきははの愛をおもいだし
独り抱きしめ虚像と踊る 月日を重ね娘に成った・・・・・・

Sound Horizon. (2010). 硝子の棺で眠る姫君 [Song]. On Märchen. KING RECORD.
※ルビは書き起こしのため誤差がある可能性あり

つまりこの点から、『硝子の棺で眠る姫君』はグリム童話の初版ではなく、第2版~第7版(決定版)の設定が採用されていることがわかる。
(そのため本記事で引用するグリム童話は第7版にしてある)

7の倍数の年齢による変化

『硝子の棺で眠る姫君』では雪白姫の年齢は明らかにされていない。しかしグリム童話では、継母より美しくなったときは7歳だったことが明示されている。

Sneewittchen aber wuchs heran, und wurde immer schöner, und als es sieben Jahr altななさい war, war es so schön, wie der klare Tag, und schöner als die Königin selbst.
(雪白姫は成長するにつれてますます美しくなり、7歳になったときには、晴れた日のように美しく、王妃よりも美しくなっていた。)

Brüder Grimm. (1857). Sneewittchen (1857). WIKISOURCE. https://de.wikisource.org/wiki/Sneewittchen_(1857)
※和訳は一例

18世紀頃、7歳、14歳は節目の年齢と考えられていた。グリム兄弟が初版を出す18年前、1794年に成立したプロイセン一般ライン法では、7歳までが保護されるべき子供、それ以降は14歳までは後見(サポート)を要する年齢ではあるが、保護されるべき子供とはみなされなくなっていた。

つまり雪白姫の設定としては、子供ではなくなるタイミングで、継母によって辛い試練が訪れたことになる。まるで大人になるための通過儀礼かのようだ。

『硝子の棺で眠る姫君』でも、姫の年齢は同様に7歳ととらえて良いのではないだろうか。
「娘にった」という表記にしてある点にその意図を感じる。「成る」は其れまでと異なる状態になることや、ある時期に至ることを意味する。保護がいる子供ではなくなるタイミング、転換期、節目が来たという意図ではないだろうか。

姫を殺す手段

ここから姫が森に逃げ、狩人に見逃してもらい、7人の小人の家に辿りつくところは大幅な差異はない。
強いて言うならば『硝子の棺で眠る姫君』では小人の持ち物などの設定がいくつか省略されているくらいだ。

継母は姫が生きていることに気づき、継母は姫を仕留めようと策を練る。
グリム童話では、毒林檎による殺害は3回目のチャレンジで、その前に2回殺害を試みていた。

  1. 腰紐を売るフリをして、紐で締めあげる

  2. 櫛を売るフリをして、毒を仕込んだ櫛で頭を突き刺す

そのたびに姫は策にハマるのだが、小人による発見が早かったことで助かった。
『硝子の棺で眠る姫君』ではここまで詳細には描かれていないが、設定は踏襲しているようだ。

寝起きも超すっきりな美少女、私の目覚めを待っていたのは、
可笑おかしな訛りを持った七人の愉快な小人達で、
その後、狡賢ずるがしこ継母ははの謀略により、幾度か死にかけたが、
その都度、奇跡的に復活し続けたのであった!

Sound Horizon. (2010). 硝子の棺で眠る姫君 [Song]. On Märchen. KING RECORD.

ストーリーコンサートでは、このセリフをしゃべっている間の演出に、先ほどの2つの未遂事件が取り入れられている様子が見られた。

7つ目の罪は蜜の味

既に2回殺されかけたので、姫は警戒心を持っていた。
が、林檎の誘惑に負けたのと、老婆(に扮した王妃)が自ら林檎の半分を食べたため信用してしまう。
この流れは原作を踏襲している。

„Fürchtest du dich vor Gift?“ sprach die Alte, „siehst du, da schneide ich den Apfel in zwei Theile; den rothen Backen iß du, den weißen will ich essen.“
(「毒が怖いのかい?」老婆は言った。「では林檎を二つに割って、私は白い方を食べよう。お前は赤い方をお食べ。」)
Der Apfel war aber so künstlich gemacht, daß der rothe Backen allein vergiftet war.
(しかしその林檎は作られたもので、赤い方にだけ毒が仕込まれていた。)
Sneewittchen lusterte den schönen Apfel an, und als es sah, daß die Bäurin davon aß, so konnte es nicht länger widerstehen, streckte die Hand hinaus und nahm die giftige Hälfte.
(雪白姫はその美しい林檎が気になって、老婆が食べているのを見ていたら我慢ができなくなり、手を伸ばして毒がある方の林檎半分を取って食べてしまった。)
Kaum aber hatte es einen Bissen davon im Mund, so fiel es todt zur Erde nieder.
(そして一口かじった途端に、彼女は地面に倒れて死んでしまった。)

Brüder Grimm. (1857). Sneewittchen (1857). WIKISOURCE. https://de.wikisource.org/wiki/Sneewittchen_(1857)
※和訳は一例

さぁ、真っ赤に熟れてる林檎Apfel/アプフェル。お前さんに1つあげよう、ほれ!
(中略)
そうとなりゃ、抱いてる疑惑Zweifel/ツヴァイフェル。この婆と2つに分けよう!
抗えない 誘ってる悪魔Teufel/トイフェル 7つめの罪は蜜の味
「いっただきまーす!…うっ!」

Sound Horizon. (2010). 硝子の棺で眠る姫君 [Song]. On Märchen. KING RECORD.
※一部書き起こしのため誤差がある可能性あり

『硝子の棺で眠る姫君』特有の表現としては「7つ目の罪」だろうか。これはあえて付け足された要素に感じる。

この曲でやり玉に挙げられた罪状は嫉妬だ。
これは主にカトリック教会で用いられている七つの大罪の概念に含まれる。

ただし七つの大罪は最初から七つの内容が固まっていたわけではなかった。
最初は八つだった上に嫉妬は含まれていなかった。

表:大罪とされる人間の欲望や感情の変遷
時代や著者によって訳語が微妙に揺れたり、七つの順番が定められていることがあるが、今回は順不同、訳は現代の大罪の代表的な訳に統一。

悲嘆と怠惰が入れ替わったり、最初にあった傲慢が一度消え、いつの間にか復活したりなどあるが、嫉妬は6世紀に新しく追加されて以来ずっと大罪扱いされている。
そのため新規追加という意味では、嫉妬は7番目に採用された罪と言えるのかもしれない。

かわいそうかもしれない王子

グリム童話の王子は、死体"だけ"しか目に入らない男というわけでもなさそうだ。
現に、姫が息を吹き返したことに喜び、生き返ったばかりの姫に求婚している。

„Ach Gott, wo bin ich?“ rief es.
(「ああ神様、ここはどこなの?」と雪白姫が言った。)
Der Königssohn sagte voll Freude „du bist bei mir,“
(「王子は嬉しそうに言った。「あなたは私の傍にいるのです」)
und erzählte was sich zugetragen hatte und sprach „ich habe dich lieber als alles auf der Welt; komm mit mir in meines Vaters Schloß, du sollst meine Gemahlin werden.“
(そして何が起こったのかを話したうえで、こう言った。「私はこの世界の何よりもあなたのことを愛しています。どうか父の城へ一緒に来てください。私の妻になってください」

Brüder Grimm. (1857). Sneewittchen (1857). WIKISOURCE. https://de.wikisource.org/wiki/Sneewittchen_(1857)
※和訳は一例

より現実的に考えるならば、そもそもこのような王侯貴族の男性が、愛という感情を重視して結婚相手を決めるというのは近代の価値観であることを念頭に置かねばならない。
中世の頃の王侯貴族にとっての結婚は、法律による権力と財力の強化手段だった。愛情は一切無視で、身分や家柄が釣り合う者同士が政略的に結婚することで、互いにメリットを生み出していた。

おそらくグリムはこの童話をまとめ上げるにあたり、この中世的な価値観を幾分か忍ばせている。
この後場面が姫と王子の結婚式になるが、二人の愛の誓いや幸せそうな描写、祝いの場の豪華さなどには一切触れられていない。そこにあるのは継母への復讐の描写ばかりだ。

「世界中の何よりも愛している」と言いつつ、愛の描写はそこにしかない。
彼にとっての姫は、死んだままなら愛玩具、生き返ったならそれはそれで政略的に利用価値のある者という価値観でもおかしくはない。

では、『硝子の棺で眠る姫君』の王子はどうかというと、死体愛好家というガッツリ特殊性癖の設定を付与されている。

なるほど。それで君は騙されたわけだね?
ならば、ある男の特殊な性癖を君の復讐に利用してみようか。
さあ、もうしばし、運命の相手は夢の世界で待つものさ。

Sound Horizon. (2010). 硝子の棺で眠る姫君 [Song]. On Märchen. KING RECORD.
※書き起こしのため誤差がある可能性あり

原作では死体"も"愛せるし死体以外にも価値を見出せる男だったが、死体"しか"愛せない男にされてしまった。ある意味一番かわいそうかもしれない。

ちなみに、拷問(というか処刑)として継母が焼けた靴を履かされる点は原作踏襲だ。

Und wie sie hineintrat, erkannte sie Sneewittchen, und vor Angst und Schrecken stand sie da und konnte sich nicht regen.
(継母は中に入ると、雪白姫に気づき、不安と恐ろしさでその場で立ちすくんで動けなくなった。)
Aber es waren schon eiserne Pantoffeln über Kohlenfeuer gestellt und wurden mit Zangen herein getragen und vor sie hingestellt.
(しかし鉄の靴はすでに炭火にくべられており、トングで運ばれて継母の前に置かれた。)
Da mußte sie in die rothglühenden Schuhe treten und so lange tanzen, bis sie todt zur Erde fiel.
(そして、彼女はその真っ赤に焼けた靴を履いて、地面に倒れ死ぬまで踊り続けなければならなかった。)

Brüder Grimm. (1857). Sneewittchen (1857). WIKISOURCE. https://de.wikisource.org/wiki/Sneewittchen_(1857)
※和訳は一例

結論

グリム童話の『雪白姫』と『硝子の棺で眠る姫君』を比較したうえでの後者の特徴として目立った点は大きく2点。

  • 7つ目の罪としての「嫉妬」の強調

  • 王子が死体しか愛せない点

前者はMärchenのストーリーや曲のモチーフとして良いとして、後者はただただ王子が不憫。

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参考文献:
野口 芳子(2016). 『グリム童話のメタファー 固定観念を覆す解釈』. 勁草書房

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他にもSound Horizonの楽曲考察記事を書いています。

𝕏(旧twitter):@lizrhythmliz

更新履歴

2024/04/06
 初稿
2024/04/24
 一部歌詞引用について「※ルビは書き起こしのため誤差がある可能性あり」の注釈追記

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