【SH考察:107】狼樂神社の鳥居の意味
Sound Horizonの絵馬に願ひを!では、狼樂神社の出現によって、霞がかかった幻想的な鳥居も登場する。
現実に目を向けると、鳥居にもかなりバリエーションがあることに気づく。狼樂神社の鳥居のデザインにはどのような意図があるのだろうか。
対象
7.5th or 8.5th Story 絵馬に願ひを!Full Edition
考察
そもそも鳥居とは何か
鳥居とは、神域と人の住む世界の境に置くことで、その区分けを明確にし、神域の入口を表すものだ。
狼樂神社の場合、神社の敷地内は常夜で四季が混在するという超特殊環境であるらしいため、鳥居はより明確に区分けの役割を果たしていただろう。
鳥居の各パーツには名前があり、たとえば鳥居のど真ん中、神社名を掲げるところは「額束」という。
絵馬に願ひを!であれば「狼樂神社」と書いてあるところだ。
額束
神社名などが書いてある扁額(神額)を掲げるところ。この後触れるが神明鳥居など額束がない鳥居もある。
笠木
最上部の横材。反り返っている場合、その反りを「反り増し」と言う。
島木
笠木の下につく横材。この後触れるが、神明系の鳥居では島木がなく笠木のみのものがある。
貫
島木より下にある横材。柱を貫いて横に飛び出ている場合もあれば、貫かず柱で止まる場合もある。
木鼻
貫の中でも柱の外側に突き抜けた部分。
楔
貫が抜けないようにしているもの。
柱
左右の縦材。例では柱一本につきひとつの木材か石材で作っているように見えるが、八坂神社の鳥居のように、上下2つの石を積み上げる形で作られている場合もある。
台輪
柱と島木の間に嵌っているパーツ。
藁座
柱の根元に巻くようについているパーツ。もとは名前の通り藁だったようだが、木や石などの素材も多くみられる。
台石
柱の基礎部分。
亀腹
台石が饅頭のようにぽっこり、ふっくらした形のもの。
これらの部位のうち、どれがあってどれがないか、ある場合どのような形かという特徴の組み合わせは多岐にわたるため、鳥居といってもその種類にはかなりバリエーションがある。
鳥居がなぜ生まれたのか、その由来は諸説あるようで確たるものはない。
日本神話を由来とする説もあれば、海外から伝えられたとする説もある。
したがって、この後さらに詳しく鳥居のデザインのバリエーションを追っていくものの、そのデザインがなぜそのデザインとして落ち着いたのかは不明だ。
つまり現実に存在する鳥居のデザインの由来が不明なのだから、そこから創作された狼樂神社の鳥居のデザイン自体に意味を見出すこともまた難しい。
そのため、デザインに意味を見出すのではなく、どのような神社に建っている鳥居に近いかという点から、狼樂神社の鳥居デザインがあのデザインになった意図を探ろうと思う。
神明系の鳥居と明神系の鳥居
鳥居は形のバリエーションが多いが、ざっくり大別すると神明系と明神系に分けられる。
神明鳥居はとてもシンプルで、柱・貫・笠木のみで構成されている。
明神鳥居は視覚効果を狙って装飾性が多岐にわたる。
両者ともに各部位の作りの差異でわかれており、例を挙げるとこのようになる。
どの神社にどの鳥居があるかは結構まばら。というのも、神社に鳥居を寄進(寄付、奉納)した人によってどの鳥居になるかが変わるため、ひとつの神社に複数種類の鳥居がある場合もあり得る。
この点からも、鳥居のデザインに強い意味が付与されていないことがうかがえる。
また鹿島鳥居が鹿島神社ではないところ、春日鳥居が春日神社ではないところにあるなどもありうるため、この系統の神社ではこの鳥居でなければならない!という確たる強い縛りが絶対的にあるというわけではなさそうだ。
狼樂神社の鳥居
狼樂神社の鳥居は明らかに明神系だ。笠木が直線ではなく反り返っていることが特徴的だ。
さらに突き詰めると、明神鳥居の中でもさらに稲荷鳥居に近い。
柱と島木の間に台輪がある(そのため台輪鳥居とも呼ばれる)。台輪は防腐効果を期待したものではないかという説がある。
狼樂神社の鳥居の他の特徴として、藁座の装飾性が高い点が挙げられる。このように装飾された藁座は現実ではなかなか見ない気がする。
陽葦火山神社のモデルの神社の鳥居
現実の鳥居と比較するにあたり、まずは狼樂神社……になる前の陽葦火山神社のモデルの日吉浅間神社の鳥居を見てみよう。
ちなみに日吉浅間神社の拝殿はこちら。絵馬に願ひを!に登場する写真と比べれば一目瞭然でモデルであることがわかる。
日吉浅間神社の鳥居はというと、確認できたものは神明鳥居だった。狼樂神社の鳥居とは似ても似つかないシンプルなデザインになっている。
陽葦白銀神社のモデルの神社の鳥居
続いて、狼樂大社になる前の陽葦白銀神社のモデルであろう銀鏡神社の鳥居を見てみる。これも写真を見ればモデルであることはすぐにわかる。
では鳥居はというと、載せられる写真がないため、写真が載っているサイトのリンクを置いておく。
写真で明神鳥居は確認できた。厳密に言うと、見分けにくいがもしかすると八幡か春日鳥居もあるかもしれない。どちらにせよ明神系だ。
ただどちらにせよ台輪がない。また藁座があるものとないものが混在している。
このように比較すると、モデルの神社はどちらも狼樂神社の鳥居のデザインとは差異がある。
雉子神社要素
絵馬に願ひを!の高速エンドロールを見ると、「雉子神社」という文字列が目に入る。何らかの形で制作に協力したのだろう。
雉子神社の鳥居を見てみると、これはこれで狼樂神社の鳥居に近い点がある。
直接載せられる写真が手元にないため、鳥居のデザインが確認できるサイトとインスタグラムの投稿を掲載する。
明神系で笠木の下に島木があり、柱の脚部に藁座もある。
そして額束に立派な神額が取り付けられている点も似ていると言えるだろう。
ただ台輪はないし、色が朱塗りではないという差異もある。
稲荷神社と関係はあるか
先ほど例で伏見稲荷大社の鳥居の写真を出したが、稲荷鳥居は確かに稲荷神社に設置されている。
稲荷神社は名前の通り稲荷神を祀っている神社だ。全国津々浦々にあるが、伏見稲荷大社が総本宮となっている。
しかし、伏見稲荷大社のたくさんある鳥居の全ての形が統一されているわけではない。
現に、先ほど例で出した大鳥居は稲荷鳥居だが、有名な大量に並んでいる鳥居、通称「千本鳥居」はそうではない。
そのため稲荷鳥居だからといって必ずしも稲荷神社と強い関係があるとは言い切れない。
実際、狼樂神社/大社は狛犬でも狐でもなく狼の像を置いているし、神社関係者/能楽関係者がつけている面も狼面だ。
(明らかに彼の面を模したであろう連動幸運券の賞品のお面が「狼面」とハッキリ書かれている)
稲荷らしさである狐を打ち消すように狼を全面に押し出していることからも、稲荷神社の特徴を表そうとはしてないように感じる。
結論
現実世界で鳥居のデザインは多岐にわたるが、そもそもそのデザインの成立過程と意味が不明瞭だ。そのため、狼樂神社の鳥居のデザインそのものに何か隠された意味がある可能性は低い。
ただし日吉浅間神社にある神明系の鳥居ではなく明神系の鳥居にしたこと、銀鏡神社や何らかの形で制作協力した雉子神社の鳥居とデザインは近くとも、色は朱塗りにしたことで、より視覚的に印象が強いデザインとなった。
おそらくこの視覚的なメリット、映像化するに相応しいという点が、狼樂神社の鳥居のデザイン決定の最大の理由ではないだろうか。
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参考文献:
米澤 貴紀(2021). 『神社の解剖図鑑』. エクスナレッジ
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更新履歴
2024/09/07 初稿