
【SH考察:112】アアアアアアアアアアアアアアアア...
Sound Horizonの『宵闇の唄』では、エリーゼが唐突に「あああ…」と呻く。それは16種類の漢字を羅列して表現されているのだが、よく見ると「ア」と読まない漢字が混ざっている。
今回はなぜ唐突に意味をなさない呻きを入れたのか、そして「ア」と読まない漢字を混ぜたのかを考えてみよう。
対象
7th Story Märchenより『宵闇の唄』
考察
錏痾蛙遭嗟有合或吾会在唖逢娃婀堊
この漢字の羅列は『宵闇の唄』でエリーゼが歌う部分に登場する。
愛シイ腕ニ抱カレテ目醒メタ… モリヘ至ル井戸ノ中デ…
私ハ殺意ヲ唄ウオ人形… イドヘ至ル森ノ中デ…
錏痾蛙遭嗟有合或吾会在唖逢娃婀堊… モリヘ至ル井戸ノ中デ…
宵闇ニ躍ル深紅ト漆黒ノ陰… イドヘ至ル森ノ中デ…
※ルビは書き起こしのため誤差がある可能性あり
16種類の漢字で「ア」を表現しているが普段見慣れない漢字も多い。
「錏痾蛙…」の前後は文意が通る歌詞にもかかわらず、「錏痾蛙…」でいきなり意味も脈絡もない呻き声のようなものになる。不気味だ。
対象関係にあるものとの類似性
16個の漢字を眺めると法則性が見える。
8番目「或」と9番目「吾」の間を境にして半分に折りたたむようなイメージをしてほしい。
1番目と16番目、2番目と15番目…と並べてみると、偏や旁など各漢字を構成するパーツに類似性がみられる。

グレー文字は本来「ア」と読まない漢字。
このことから、単に「ア」と読む(読みそう)な漢字をランダムに選択・配置したのではなく、ある程度類似性と対称性(及びその配置ができるという審美性)を追求したのだろうということが推察できる。
「ア」と読む漢字
公益財団法人日本漢字能力検定協会が運営する漢字ペディア曰く、「ア」と読む漢字は音訓不問・常用内外不問の場合80種類ある。
歌詞に使われた漢字はその中の16文字…と思いきや、「ア」と読まない漢字が2つ混ざっている。

赤文字は「ア」と読む箇所。グレー文字は常用外。
読みと意味は漢字ペディアを参照。
16文字中14文字は音訓どちらかで常用で「ア」と読む。しかし5番目「嗟」の読みに「ア」はなく訓で「ああ」と読む。また9番目「吾」は「ア」とも「ああ」とも読まない。
後者が「ア」と読まないぶん、前者が「ア」2つ分あることによって16個分の「ア」の読みを確保し帳尻を合わせてあるならば芸が細かい。
なぜ「ア」と読まない漢字を含んでいるのか
「唖」とペアの「嗟」、「或」とペアの「吾」は「ア」と読まないにもかかわらず採用されている。他の「ア」を読む漢字では駄目だったのだろうか。
どちらも口を共通点としてペアを作ってあるが、「ア」と読み口がつく漢字は他にもある。

読みは漢字ペディアを参照。
「唖」とペアにするなら口が偏になる漢字が良いだろう。しかし候補のうち唯一の口偏の漢字「哇」は、歌詞に登場する他の「ア」と読む漢字(蛙・娃)と旁が同じで見た目が似ており、16個全て並べた時の対象性や審美性が悪く見えそうだ。
また残りのうちいくつかは「ア」と読みはするものの常用外。漢字を見ても「ア」という読みを想起しにくい。
残った漢字は3つのみ。しかし「唖」「或」とあわせて計5つの中で、構造の類似性からはうまくペアが作れない。

強いて言うならば「浴」と「晤」は右下に口がつくという点で似ているかもしれないが、採用されなかった。
また口を含む漢字以外にもまだたくさん「ア」と読む漢字はある。前述のように常用外まで入れれば80種類の漢字から選べる。
しかしあえて「嗟」「吾」を入れたことから、この2文字を意図的に入れたかったのだろうと解釈できる。
「嗟」は恨み嘆くことを表す「怨嗟」に使うように、悲しみや嘆きの声を表す。そして「吾」は「吾輩」のように自分を指す。
つまり「嗟」と「吾」からは「私は恨み嘆いている」という意思表示とも受け取れるのかもしれない。
結論
エリーゼの「錏痾蛙遭嗟有合或吾会在唖逢娃婀堊」は一見「ア」と読む漢字のランダムな羅列に見える。
しかし実際には恨み嘆きの意味を持つ「嗟」と自分という意味を持つ「吾」は「ア」と読まず仲間外れだ。
そして、彼女はまさに恨みを唄う人形だ。
「復讐シヨウ」と 彼女が囁く その声色は 何処か懐かしく
(中略)
私ハ殺意ヲ唄ウオ人形… イドヘ至ル森ノ中デ…
つまり「錏痾蛙…」は単に「ア」と読む、もしくは読みそうな感じを羅列したのではなく、さりげなくエリーゼの自認にマッチする表現がなされていると言える。
―――
よろしければスキボタン(♡)タップ・コメント・シェアしていただけますと幸いです。
他にもSound Horizonの楽曲考察記事を書いています。
𝕏(旧twitter):@lizrhythmliz
更新履歴
2024/10/12 初稿