【SH考察:105】アルテミシアの断髪と死の関連性
Sound HorizonのMoiraで、アルテミシアは自らの死期を悟ったがその運命に抗わなかった。一方でNeinでは改竄・否定の影響を受けて突如心変わりして逃げ出し、生き延びた代わりにその髪を剣で斬られた。
この「髪を剣で斬られる」という事象は、ギリシャ神話における死の扱いとの関連性が強い。
今回はその点に関する情報を整理しようと思う。
対象
6th Story Moiraより『冥王 -Θανατος-』
9th Story Neinより『愛という名の咎』
考察
ギリシャ神話におけるタナトスが持つ武器
いったんMoiraの冥王たるタナトスではなく、現実世界に伝わるギリシャ神話のタナトスに注目しよう。
タナトスは死を神格化した存在で、つまり死そのものだ。そのためいろいろあってタナトスが鎖に繋がれてしまったときは突然人間が死ねなくなって混乱を招いた。
彼は剣や逆さまにした松明を持った姿で描かれることが多かった。
人間はその剣で髪を切られることで死ぬとされていたことと、松明の灯火がつかない状態と命の灯火が消えることと関連づけられたからだ。
いわゆる死神の大衆イメージ
タナトスからは離れて、一般的な死神の姿としてイメージされやすいものを考えると、大きな鎌を持った恐ろしい姿がメジャーな姿だと思う。
これは中世ヨーロッパで発達したイメージだ。
なぜ他の武器ではなく鎌を持つ姿で定着したのか、定説はないようだが、ギリシャ神話のクロノスにその起源の一端はあるかもしれないと言われている。
クロノス(Κρόνος)は農耕の神で、ゼウスの父親だ。
(発音が近い時間の神クロノスΧρόνοςもいるため注意)
クロノスは父ウラノスの性器を鎌で切り取ったり、子供に権力を奪われることを恐れて生まれたら即飲み込んでしまったりと、なかなかに恐ろしいエピソードが多い。
クロノスは母ガイアに、父ウラノスを去勢するよう迫られ鎌を渡された。
(この時点でだいぶ不穏だが、ウラノスがガイアの子をタルタロスという深淵に封じ込めたことが原因で、ガイアはウラノスに対し敵意を向けるようになっていた。しかしその復讐のために別の子クロノスを使うのはどうなのか…)
この鎌と死のイメージが後世に続いたのではないかという説だ。
冥王タナトスの鎌と髪を切られたアルテミシア
Moiraの冥王タナトスは、現代における死神の大衆イメージを踏襲しているようだ。
前述の通り、ギリシャ神話のタナトスの持ち物は鎌ではなく剣だったが、冥王タナトスはその背に大きな鎌を2つ背負っている。
ところで、Moiraでのアルテミシアの運命が改竄されたNeinの『愛という名の咎』で、突然心変わりした彼女の長髪が追っ手によって斬られている。
剣で髪を切られるという事象は、ギリシャ神話に照らし合わせるならば死を表す。
実際、アルテミシアは本来『死せる乙女その手には水月』のとおり、あの場で生贄として死ぬ運命だった。
このタイミングで髪を切られたという事象は、本来の運命である死との関連性を連想させる。
結論
ギリシャ神話では、死を司る神タナトスは鎌ではなく剣で人間の髪を斬ることで死をもたらしていた。死神と鎌のイメージは後世に関連付けられたものだ。
アルテミシアはMoiraでは生贄として斬り殺される運命で、本人はそれを受け入れたが、Neinでは突如心変わりして逃げ出した。そしてその際追っ手によって髪を剣で斬られている。
Neinは彼女の運命を否定し生き延びるよう無理矢理改竄しているが、本来彼女が死ぬはずだったことを、「髪を剣で切る」というメタファーで表したのではないだろうか。
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サムネイル:
ペトラルカの「死の勝利」の版画
Bartolomeo Crivellari; Gaetano Zompini., Public domain, via Wikimedia Commons
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更新履歴
2024/08/24 初稿
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