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【SH考察:019】ミシェル マールブランシェの生涯とその特殊性

Sound Horizonの考察で外せない人物、それがミシェル。
みんな大好き……というよりは、気配だけでも出てくると即不穏になる、そのような畏れ多い存在だと思う。
今回はこのミシェル・マールブランシェの生涯を追いながら、彼女のが持つ特殊能力の性質を探る。


対象

なんせ関連しそうな曲が多い。厳密には他にも関連曲はあるが、今回はより露骨にミシェルが出ているものをピックアップした。

  • 2nd Story Thanatosより『そこに在る風景』

  • Pico Magic Reloaded より『屋根裏の少女』

  • 3rd Story Lost またはPico Magic Reloaded より『檻の中の遊戯』

  • Pico Magic Reloaded より『檻の中の花』

  • 5th Story Roman 関連の『屋根裏物語』

考察

ミシェルの名前

今回の考察対象、彼女のフルネームはミシェル・マールブランシェ(Michèle Malebranche)。
フランス語の名前で、歌詞の中にもフランス語が多用されていることから、フランス人と断定して良さそうだ。
(もしかすると似て非なるフランドルかもしれないが)

名 :ミシェル(Michèle)
これは大天使ミカエルに由来する名。英語では男性名マイケルとして使われる例が多い。
ミシェルは女性名にも使われる実例が多いため、名前としてはさほど違和感はない。

ただ「ミカエル」の方に少し気になる点がある。
ミカエルとはヘブライ語で「誰が神に似ている者か?」という意味。
(そして、転じて「神に似ている者などいない」という反語としてとらえられることもある)

後に触れるが、ミシェルは「右手に神を、左手に悪魔を宿す」という何らかの力を得ている。
それをふまえると、このミカエルに由来する名を持つのは、彼女が神に似ていると言いたいのか、それともそれを否定したいのか、どちらともとらえることができる名で意味深だ。

苗字:マールブランシェ(Malebranche)
単に意味だけ見るとマール(男性)+ブランシェ(枝)。これまた特殊な感じはしない。

一応、同じ綴りをイタリア語で「マレブレンケ」と読むと、ダンテの著作である『新曲』に出てくる12人の悪魔の総称を意味する。
ただイタリアだし、ミシェルと言えば「13」だし、あまり関係なさそう。

殺戮の舞台女優としての経歴が始まるまで

彼女は犯罪史の表舞台に3度登場する。
それまで彼女がどのように暮らしていたのか、ヒントを拾っていく。

『屋根裏の少女』にヒントが多い。
彼女は薄暗い屋根裏に住んでおり、鎖につながれていた。最悪な養育環境に見える。

白いキャンパスと3色の絵の具だけが玩具で、それで毎日絵を描き続けた。
そこで「右手に神を、左手に悪魔を宿した」。
これは何かしら特殊能力をもったことが推察される。その能力が何かについては後の章で考えるとして、住環境について引き続き見ていく。

舞台となる屋根裏についての描写は『そこに在る風景』にも描写がある。

屋根裏 埃まみれの小部屋 古びた玩具おもちゃ
四色の闇 転がり落ちた玩具がんぐ 残酷な遊戯

Sound Horizon. (2002). そこに在る風景 [Song]. On Thanatos.

埃まみれであることは『屋根裏の少女』でも書かれている。
気になるのは「四色の闇」。絵具は3色だったため、1色多い。
これはミシェルの最初の事件で実父が死亡した際、

赤いキャンバスと 空になった絵の具・・・。

Sound Horizon. (2003). 屋根裏の少女 [Song]. On Pico Magic Reloaded.

が残されていることから、もともとあった3色は赤以外の色で、そこに赤(というか、実父ジョセフの血液)が加わって4色になったと推測。

まとめると、ミシェルは幼少期実父とともに住んでいたが、埃まみれの屋根裏部屋に鎖でつながれており、劣悪な環境だった。
そこで絵具で毎日絵を描いていたところ、「右手に神を、左手に悪魔を宿す」と称する何らかの力を得た、と言える。

初舞台「パパの幸せを描いてあげる。」 en 21 novermbre 1887

1887年11月21日、実父ジョセフの凄惨な変死事件が発生。
この時ミシェルに対して、年齢に対する殺害遂行能力に疑問の声が上がっていることから、ミシェルがまだ幼少期だったことは推測可能。

ただしミシェルの状態としては、

現実と幻想の境界を認識出来ていない
たぐいの言動を繰り返し、
行動にも尋常ならざる点が多々見受けられた・・・。

Sound Horizon. (2003). 檻の中の花 [Song]. On Pico Magic Reloaded.

とあることから、正常な精神状態ではなかった様子。

実父ジョセフが死ぬまでの流れとしては、まずジョセフがミシェルが何らかの特殊能力を得るという「異変」に気づく。
(ちなみに『屋根裏の少女』では、実父も「狂人」と表現されているので、親子ともども異常だった模様)
そこでミシェルが「パパの幸せ」を描いたところ、実父が出血する形で死亡したとみられる。

二度目の舞台「もう一度この手で彼女を・・・」 en 30 juillet 1895

1895年7月30日。初舞台から8年後。
初舞台時の年齢は不明だが、「少女」だったのでおよそ10歳以下とすると、この時点で18歳前後、ティーンエイジャーである。

これは養父アルマン・オリヴィエによる絞殺・死体遺棄未遂事件。
養父も養父で逮捕時点で半狂乱、その後完全に発狂している。

このとき絞殺されかけたのがミシェルのようだが、結果的に彼女は死んでいない。

早くしなければ また夜が明けてしまう
もう一度この手で彼女を・・・

Sound Horizon. (2003). 檻の中の遊戯 [Song]. On Pico Magic Reloaded.

とあり、どうも絞殺・死体遺棄未遂事件の「未遂」は絞殺・死体遺棄の両方が「未遂」だったようだ。
ただアルマンとしては何回か首を絞めたようで、それでもミシェルが死ななかったのは、一種の首絞めプレイ的に意識は失うor失いかけるが死ぬほどではない力加減だった(アルマンに力がなかった)のか?

三度目の舞台「少年の液体は仄甘く」 en 4 février 1903

1903年2月4日。二度目の舞台から8年後なので、20代半ば~後半程度のはず。
これは彼女自身が加害者で、ミシェルによる青少年連続拉致殺害事件と言われている。

ルーアン郊外の廃屋にて、ミシェルと13人の少年の腐乱死体が発見される。
老婆のように干からびたミシェルの死体の上に、13人の少年が折り重なっているという異様な状態である。

ちなみにルーアンはこのあたり。

パリから見ると北西の都市で、大聖堂が有名。

まず異様ポイントその1が、ミシェルが「老婆のように干からびている」という点。前述の通り、ミシェルはこのとき20代、とても老婆という年ではない。
「干からびた」の強調表現としての「老婆」であって、実際はちゃんと20代の肉体だったのかもしれないが、死亡時の見た目の印象と実年齢との差に違和感を覚える。

異常ポイントその2は、やはり13人もの少年が折り重なっている点だ。
この少年は誰で、どうして集められ、どうして折り重なったのか。ヒントはない。

ともかく、この時点でミシェルは一度明確に死亡が記録された。
ここまでが、記録にあるミシェルの生涯である。

ミシェルの特殊能力

ミシェルが幼少期に、「右手に神を、左手に悪魔を宿した」ことが何を表すか。
これはキャンパスに描いたものを具現化するといった超能力的なものと推測している。

白いキャンバスは 少女の世界
何処どこへでも行けたし 何でも手に入った

Sound Horizon. (2003). 屋根裏の少女 [Song]. On Pico Magic Reloaded.

ここの描写だけみると後者で、人間らしくも感じられるが、「パパの幸せ」を描いた結果実父は死亡している。
そのため、ミシェルは「パパの幸せ」と捉えた、何か凶悪な絵を描いた結果それが現実化し、実父が死んだのではないかと思われる。

この左右の対比構造は実際にヨーロッパでよく見られる。良きものを右に、悪しきものを左に配置する傾向はメジャーだ。
言語的に見ても、英語でもドイツ語でもフランス語でも「右」と「正しい」は同一の語彙になっていることから根強い価値観であることがうかがえる。

キリスト教でもこの価値観が浸透しており、イエス・キリストが磔刑に処される際、彼から見て右側には罪を懺悔した者(=最終的に善人になった者)、左側にはイエスを罵った者(=悪人)が並べて処されたと聖書に書かれている。

図:アンドレア・マンテーニャ作『磔刑』1456-1459年
十字架に磔になっている3人のうち、中央がイエス・キリスト。
彼の視点で右(我々から見て左)は戒心した盗人。
逆側のより肌色が悪い人がイエスを罵っている盗人。
出典:Andrea Mantegna, Public domain, via Wikimedia Commons

また、亡くなったイエスが世界の終焉の際に再降臨し、善悪をもとに人々を天国と地獄に振り分けるという「最後の審判」という世界観・概念がある。これを描いた有名なミケランジェロの『最後の審判』がわかりやすいが、中央のイエス・キリストの視点に立つと天国に行ける善人が右(我々から見て左)、地獄に堕ちる悪人が左(我々から見て右)に振り分けられている。

図:ミケランジェロ作『最後の審判』 1536年 - 1541年
中央で、再降臨したイエスが善悪をもとに死者を左右に振り分けている。
我々から見て右下(イエスから見ると左下)に川と小舟があるが、これは死者を地獄に送り届けるカロンの船。
出典:Michelangelo, Public domain, via Wikimedia Commons

この価値観に従ってミシェルの「右手に紙を、左手に悪魔を宿した」ことを見ると、ひとりの人物の中に善悪両方を宿していることになる。彼女に何らかの二面性があること、もしくは自己同一性が不確実なことの比喩だろうか。

「檻」とは何か?

自称天才犯罪心理学者M.Christopheクリストフ Jeanジャン-Jacquesジャック Saintサン-Laurentローランがこう述べている。

「彼女は、自らを閉じ込める狭い檻の中から
抜け出したかったのでしょうな・・・
それも極めて偏執的なまでに。

Sound Horizon. (2003). 檻の中の花 [Song]. On Pico Magic Reloaded.

この「檻」は物理的な、牢屋的な意味の檻ではなく、何かの比喩表現と思われる。
詳しくは別途こちらで考察しているが、人間が生まれてから死ぬまで、すなわち寿命や人生とは考えられないだろうか。

ミシェルが若さに執着、老いを気にしている様子は、『檻の中の花』で垣間見える。例えば、

Michèle/ミシェルの勘を甘くみないで 貴方monsieur/ムスィユーが愛してるのは
しなやかな若い肢体jeunesse corps/ジュネス コープ それは...『moi/モア』じゃない・・・

Sound Horizon. (2003). 檻の中の花 [Song]. On Pico Magic Reloaded.
※ルビは書き起こしのため誤差がある可能性あり

これは若いから愛されているのであって、若くなくなったら自分を愛さなくなるのでしょう?と言っているように聞こえる。

ただ、結局彼女は死んでいる。
2003年、つまりPico Magic Reloaded発売時点で、ミシェルの「死後」1世紀が経過している。ミシェルは三度目の舞台の後、2003年時点では表向きはまだ復活できていないことになっている。
(その後で見ると、西洋骨董💋屋根裏堂の店主とか若干怪しい存在はいるし、『屋根裏物語』で明らかにミシェルらしき女がイヴェールを産み出そうとしてたりするが……)

結論

ミシェルの特殊性や異常性は、「右手に神を、左手に悪魔を宿した」こと、その生涯で3回も犯罪史に絡むこと、死亡時の状況が異様であること。

彼女が再び登場する際には、生きているのか死んでいるのか、それとも輪廻転生の末全く別の姿になっているのか?
引き続き注視したい。

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参考文献:
中野京子(2024). 「カラー版 西洋絵画のお約束 謎を解く50のキーワード」. 中央公論新社

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他にもSound Horizonの楽曲考察記事を書いています。

更新履歴

2023/05/03
 初稿
2023/07/24
 「ミシェルの名前」内の「名 :ミシェル(Michèle)」に追記
2023/12/20
 歌詞表記を一部修正
2025/01/03
 「ミシェルの特殊能力」を加筆修正

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