【SH考察:097】アルテミシアとオリオンのLostした接点
Sound HorizonのMoiraの登場人物のアルテミシアとオリオンは、ギリシャ神話のアルテミスとオリオンにちなむ人物に見える。
しかしこの二人、神話ではオリオンの死に絡むほど密接な接点を持っているにもかかわらず、Moiraでは妙に接点が少なすぎる。
今回は神話と比較しながら、二人の接点について考えてみた。
対象
3rd Story Lostより『恋人を射ち堕とした日』
6th Story Moira 特にアルテミシアかオリオンが登場する曲
考察
ギリシャ神話のアルテミスとオリオン
今回ギリシャ神話の中で注目したい存在はアルテミスとオリオンだ。この二人とMoiraのアルテミシアとオリオンを比較するにあたり、まずはギリシャ神話のほうの二人について知ろう。
アルテミス
狩猟の女神で、金の弓矢を持つとされる(美称に「Χρυσελακάτος/金の矢そそぐ君」というものがある)。ちなみに古代ギリシャで弓矢は武器と言うよりは狩猟の道具としてみなされていた。
(人間が戦いで使うのは槍と剣と盾がメイン)
アポロンの双子の姉で、両親はどちらも神(父ゼウス母レト)。背が高く金髪で若い容姿をしている。
お転婆なところがあり、一生処女でいることを望み、最高神ゼウスに大量のおねだりをしてギリシャの山々や金の弓矢を手に入れ、野山を駈け廻って狩猟を楽しんでいた。
月の女神と認識されることも多いが、それは後付け設定。双子のアポロンが後付けで太陽神扱いされたため、対にするために月の女神設定が付与されたのだろう。
オリオン
とにかくガタイの良い、というか巨大な狩人の男。出自については諸説あるものの、一応人間扱い。死んだ後星座(オリオン座)になったとされる。
彼の死因については諸説あるが、大まかに2種類にわけることができる。
毒蠍に刺された説とアルテミスに射殺された説だ。
前者の毒蠍に刺された説は(この毒蠍がどこから来たかもまた諸説あるのだが)傲慢で野蛮なオリオンに怒った女神が送り込んだ蠍に刺された死んだというものだ。
この蠍が星座の蠍座になった、という逸話が比較的有名だろうか。
後者のアルテミスに射殺された説は、オリオンがアルテミスに身の程知らずな勝負を挑んだからとか、別の女神といちゃついていることにアルテミスが怒ったからとか、オリオンとアルテミスの交際を認めたくないアポロンの策略で、オリオンを視認できなかったアルテミスが誤って射貫いたなどがある。
アルテミシアのアルテミスっぽさ
Moiraのアルテミシアは名前からわかるとおり、アルテミスの要素を感じる。具体的には下記3点から感じる。
名前がほぼそのまま
野山を駈け廻るお転婆な女
後から月(の概念)を得る
1. 名前がほぼそのまま
Αρτεμισιαという名前はΑρτεμιςに由来する名だ。
古代ギリシャでは名詞の末尾が活用する関係で、女性の名前の末尾はaで終わるものが多かった。
2. 野山を駈け廻るお転婆な女
アルテミスは前述の通り、お転婆な女神として描かれる。色恋沙汰に興味がなく処女神でい続けることを望み、狩猟ができる山を欲した。
アルテミシアも幼少期は野山を駈け廻っており、お転婆と呼ばれている。
3. 後から月(の概念)を得る
アルテミスはもともと月の女神ではなく、狩猟の女神だった。
しかし双子のアポロンがもともと光明の神だったものの太陽神ヘリオスと混同されたことと同様に、アルテミスもまた月の女神セレネと混同されるようになった。
つまりアルテミスの月の権能はもとからあったものではなく、後付けされたものだ。
アルテミシアは幼い頃から水面の月に興味を示していた。死後でさえも月の美しさに言及している。
実際に月を手に入れたのは、彼女が斬り殺され水面に倒れ込み、その手の中の水に月が映り込んだときだった。
もともと手の内になかった月(の概念)を後々に手に入れるという点、月に対して明らかに意識している点はアルテミスを想起させる。
オリオンのオリオンっぽさ
名前がそのままである点からあからさまだが、Moiraのオリオンは下記3点から明らかに神話のオリオンを参照していることがわかる。
名前がそのまま
弓術を得意とする
蠍が死因になる
1. 名前がそのまま
Moiraで彼の名の綴りまではわからないが、「オリオン」と発音されていることは確かであるため、彼の名は明らかにオリオンだ。
2. 弓術を得意とする
ギリシャ神話のオリオンは野蛮な狩人で、この世の動物を全て狩る勢いで動物を狩っていた。
(弓術もうまかったようだが、ライオンを殴り殺したりもしているのでなくても何とかなっていた気もする)
Moiraのオリオンは幼少期の時点で、弓術で追っ手を追い払える程度のスキルを身につけている。そして大人になってからは武術大会で優勝し、弓の名手として名を馳せている。
3. 蠍が死因になる
前述の通り、ギリシャ神話のオリオンの死因のひとつには蠍がある。
Moiraのオリオンの死はあっさりナレーションで語られるのみだが、スコルピオス(綴りはおそらくΣκορπιός、ギリシャ語の蠍そのまま)に殺されている。
アルテミシアとオリオンに不自然なまでに接点がない
ここまでの情報から、アルテミシアとオリオンは明らかにギリシャ神話のアルテミスとオリオンから特徴を引用している。
となると、Moiraのアルテミシアとオリオンには接点があってしかるべきだ。
神話のアルテミスとオリオンの関係には諸説あり、オリオンの野蛮さをアルテミスが嫌って蠍を送り込むほどだったとする場合もあれば、狩猟をする者同士意気投合して恋仲になったとする場合もある。
ただ嫌うにせよ恋仲になるにせよ、互いを認知し理解した上で発生する強い感情で、それを生み出すに値する何らかの強い接点があるはずだ。
これをふまえてみてみると、Moiraのアルテミシアとオリオンの接点は意外なまでに少なすぎる。
まず幼少期、イリオンで奴隷として働かされていたオリオンは、エレフセウスとアルテミシアにシレッと合流し、弓矢で追手を追い払いながら逃げ出す。
このとき一応アルテミシアとは顔を合わせているが、直後に嵐に見舞われて離れ離れになっている。よって幼少期に仲を深められたとは考えにくい。
大人になってからの二人は、物理的にはそこまで遠い距離にいたとは思えない。
アルテミシアがいた星女神の神殿はアナトリアにある。
オリオンはアナトリアの武術大会で名を馳せていたし、アルテミシアの死後に星女神がオリオンを利用したということは、彼は星女神の影響が及ぶ範囲(神域)に出入りしていたはずだ。
つまりアルテミシアとオリオンはむしろ大人になってからのほうがたくさん接点があってもおかしくないような環境だったはず。しかし実際には接点があった描写が全くない。
アルテミスの名を冠するアルテミシアとオリオンの間で接点がないのは違和感があるのではないだろうか。
Lostした二人の接点
ここで仮説として考えたい話がある。
やはり二人の間に接点がないことは不自然であり、したがって本当は接点があるはずだったのではないだろうか。
Moiraのプロット段階では接点があったがやむなく削られたという可能性も否めないが、もとからMoiraの本編に含む予定はなく、いわばifの世界線のような形で二人の接点は昇華させたのではないだろうか。
そしてそれがLostの『恋人を射ち堕とした日』の話ではないだろうか。
(もしMoiraに含める予定があるならば、Lostという別の地平線に含むのは奇妙に感じるため、個人的には後者のもとから含む予定がなかった説のほうを推している)
ギリシャ神話でのオリオンとアルテミスの逸話と『恋人を射ち堕とした日』には類似点がある。
女性が恋人の男性を射貫いて殺す
男性は魔物(not人間・神)に致命傷になり得る傷を負わされている
厳密に言えば神話のオリオンは蠍、『恋人を射ち堕とした日』の男は魔物に襲われたという差はあるし、アルテミスが持っていた弓が金色とされるため、どちらかというとアポロンっぽい銀色の矢を登場させた点も気にはなる。
ただそれをふまえても類似性は否めないだろう。
ちなみに『恋人を射ち堕とした日』はLostの後、Pico MagicとElysion-楽園への前奏曲-にも収録された。特にElysion-楽園への前奏曲-はメジャーデビュー後で入手しやすく、『恋人を射ち堕とした日』のことを認知した状態でMoiraも聴くことは容易だ。
結論
Moiraのオリオンは弓術と死因からして明らかにギリシャ神話のオリオンをモデルにしているはずだ。
ということは、アルテミシアはオリオンの死因として蠍と同じくらいよく語られるアルテミスが由来である可能性が高そうだが、なぜかアルテミシアとオリオンの接点が妙に少ない。
そこで仮説として、二人はMoira本編でこそ接点がないが、接点を持ってもおかしくはない存在でもしかしたらありえたかもしれない展開、本編から"喪失"した話として『恋人を射ち堕とした日』があるのではないだろうか。
なお、アルテミシアは成長するにつれてどんどんアルテミスっぽさがなくなっている。お転婆さは見られなくなり、衣服の丈が長くなっている。
(アルテミスは父ゼウスに、狩猟がしやすいようにミニスカートをねだった。実際アルテミスの彫像や絵画ではミニスカートで描かれることが多い)
オリオンとの接点のなさにも通じるが、アルテミシアは名前(と幼少期の設定)こそギリシャ神話からインスピレーションを受けたかもしれないが、その後の彼女の人生は彼女のオリジナルのものだと言える。
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サムネイル:
ギヨーム・セイニャク作『狩りの女神ディアナ』
ローマ神話のディアナはギリシャ神話のアルテミスに対応する
Guillaume Seignac, Public domain, via Wikimedia Commons
参考文献:
藤村 シシン(2015).『古代ギリシャのリアル』. 実業之日本社
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𝕏(旧twitter):@lizrhythmliz
更新履歴
2024/06/29 初稿
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