【SH考察:050】イドルフリート・エーレンベルクは何者か?
Sound Horizonの作中登場人物の中で、発売されている音源の中では情報が少ないが、ライブでは存在感があるという変わった人物、それがイドルフリート・エーレンベルク。
彼がどんな人物なのか、情報を繋ぎ合わせて考えてみた。
対象
1st Renewal Story Chronicle 2ndより『蒼と白の境界線』『碧い眼の海賊』
7th Story Märchenより『硝子の棺で眠る姫君』『生と死を別つ境界の古井戸』
音源未発売曲『海を渡った征服者達』『T・N・G』
考察
Idolfried Ehrenberg
サンホラの中でも珍しい、発売されている曲以外の箇所に情報が多い登場人物だ。
最初に名前が登場したのはMärchenの発売前、参加メンバーが発表された際に登場。しかしすぐにMärchen von Friedhofに差し替わってしまった。
彼の情報を深堀するにあたり、まずは名前の意味から見てみる。
名:Idolfried
idolとfriedで分けるとそれぞれドイツ語の単語として意味があり、idolは「偶像」。英語のidolと同じ。friedは「平和」。
あわせると平和の象徴的なイメージだろうか?
姓:Ehrenberg
これはドイツ人姓。まぁ普通にある姓だ。
名も姓もドイツ語なので、まず間違いなく彼はドイツ人。
(サンホラの世界でいうならばプロイツェン人なのだろうが、毎度言い換えるのも面倒なので、今回は原則現実の国名で表す)
生きている時代は『硝子の棺で眠る姫君』に紛れていた内容で推定可能。
このコルテスとはエルナン・コルテスのことだろう。
実在したスペイン人のコンキスタドールで、アステカ帝国を滅ぼしたことで有名だ。
コルテスとコンキスタドールについてはこの後触れるが、コルテスと一緒にいると考えられているということは、イドルフリードもコルテスと同様、大西洋やカリブ海(メキシコの東側)を航海しているのだろうと思われる。
海を渡った征服者達
Conquistadorとはスペイン語で征服者の意味。
スペインによるアメリカ大陸征服に関わった者、アメリカ大陸からみた侵略者をそう呼ぶ。
(コンキスタドールの複数形がコンキスタドーレス)
コルテスはコンキスタドールの代表格として名が知られており、『海を渡った征服者達』にも登場する。
彼は1504~1540年にかけて、スペインとアメリカ大陸を何度か往復している。
イドルフリートが同船していたのはその間だろうと思われる。
「新大陸」探しでなぜ紅海に…?
彼の航海範囲は大西洋に留まらない。
『T・N・G』はライブでのみ公開、音源がなく、またここ10年以上?、まったく登場していないもはや幻の曲だが、イドルフリートのために作られたらしい曲だ。
紅海とはアラビア半島の西側の細い海域だ。
紅海への到達ルートは東の太平洋側・アジア側から西向きに入っていくしかない。
現代では地中海からスエズ運河を通っても入れるが、スエズ運河が開通したのは1869年なので、イドルフリートが生きていた時代にはまだ通れない。
それに、「広がる海原 島影一つない」ということから、地中海のような比較的狭い範囲ではなく、太平洋を彷徨っていたと考える方が自然だろう。
彼はもともと紅海に来る気はなかったのだろう。
明らかに遭難の末になぜか着いてしまった、という感じだ。
ただこれも妙な話で、新大陸を探しているならばヨーロッパから西向きに進んで北か南のアメリカ大陸のどこかにつくはず。
当時の「新大陸」はアメリカ大陸のことで、ヨーロッパからみて東側にアジアが広がっていることやアフリカの存在は既に知られていたからだ。
そのアメリカを超えて太平洋に出てさらに「新大陸」を探すというのは奇妙に感じる。
ヨーロッパを出て西回りに世界を回ってヨーロッパに戻る、という航海ルートは、現実の1519年発のマゼランの艦隊が部分的には近い。
しかし彼の目的は新大陸発見ではなく、貴重な香辛料の入手ルートとして、西回りのルートを開拓しようとしていたのだ。
イドルフリートの「新大陸」を探すという目的と、結果的にではあるが太平洋を横断してしまうという行為がチグハグで不思議だ。
イドルフリートは他で登場しているか
イドルフリートに関しては、航海士であることとMärchenに乱入していることから、以下2つどちらかに関連していることが仮説として考えることはできる。
イドルフリートは『生と死を別つ境界の古井戸』に登場する、舟乗りだが井戸に落ちた死んだらしい父親である説
イドルフリートはChronicle 2ndに登場する、船乗りで碧石の首飾りを持っていた、アニエスの父親である説
どちらもしばしば聞いたことがある説だ。
実際どれくらい成り立ちそうか、時代や舞台背景も考えつつ考察してみる。
1. イドルフリートは井戸に落ちた娘の父親か?
比較的よりよく見聞きする説として、イドルフリードが『生と死を別つ境界の古井戸』の主人公の娘(以降、便宜上井戸子と呼ぶ)の父親ではないか?というものがある。
その可能性はあるのだろうか。
井戸子は父親についてこのように述べている。
ただ生きている時代と、「舟」乗りであることが気になる。
イドルフリートの生きていたであろう時代はコルテスの時代なので、前述のとおり、1500年代頭であることがほぼ確定する。
だが井戸子の方は、私にはもっと前の時代なように感じられる。
これは他の記事でも何回か言及しているため繰り返しになるが、『生と死を別つ境界の古井戸』の解釈の一説として、ペストの感染拡大を暗喩しているのではないかというものがある。
曲の最後にネズミが駆け回る声と音がし、コンサートではそれが視覚的にも強調されていた。
ペストはもともとネズミの病気で、ノミを媒介して人に感染したと言われる。(近年異論もあるようだが)
怠惰な妹が瀝青塗れ、つまり体が黒くなるというのは、ペスト感染の症状で体が壊死し黒ずんでいく様子を例えたのではないか、という説だ。
この説の場合、ペスト大流行期は1348~1352年頃。
コルテスが活動していた時期から150年ほど前になってしまう。
よって、イドルフリートがこの井戸子の父親であり、井戸で死んだというのは時系列的に成り立たないのだ。
コルテスの名が出ている以上、イドルフリードの生きた年代は揺るぎそうにない。
もし親子説を支持するなら、娘の方が1500年代に生きていることを検討しなければならないが、裏付けられるような情報がない。
また、船乗りではなく舟乗りと表現している点も気がかりだ。
「ふなのり」と表す時に舟の方を使うのは結構珍しい。意図的だろう。
舟は船と比べると、より小型で動力がないものを指す時に使われやすい。
イメージとしては手漕ぎボートやカヌーだ。
コンキスタドールが乗るような船は大型と言っていいだろう。
大陸間の移動をするのだから、大勢が何日も海上で生きていけるような備品や食料を乗せる。
この時代使われていた船はキャラック船というもので、こんな見た目をしている。
もし井戸子の父親がコンキスタドールならば船乗りであって、舟乗りのイメージとは合わないのだ。
ちなみに容姿においては、二人とも金髪と言う点では共通点があるが、サンホラの世界は親子や兄弟でも髪色が違うことがあるので何とも言えない。
(Moiraで実のきょうだいのレオンティウスとエレフセウスは髪色が違うし、母イサドラとレオン・エレフ・ミーシャの髪色も合わない)
2. イドルフリートはアニエスの父親か?
海に関係する娘で名前が判明している者といえば、アニエス。
彼女は海で遭難していたところ、海賊レティ―シアに拾われた。
行方不明の船乗りの父親がいるが、その父親がレティ―シアに碧石の首飾りを渡していたことで存命であることがわかる。
行方不明の父親がイドルフリートである可能性はあるだろうか。
これは無くもないが、決定打はなく妄想の域を出ない。
なぜならAgnésという名はフランス語の名前だからだ。
イドルフリートがフランス人の女性との間に子をもうけて、その子にフランス語の名をつけているとすれば無くもないが、彼が碧石の首飾りを持っている(持っていた)描写は無い。
それに、アニエスが地中海で遭難した(=地中海で父親を捜していた)ということは、父親の航海範囲が地中海だったということになる。
イドルフリートとは航海している海域が異なる。
ただイドルフリートは大西洋やカリブ海を航海しているが、なぜか紅海にも到達しているので、彼の航海範囲は結構曖昧な点もあるが……。
ちなみにアニエスが井戸子である可能性はかなり低い。なぜなら前述の通り、Agnésという名はフランス語の名前だからだ。
井戸子はドイツ語の単語を頻発しているし、そもそもMärchenはドイツが舞台だし、どう考えてもドイツ人だ。
(細かいことを言うならば親は国際結婚かもしれないが、少なくとも井戸子の生活はドイツが基盤のはず)
(ついでに、Laetitiaも名前の綴りと発音からしてフランス人っぽい。地中海のことはmediterraneanと英語で表しているが…)
結論
結局のところ、イドルフリートが何者か、あまり目新しい情報は得られなかった。どうも情報が発散している感じがしてまとまらない。
わかっていることを整理すると、下記だ。
ほぼ確でドイツ人
航海士
1500年代初頭(コルテスと同時期)に活躍
大西洋を航海しているはず
なぜか新大陸を探す過程で紅海にまで到達してしまう
井戸子やアニエスと親子関係である可能性は低そう
コンキスタドールが活躍し、その後大航海時代として名を馳せる時代はスペインやポルトガルが競っており、ドイツ(神聖ローマ帝国)は影が薄い。
まあこの頃のスペイン王と神聖ローマ帝国皇帝は同一人物なので、ドイツ側で有能な人物がヘッドハンティングされてスペイン船で活躍したのかもしれないが。
彼に関しては発売されている音源や映像での情報が極めて少ない。今後新たな情報が出るかも未知数だ。
何処かでまた会えるといいのだが。
というか『海を渡った征服者達』と『T・N・G』音源化してくれ。
―――
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他にもSound Horizonの楽曲考察記事を書いています。
更新履歴
2023/08/18
初稿
2024/04/24
一部歌詞引用について「※ルビは書き起こしのため誤差がある可能性あり」の注釈追記