
【SH考察:043】二人存在する那美と二人存在するかわからない那岐
Sound Horizonの絵馬に願ひを!で、子供に関して悩み辛い思いする二組の夫婦。伊咲夫婦と伊坂夫婦。
このうち妻の那美は明らかに別人だが、夫の那岐は曖昧だ。
なぜそう言えるのかと、もし那岐が一人だけだったと仮定して説明がつくのかを検証した。
対象
7.5th or 8.5th Story 絵馬に願ひを!Full Edition
考察
区別されている那美とされていない那岐
この記事では見分けやすくするため、以降は伊咲 那美を神社那美、伊坂 那美を大社那美と表現する。
神社那美と大社那美は明確に別人だ。
ジャケットイラストで顔こそ似ているが、固有フォントは異なるし、何より演者が異なる。

それに対して、那岐は怪しい。
那美が上記の通り徹底的に別人として区別されているのに対して、伊咲 那岐と伊坂 那岐はその違いがとても曖昧だ。

演者もフォントも同じ。
ジャケット絵でこそ別々に描かれているものの、顔はそっくりで、違いは多少髭の具合や疲れ顔かどうか、ジャージの色の違いくらい。
曲中シルエットでは正直判別しきれない。
絵馬に願ひを!の演出を見ると、明らかに登場人物によってフォントを使い分けて、逆を言えばフォントで誰を示しているのかわかるようになっている。
(何か所かミスっぽいものが発見されているものの、概ね一人の登場人物に対してはずっと同一のフォントが使われている)
那美がそれぞれ別フォント、別の演者をあてがわれていることと比べると、那岐の曖昧さは、二人の那岐が明確に別人と言い切るのをためらわせる。
那岐が一人である可能性はあるのか?
仮に那岐が一人しかいないとすると、神社那美を愛する場合と、大社那美を愛する場合で運命が分岐していることになる。
そして、彼の姓が変わっている点にも留意する必要がある。
ここで着目したいのが、愛する相手が神社那美の場合、ふたりは内縁関係になっている。
もし、神が1000人殺すなら、
1500人産めば良いさ!
――と《内縁の夫》は笑った
※ルビは書き起こしのため誤差がある可能性あり
「出産はまだか?」と――
↑
少子化をどうするのか?という圧力
《内縁の妻も含め多数の女性を斬りつける》
※ルビは書き起こしのため誤差がある可能性あり
つまり婚姻届けを出していないが、事実上夫婦同然に生活しているということだ。
それに対し、伊坂のほうは内縁であることがどこにも明言されていない。
大社那美が「夫」を表現している箇所は下記。
子宝祈願
お腹の子を再び産むことが出来ますように。何卒お力添えをお願い致します。(中略)本日、反対するであろう夫には内緒で参りました。
八雲県杉浦市[個人情報の保護だわをををををん!] 伊坂 那美
《熱血指導の体育教師》は厳しく
躾を強いたが
(中略)
《伊坂那岐》は欺いて
狂言の終日
咎で括った
※ルビは書き起こしのため誤差がある可能性あり
伊坂 那岐が妻を表現している箇所は下記。
《伊坂...もとい、
些か思い込みの激しい幸福な妊婦》は
取らぬ狸の皮算用で
豪邸を建てんばかりの
勢いだった(笑)
※ルビは書き起こしのため誤差がある可能性あり
これは「婚姻関係にある夫」という表現は、内縁が比較対象にある場合初めて用いられる表現であり、通常の会話では普通に「夫」と表現するため、わざわざ婚姻していることが明言されていなくてもおかしくない。
このことから、神社那美を愛する場合は内縁関係で、大社那美を愛する場合は婚姻届けを出して法的に結婚しているという違いがあると考えることができる。
これにより、那岐の姓が違う理由も説明できる。
彼のもとの姓が伊咲で、結婚した際に妻の伊坂姓を選択したとすればおかしくない。
以上の点から、二人いるように見える那岐が、実は同一人物でである可能性はあり得るように思う。
もちろん同一時系列ではなく、二人の那美のうちどちらを愛したかで運命が変わったという仮説のもとに、だ。
伊咲夫婦はなぜ内縁なのか?
現実においても、内縁関係を選ぶか婚姻届けを出すかは各カップルの自由。
そのため良し悪しをとやかく言う気は一切ない。
ただ、この絵馬に願ひを!が明らかに日本神話をモチーフにしている点をふまえると、伊咲夫婦は婚姻届けを出さなかったのではなく、出せなかったために内縁関係にならざるを得なかった可能性が捨てきれない。
日本神話における男神の伊邪那岐と女神の伊邪那美は対偶神、つまり二柱で対になってワンペア、みたいな扱いの神だ。
(ちなみに神を数える単位は一柱、二柱というように「柱」)
この二柱は対偶神であることはわかるが、伊邪那美が妻なのか、妻であり妹なのか、妹なのか、ただの二人組の女の方というだけなのかが定かではない。
次に伊耶那岐神。次に妹伊耶那美神。
(次に伊耶那岐神、次に妹伊耶那美神。)
上の件の、国之常立神より以下、伊耶那美神より以前、并せて神世七代と称ふ。
(以上の、国之常立神以降、伊耶那美神までを併せて神世七代という。)
[上の二柱の独神は各一代と云ふ。次に双へる十神は各二神を合せて一代と云ふ也。]
(先の二柱の独神はそれぞれ一代という。次の対として出現した神はそれぞれ二神を合わせて一代という。)
※訓読文、()内が現代語訳
この「妹」が悩ましい。
現代と同じ「年下の姉妹」の意味もあれば、「妻、恋人」の意味もあるからだ。さらに、関係性を考慮せず単に「男女いるうちの女の方」という意味もあるらしい。
そのため、夫婦かもしれないし、兄妹かもしれないし、ただ事務的にペアにさせられた男女かもしれない。
これをふまえ、神格つまり神としての力を失い、ただの人として存在させられた伊咲夫婦に、二人の関係性は残されたとしよう。
もしその関係性が兄妹として反映されてしまったら。
そして、それでも二人の間に子を生したいと思うような愛情を互いが持っていたら。
秋津国が日本と似た法整備がされていたら、二人は結婚できない。血縁を隠して、内縁で夫婦として振る舞うしかない。
なぜ伊咲 那美は伊坂 那美を恨むのか?
神社那美は大社那美を認知している上に、恨んでいる。
そのことは、演出的にはコンサートの方がわかりやすかったが、作中で比較的わかりやすいところは2か所。
まず1か所。『夜の《罪咎》が見せた夢』で、大社那美が稀に死亡するパターンがある。
石段を駈け上がるところで、いきなり炎に包まれて死ぬ。
その際、神社那美の「許さない」という低い声が聞こえる。
次に2か所目。これはコンサートの方が明らかにわかりやすかったが、『希望の詩』で子供の聴覚障碍が発覚した時に、神社那美が高笑いをしている。
告げられた検査結果に
目の前が暗くなる
《聴力測定可能限界値逸脱》
下の子の世界には 音が無かった・・・・・・
※ルビは書き起こしのため誤差がある可能性あり
この直後あたり。
明らかに神社那美が、他人の不幸を嘲笑っている感じの笑い方をしている。
これはなぜか。
あくまで仮説だが、愛する那岐が大社那美のものになってしまったからではないか。
神社那美の視点で、大社那美が那岐を"奪った"女であるとすれば、「許さない」と言って放火するというのは筋が通るように思う。
また大社那美が不幸に見舞われたら、それはそれで喜ぶのもわかる気がする。
結論
神社那美と大社那美が別人で、那岐と愛し合うのがどちらになるのかによって運命が分岐している…という可能性、一応説明ができそうだったがいかがだろうか。
大前提、神社那美が本当に那岐と兄妹だったら法的にも倫理的にもアウト。
(秋津国の法律は知らないが、まぁアウトだろう)
どうにか、どちらの那美も同時に幸せになれる選択肢があれば良いのだが。
天啓の鈴を8回鳴らした後の結末も、那岐がいる前提のものだった。それはこの仮説のもとでは、同時には両立しない。
どうにか両方の那美が、那美自身が納得する形での幸せを得られれば良いのだが……。
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さざれ様(𝕏アカウント @sazozo0)
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他にもSound Horizonの楽曲考察記事を書いています。
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更新履歴
2023/07/26
初稿
2024/04/24
一部歌詞引用について「※ルビは書き起こしのため誤差がある可能性あり」の注釈追記