野球少年と妻の話 ~ショートストーリー
小学4年生になったばかりの10才から野球を初めて、地元の高校を卒業する18才まで続けた野球少年が先月成人になった。
今思えば、それを支えた私の妻は大変な苦労をしたと思う。野球は父兄が、試合の度に車を出したり、コーチや監督への飲食のお世話をすることも必要になる。
私の場合、仕事が土日に休めない職種のため、ほぼ全てを妻が行わざるを得なかった。それでも高校三年生の最後の試合は、私も都合をつけて応援に駆けつけた。
補欠の息子は代打で出場するもあえなく三振。最後の夏は地方予選で燃え尽きて終わった。息子は泣いた。それを見て、妻も泣いた。
それから息子は受験生となって勉強に励み私立大学を6校受験するも、どこからも合格通知をもらえないまま3月を迎えた。
友人たちが合格を決める中、ストレスと私たち夫婦からのプレッシャーに耐えながら、一人毎晩遅くまで勉強を続けた。
最後に受けた国立大学の二次試験のあと、大手予備校の入学手続きを済ませた。浪人を決意したからだ。息子は翌日からそこへ通いだした。
しかしそれからしばらくして、国立大学に合格したことを友人経由で知ることになる。野球少年に、まさかのサクラがサイタのだ。
息子が大学近くで下宿を始めて約一年半が過ぎ、10月に二十歳を迎えた。先日実家である神戸の我が家へ数日帰省した。
久しぶりの妻の手料理を美味しそうに食べる息子の横顔は、気のせいだろうか少し大人びて見えた。
お付き合いをしている彼女がいると報告を受けて、私たち夫婦は芸能リポーターのごとくあれこれと詮索して息子をさんざん困らせた。
彼女は明るくて楽しい人らしい。どうやら女性の好みは私と似ているようだ。年末の帰省時には彼女を連れてきて紹介したいと言い出した。
いやいやそれはまだ早すぎるといいながら慌て出す妻の横顔は、気のせいだろうか少女のように見えた。
20年の年月があっという間に過ぎ去り、我が家の風景もすっかり変わった。これからは夫婦だけの時間が長くなるのだ。
野球少年から大人の男に変わりゆく息子を頼もしく思うと共に、苦労をかけた妻に詫びながら、その夜私は布団の中で、まるで少年のように泣いていた。。